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第百三十八話

 

 その日からしばらく、リューンは私の泊まっている宿の寝室で魔石をガリガリと加工し続け、私は迷宮へ──行くことが許されず、魔力と気力を消費した後は読書……といった日々を過ごした。部屋を出ることすら許されない監禁っぷりに少し引くが、まぁ……今は大目に見よう。

(浄化橙石を渡した時のリューンの顔が……傑作だったね)

 まだ二人の間に会話はほとんどない。距離はこれまで以上に近いけれど。

 フロンもリリウムもこの辺にいるみたいではあるのだが、リューンはどちらにも話していないようだし……その慎重さは非常に好ましい。大好きだ。

 互いに聞きたくて聞きたくてたまらないはず……そんなもやもやを抱えながら、必要な数の結界石が揃ったのは、朝風呂を共にした日から三日目のことだった。

 ベッドの周囲にリューンが結界石を設置していく。上下階からの盗聴も遮断するようにだろうか、三次元に配置するという念の入れようだ。このような手法は過去では見られなかった。地面を囲めば……おおよそ阻害されていたはずなのだが。

「おおよそ、じゃダメだもんね。今日は来客は来ないよね?」

「誰も来ないよ。絶対に……聞かれたくないからね」

 結界石と私の認識阻害で二重に壁を作って準備は完了。

 色々と聞かれたくないことはあるが、まずは話をしよう。真面目タイムだ。

 もうリューンのいない生活は考えられない。全て明かしてしまおう。一人で抱えて生きるのは──寂しい。


「リューン、何年遡ったの?」

「二十年くらい。サクラは?」

「私は初めてリューンに会った年の、春頃まで」

 沈黙が二人を包む。二十年か……。

「そもそも、何でこうなったの? サクラ何か分かる?」

「私とリリウムとで北大陸に行ったじゃない。そこで時間潰しに迷宮に遊びに行って、第二……土迷宮ね、そこを攻略したんだよ。そこで宝箱が出てきたんだけど……それを開けたら死んじゃってね。神様が一度だけやり直しさせてくれたんだ」

「──それ、ルナを出て……北に着いてすぐの話?」

 いきなり神様とか言われたら頭の様子を疑うところだろうが、すんなりと受け入れてくれている。

「そうだね、港に着いてすぐにパイトに向かって……先にその日の内に第三に入ったんだったかな、その翌日くらいの話」

「そっか……。道理で。それに探し回ってもいないはずだよぉ……。ずっとアルシュかパイトにいるのが正解だったのかぁ……」

「私は王都にリューンがいなかったから、未来が変わってもう会えないんじゃないかって思ってた」

「どの時期にガルデに行ったのかもうろ覚えだったんだよ。日記を残したりもしてなかったし……かといってルナやガルデでずっと待ってるわけにもいかなかったし、フロンにも……説明できないじゃない? フロン、サクラのこと知らなかったから」

「それで──サクラは結局何なの? 人なの? 天使?」

「神格を得た、で分かる?」


「あー……そっちか……そりゃ言えないよね。浄化もそれで?」

「そういうこと。結構知られてたりするの?」

「馬鹿なこと言わないで、御伽話もいいところだよ。神々が自分の命を分け与える……とかそんな感じの。サクラが言ったんじゃなかったら信じてないよこんな話。荒唐無稽もいいところ」

 分け与えるだけでいいのか。私はたぶん丸々受け取っているはずなんだけど……もしかして私みたいなのは割りとその辺にいるんだろうか。

「私は……私の名もなき女神様が亡くなる前に、彼女の神格を受け継いだんだ。神力……浄化に使っている力ね。これを管理して欲しいって言われてね。ただまぁ、不安だったみたいで……一度だけ保険を掛けてくれていたんだ。私が巻き戻ったのはそれが理由だと思う。リューンが巻き添えを食らったのは……そういえば、全裸だった?」

「そう、それよ! 驚いたんだから、目が覚めたら服も黒いのも何もなくて、すっぽんぽんでお金も持たずに一人森の中よ!? 夢かと思ったけど、鑑定も身体強化も残ってるし、どう考えても過去の風景が目の前に広がっているし……しばらくは混乱して大変だったんだから」

「私も全裸で大層苦労したよ。次元箱含めて魔導具も、全部没収されちゃったし」

「一応調べたけど、驚いたよ。サクラにも私が施した術式が全部残ってるし、次元箱は消えてるし……そのくせ、空っぽの布袋一枚持ってあのドワーフの空き家の前で座り込んでるんだもん。高価な魔導具が悪さをしたのかなって予感はあったから、サクラが魔導服を着てるのを見た時は血の気が引いたわ」

「あれはきちんと人造品だよ。流石にもうそんな軽率な真似しないって……」


 ごちゃごちゃしてきた、一度整理しよう。

「とりあえず、時間を遡ったのは私のせい。というか、私の女神様の保険……それにリューンが巻き込まれたってことでいいと思う。そっちの理由は不明。ごめんね」

「そうだね、それでいいよ。気にしなくていいよ。私は二十年くらい、サクラは数年だったんだね?」

「そう。死因は……迷宮産魔導具。第三と第二に入って剣が……確か四本ずつ出たんだったと思う。それを集めすぎたか触れすぎたか、直接の要因は分からないけど。女神様は他の神の道具だったか神器だったか、とにかく使うな、集めるなって。触れるな……もだったかな、そう言ってたはず」

「高性能品は神器かもしれないんだね。不壊なんて付いていればさもありなんだよ。……とりあえず、迷宮産の魔導具はもう全部ダメなんだね?」

「私の女神様の遺品が残っているらしいんだ、それは大丈夫。これもね。ただ、ほとんど全ての物はダメって認識でいていいよ。リューン、悪いんだけど……」

 二人の目が、私の十手に注がれる。彼女は今まで、私にこれが何か一切問うてこなかった。得心がいったという顔をしている。神器だったんです。

「私は元々迷宮産なんて持ってなかったし、今は魔法袋の一つも使ってないから大丈夫だよ。ただ、フロンは危ないね。……いっぱい持ってるから」


「それで、私は神格持ち──神格者。おそらく寿命がない。死にはするけど、女神様直々に永劫を生きろって言われている。神力を使って色々できるんだけど、浄化と結界と探査、それと次元箱がある。言い難いんだけどあと一つ……ある」

 日本のことは明かしても仕方がない。名前のことも。転移は──もう、これは誠意だ。

「……? 次元箱は、魔導具じゃなくて?」

「それとは別物。あれがなんか悪さをしていたみたいで、私を滅茶苦茶にしていたらしいんだ。それを取り除くついでに、似たようなものを仕込んでくれたみたい。過去に使っていたものと比べるとまだ中身はすごく狭いんだけど、神力で似たようなことができるんだ」

「それはまた……便利なものだね。とりあえず使えるってことは分かった。探査っていうのは……あの魔物探すのが得意だったあれのこと? 猪とか」

「あれのこと。以前は……神力を無理やり使った力技であれを使ってたんだけど、今はきちんと技法……術式みたいなもので行使できる。浄化も、見ての通り特上から極上通り越して特級品が作れるよ」

「天使も真っ青だね……それで、言い難いってのは何なのよ。もう全部吐いちゃってよ」

「……転移」

「は?」

「短距離転移を……使えるようになりました」

「……言葉もないよ」


 結界石の効果時間は十分とのことなので、食事を挟んだり二人で一緒に眠ったり……ゆったりとした時間を過ごしながら互いの近況を交換し合った。

 私が北大陸でのんびりしていたことはチクチクと責められたが、仕方ないと思うんだ。私は王都でリューンに会えると思っていたんだし。真っ先にルナへ向かってリューンもフロンも……ついでにリリウムもいなかったら、私にどうしろと言うんだろう。

「それでね、南大陸へ向かう予定だったんだよ」

「どうして?」

「瘴気持ちを倒すと神力が育つんだ。これは今まで成長の兆しがなくって、おそらく現存している神々が結託して、私を瘴気持ちから遠ざけてた。南大陸に出向く前に積極的に殺しにかかってきた可能性もあると思ってるんだ。私と一緒にいる時に瘴気持ち見たことないでしょ?」

「……そういえば……そう、かもしれない……」

「ここに来るまでの過程で、迷宮や在野に瘴気持ちがいるのは確認してる。問題なく遭遇できたし、繰り返し倒せたから、今はもう大丈夫だと思う。私のことは……他の神々に知られていないか、単に手を出されていないかのどちらか。これは予想に過ぎないんだけど、次元箱の容量も、神力の格か器が育つことで拡がると思うんだよ。今はちょっと狭すぎるし……育たないにしても、神力を育てるのはなるべく優先したいと思ってる」

「分かった、南だね! 私も付いて行くからね!」

 あー……かわいい。ほんとすき。


「とりあえず三年かな。三年と……半年くらい後くらいまでには、一度どこかで落ち着く予定でいる。たぶんルナに戻ってくるかな」

「例の元聖女ちゃんだね。結局拾っちゃったんだ」

「今回はかなりそっけなくしたつもりだったんだけど……ダメでした。ただ私にべったりってほどじゃないから、彼女と別れる時までは普通に冒険者として生活するよ」

「いいよ、付き合ってあげる。きちんと冒険者やる気になったんだね、今は六級? サクラのことだから四級くらいにはなってるかな?」

 開き直ってギルド証を空から──次元箱から取り出して見せてみる。どやー!

「……馬鹿じゃないの?」

 反応は寂しいものだった。

「仕方なかったんだよ……失効もしないし、ちょっかいもかけられないって言うから……」

「はぁ……私は一人で眠れない夜を過ごしていたっていうのに、何してるのよ……。──もういいよ。じゃあ後二年くらいか。南までどれくらいで往復できるんだろう? 一年半くらいしか南には居られないかもしれないね」

「彼女が移動を始めるのは早くても三年後だから、二年くらいは好きに移動できると思うよ」

 リューンの頭上に疑問符が浮かんでいる。微妙に話が噛み合ってない。そりゃそうだ。

「──ねぇサクラちゃん。あなた一体、どうやって北大陸からここまで来たの?」

「お空を走ってきました」

 地図とコンパスを取り出して見せる。

「馬鹿じゃないの!?」

「リューンに早く会いたかったんだよ……ゆるちて?」

「もうっ! 私が居ないといっつもこんな、馬鹿な真似ばかりして……」

 ちょろすぎる。過去のソフィアには効かなかったが、この私大好きエルフには効果は抜群だ。ぶっ倒れるほど全力で走ってきたと思ってる。あながち間違いでもない。

 リューンがいるかどうかは五分五分だろうと思っていたのは秘しておこう。拗ねるだろうし。



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