第百三十九話
そんな感じで、二人してイチャイチャと楽しく日々を過ごしていたが、急な来客で一時中断と相成る。
ベッドに私達、椅子にフロンという位置関係で向い合って、二回目の初対面を果たす。変な言葉だな。
「無粋な真似をしてすまないね、私はフロンという。魔法師で……そいつの昔馴染みだ」
「気にしなくていいよ。私はサクラ。冒険者で、こいつの……恋人だよ」
「そうだよ! 恋人なんだよ!」
むぎゅーっと抱きついてくるのがたまらなく愛おしいが、今はいちゃついている場合ではない。だが私も振り払う気がないので……いいやもう。
「あのリューンが半狂乱で探し回っていたから何かと思ったが、恋人とは……そうだな、そういう形もあるのだろうな」
納得してくれたのか冗談だと思ったのか、あるいは単に考えるのを止めたのか、まぁなんでもいい。
「そういうことにしておいて。それで、今日はどうしたの?」
「ああ、少しそれを返して欲しくてな。迷宮に入りたいんだ」
私も身体を動かしたい。最近はずっと室内にいるし……でも私がついていくとフロンは目当ての階層に行けないわけで。
「だってさリューン。いってらっしゃい」
「嫌だよ! 私は迷宮なんかに行くよりサクラのそばにいたいんだよ!」
「駄々をこねられても困る。お前、私に借りがあるだろう。目的も達したんだ、きちんと返して欲しいものだが」
いくら昔馴染みとはいえ、フロンをタダでこき使えるような力関係でもない。とはいえ……私を探すために作ってもらった借りだ。私が手伝っても道理にそぐわぬもの、ということにもならないだろう。
「じゃあ一緒に行こうよ。何を狩るの?」
「いいの? やった! 一緒に行こう! えっとね、あれだよ、死層を抜けた先のゴーレム!」
「水色の固いやつ? 目的は魔石じゃないよね」
というか、四十八層……死層は抜けているのか。今のリューンがいるなら……いや、その手前の階層も結構アレなんだけど……よく突破できたね? 束縛魔法が効くのかな。
「あ、ああ……必要なのは素体だ。詳しいのだな」
「オーガレイスとは友達だからね、あのゴーレムとも面識があるよ。固くて面倒な相手だけど、動かない分イノシシワニよりはマシ」
四種強化が使えない今、浄化を使うわけにはいかない構造物の破壊活動は、過去より遥かに負担が大きい。認識阻害をかけていればワニの方がまだ柔らかくて楽だ。とはいえ、一般的にどちらが面倒かと聞かれれば……どっちだろうなぁ。
どっちにしろ、延々と転移とマラソンを大海原の只中で繰り広げるより千倍はマシな仕事だ。
「どのくらい要るの? バラバラにするのは手間だから、魔石だけ繰り抜いてそのまま持ち帰ることになるけど」
「そうだな、二十……いや、四十体分持ってきてくれればリューンへの貸しはチャラにしよう」
「ちょっとフロン! それは多すぎ──」
「いいよ。四十でいいんだね? 久し振りに身体も動かしたいし、付き合って欲しいな?」
「……うん、付き合うよ。えへへ……」
すりすりと全身をこすりつけるようにして甘えてくるのがたまらない。本当に再会できてよかった。この出会いに一役買ってくれたフロンにも、ゴーレムで報いよう。
「……リューンがここまで素直に……いや、すまない。ではそれでお願いしよう」
一つ頷き、予定を立てようとするが……予定も何もあったもんじゃない。出向いてバラして持って帰ってくるだけだ。
「北西って迂回なしに四十九まで行けたよね?」
「うん、行ける。先に貸し倉庫借りておこうよ。四十って結構な量になるよ」
それがいいな。樽を下ろしていけばかなり持って帰ってこれるだろうし。というか中身を出してからじゃないと無理だな……。
ついでに幽霊大鬼から浄化真石を集めておくのもありかもしれない。
リューンは大幅にパワーアップしていた。具体的には二十年分、魔力の格が上がり器が広がっている。
束縛魔法も健在で、メガネがないのに精度に陰りを感じられない。頼もしい相方だ。
そんな中身とは対照的に装備はお粗末な物……というか、装備と称していいのは剣一本のみ。
服は私服で靴も魔導具ですらない普通の物だ。剣も……普通の安い数打ちに見える。ただ、何やら剣に魔力を纏っているのが確認できた。
「ねぇリューン、その剣に着せてるの何? 魔力なのは分かるんだけど」
「うーん、魔法剣? とはまた違うんだけど……これは刃が傷まないように、魔力で膜を作ってるんだよ」
北西の迷宮近くの貸し倉庫を手配して、二人して迷宮内を奥へ奥へと疾走していく。倉庫内に積み上がった樽の山を目にしたリューンの呆れ顔が面白かった。……いい加減木箱に詰め替えようかな。
「剣自体は普通の物なの?」
一般に魔法剣と言えば、放出系魔法の支援が可能な杖寄りの剣を指す。分類上では魔法剣、魔剣、聖剣辺りが特殊な武器だ。
これは剣に魔法の術式で防護膜を張っているだけなのだろう。確かに魔法、剣ではあるな。
「そうだよ、その辺で買える安物。切れ味を増すとか、属性を付与するとか、そういう術式もあるんだけど……これで使うとすぐに傷むからね」
刃渡り一メートルほどの、どこでもよく見る普通サイズの剣。若干反りが入っているように見えなくもない、といった感じの普通の物だ。
しかし属性を付与か……それは面白いな。私の十手が光ったり燃えたり……うん、ありかもしれない。
「装備も新調したいね。あの魔導靴先に注文しておけばよかった」
「魔導靴? ……あー、あれか。あれは良い物だったね。またお揃いにしていこうよ!」
良い案だ。靴も、服も……この魔導服はただの防汚品だし、かっこいいけど特に思い入れもない。揃えていくのも楽しそう。双子コーデの再来だ。
私はともかく、リューンの靴はすぐダメになってしまいそうだし。戻ったらあの魔導具屋へ向かおうかな。
リューンは大幅にパワーアップしていた。具体的には、単独で水色ゴーレムを狩れるようになっている。
「随分と腕を上げたね」
斬るというよりは突くといった感じの、鋭く刺すような斬撃は……どこかで見覚えがある。
横で打突を入れ、胸を弾き飛ばしてゴーレムを死亡させながら……うん、どう見てもこれだね。
「修行は怠ってませんでしたので! 誰かさんが待たせるから、時間はいっぱいあったからね!」
一撃で、とはいかないが、立て続けに突きを入れることでゴーレムの胸元がどんどん抉れて……ついには風穴が空く。黒いのを用いても切り傷一つ付けるのが精一杯だった過去と比べれば物凄い進歩だ。
魔力身体強化のみを二種掛けしているだけなはずなのだが、本気を出したら私よりも膂力があるかもしれない。これはアイデンティティーの危機かも……。
かなりきついと思うのだが、反動をものともしていない。二十年もずっと振り続けていたなら、もう立派な剣士だな。
「悪かったよ……」
これからもずっとネチネチ言われそうだ。別に嫌ではないけれども。
苦笑しながらそれらを次元箱に放り込み、また次の個体に穴を空ける作業に戻る。階層を殲滅させれば四十に届くだろうが、残念ながら次元箱の容量不足だ。
ギッチギチに詰め込んでも大した量は持ち帰れないので、数回に分けることにしている。
「フロンはこれしまっておけるの?」
「魔法袋をいくつか併用するんじゃないかな。大容量で重量軽減がついてる物くらいならいっぱい持ってると思うよ」
それもそうか。フロンは……お金持ちだ。というか、出会った頃のリューンが貧しすぎたんだけど。余程の駆け出しでもない限り、エルフは色々と貯め込んでいる印象が強い。
今は普通に戦えるだろうし、それなりに貯め込んでいるのだろうか。それにしては装備が……でもあの宿はかなりお高い部屋で……謎だ。
数度の往復で四十体分の水色ゴーレムを集め、樽を次元箱に再収納してからフロンを呼び出して提出した。
これでリューンは自由の身。後は南大陸に出向くのみだ。
「よもや数日で集めきるとは……感謝する」
「気にしなくていいよ」
「これで貸し借りはなしだよ! 私はサクラについていくからね!」
「ああ、好きにするといい。私はまだこの島にいる、何かあったら声をかけてくれ」
数を確認しながら魔法袋に水色ゴーレムを収納していたフロンは、それが終わると足取り軽く倉庫を出て行ってしまった。
今からあれを……過去では確か合金にするとか言ってたっけ。でも私達が今回持ってきた量は、あの時と比べてかなり多い。
(まぁ、いいか。気にしても仕方がないし)
とにかくこれでリューンは解放できた。食事をとりに食堂へ向かい、いつもの……大量の食事をもぐもぐしているリューンに癒されながら、今後の予定を詰める。
「とりあえず防具からかな。靴と服と……靴はともかく魔導服は微妙なんだよね、ルナだと」
こくこくと頷きのみを返すエルフを眺めながら考える。冒険者の防具と言えば、普通は戦士は鎧、魔法使いはローブだ。
私達は法術師と魔法師といった面を持ってはいるものの、その実二人して前衛職だ。戦士や剣士といった扱いになるのだろうが……鎧を身に着ける気が更々ない。
北の王都ガルデなんかでは魔導服を専門に扱っているニッチな店や職人がいたりもするのだが、ルナには私達の、というかリューンのお眼鏡にかなうような可愛い、質の良い魔導服を扱っている店がなかった。
私が着ていたコスプレ軍人っぽい魔導服は予備も含めて二着あるのだが、あれはリューンのお気に召さなかったようで、私もゴーレム狩りの後に着衣を禁じられてしまった。今は二人して薄手のノースリーブのワンピースとサンダル、といった避暑地に出向くお嬢様のような服装をしている。
リューンの精神を繋ぎ止めていた、脳内サクラ着せ替え計画。
彼女は一人でいる間中、二人に似合いそうな可愛い私服を購入してはマネキンに着せる……といった日々を過ごしていたらしい。
剣も防具も、靴でさえ最低限度のコストパフォーマンスのいい安物を使い、それを魔力で防護することで長持ちさせ、浮いた日々の糧の大半が食事と服に消える。
半分イカレているような気がしたが……私を妄想で着せ替え人形にすることで正気を保っていられたなら……まぁ、いいんじゃないだろうか。正直怖いのであまり突っ込みたくない。
そんな可愛い服を着ながら、可愛いエルフが大量のお肉をもりもりと貪っているのは絵的にどうかと思う。汁が服に飛ばないか気が気じゃない。
「高品質の魔導服を作ってる店とかに心当たりない?」
流石に私服で南大陸に出向こうと思うほど、私もリューンもアホではない。いや、少なくとも私はアホじゃない。サンダルなんて五秒で履き潰す自信があるし、とりあえず防具を何とかしないといけない。そういうのに詳しいエルフ先生に聞いてみたものの──。
「……ある」
「あるんだ、どこにあるの?」
「……エイフィス」
心底嫌そうに……エルフがそう吐き捨てた。
魔導都市エイフィス。北大陸のおおよそ中心部、そこから少し東側へ向かった先にある一種の研究都市だ。
北大陸は南西にパイト、北西にナハニアがあるのみで、後は極めて小規模の野良迷宮しかないらしい。
野良迷宮とは、特に管理されていない迷宮の俗称とのことだが……今は関係ないので置いておく。
とにかく、北大陸に戻って先に防具を工面する案が候補として挙がったわけではあるが。
「サクラの言ってることは分かる。正しいと思う。鎧は嫌だっていう私の意見を尊重してくれるのも、凄く嬉しく思うんだ。大好きだよ。それでもエイフィスは嫌。あそこに行くくらいなら全裸で戦った方がマシ。ここで魔導靴だけ買ってさ、私服でいいじゃない? 服はほら、洗えばいいし、私いっぱい持ってるよ? 防汚品が欲しいならどこか別のところで買おう? ねっ?」
全否定だ。何がそこまで彼女を頑なに……いや、そういえば以前何か言ってたな。
「……数年間着せ替え人形にされかねない、だっけ?」
「そう、それよ! 今回は魔力回復促進の魔導具を、って話じゃないから、そんなことにならないとは思うけど……いや、油断しちゃダメなんだよ! あそこの職人は本当にイカレてるんだよ! 頭おかしいのが普通なんだからね!」
「でも、腕はいいんでしょう?」
「それは……その……うん。正直大陸一どころか世界一って言ってもいい水準だと思う。魔導服に限らず、装飾品も。魔導靴もたぶんここよりいい物を作ってる」
靴もか。ここの魔導靴より上があるのか……恐るべしエイフィス。過去は全身迷宮産の魔導具だったから選択肢に挙がらなかったが……。
「そっか。大好きなリューンがそこまで嫌がるなら仕方ないね」
「うん、うん! 分かってくれて嬉しいよ! あそこは悪魔の住む場所だからね、近寄っちゃいけないんだよ……!」
いずれ出向くことは決定してしまった。その時は簀巻きにしてでも連れて行こう。