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第百三十五話

 

 息を切らせたソフィアにギルドのマスターが呼んでいると告げられたのは、峠を越えはしたもののまだまだ寒い、そんな感想を抱くような冬の日のことだ。

 呼び出すならもっと暖かい日にして頂きたい。読みかけの書物を放置して、走って先にギルドへ戻ってしまった彼女の後をゆっくり歩いて追いかける。


「ソフィアから聞いたんだが、姉ちゃん暇してんだろ? ちと依頼を一件引き受けてもらいたい」

「聞くだけでしたら」

 視線を向けると慌てて顔を逸らす元聖女ちゃんがラブリーだが、後でおしおきをしなくてはならない。

 冒険者ギルドの応接室にはソフィアの他に、数名の──以前は顔見知りだった、騎士姿の少年少女達の姿がある。それと引率らしき普通の騎士が一名。

「東門の外が若い連中の鍛錬場になっているのは知ってるだろう? あの辺りの魔物が最近大幅な増加傾向にあって、危険だということで出入りを禁止にしようという話が持ち上がっている。俺もあそこを利用しているし、それは困るわけだ。間引いてきてくれんか」

 頭上に疑問符が浮かぶ。なぜそんな依頼をわざわざ私に持ってくるんだ?

「お話は分かりましたが……わざわざ私に?」

「そういうことだ。北や南の街道にも被害が出ていてな、頼まれて欲しい」

 この適当な男が割りと真面目な顔して頼んでくる。これは結構面倒事の臭いが……。

(以前はこんなこと──いや、冬の間はパイトにいたっけ。王都のことなど知る由もない)


「冬場だというのにそんなことが?」

「東の平原からかなりの量が流れてきている。それが東門の森に住み着いているのではないかと考えられている。危険な種もかなり混じっていてな」

「──殲滅ではないのですね?」

「ああ、雑魚は放っておいていい。大型種を頼みたい。こいつらは全滅させてしまってもいい」

 正直やりたくない、めんどくさい。だが、ここにはソフィアがいるわけで……断りづらい。

 これを狙ってやったんだとしたら、大層性格の悪いことだ。それくらい切羽詰まってるのだとしたら……うーん、やりたくないんだけど……。

「いいでしょう。貸し三ですよ」

「三はぼり過ぎだろうが! せめて二だ!」

「……仕方ありませんね。二で引き受けましょう」

「そうか! すまねぇな、助かる」


「戦利品の回収義務は?」

「大したものは取れん。死体は森に捨ててきて構わん」

「なるほど。──ソフィア」

 考えようによっては、これはいい機会かもしれない。なんだかんだ、ソフィアが宿に帰ると私は常にいるわけで。年頃の娘さんとしては……息苦しさを感じるかもしれない。

 たまには一人の時間があってもいいだろう。

「聞いての通りです。私はしばらく宿に戻らないかもしれません。一人でいるのが怖ければ……このおっさんにでも面倒を見てもらいなさい」

「わ、わ、分かりました!」

 お? やけに素直だな。付いて行くと駄々をこねるかとも……まぁいい、一人ならなんとでもなる。

「期限は?」

「冬が過ぎれば調査隊が派遣される予定だ、それまで頼みたい。余裕があったら北と南も見て回ってくれんか」

「覚えておきます。話はこれだけですか?」

「これだけだ、頼んだぞ」

 ソフィアの修行が滞るというのは頂けない。最近はずっと部屋に篭っていたし、久し振りにお仕事しましょう。


 宿まで服を着替えに戻ってから、のんびり歩いて東門まで向かう。転移で横着をしたかったが、ここから出たという足跡は残しておく必要がある。

「ギルドより魔物の駆除を依頼されて参りました。通りますね」

 偽装魔法袋からギルド証を取り出して提示すれば、なんだこの小娘? といった顔からどうぞお通り下さい、といった緊張感ある顔に変わるわけだ。面白いなこれ。

「ご苦労様です。かなり大型種が多いようです、お気をつけて」

「ありがとうございます。北と南も見て回るよう頼まれています。こちらから戻らないかもしれませんので」

 そんな門番に見送られ、私は久方ぶりの……リューンと二人で散歩したのが最後になった、あの街道へと踏み出すことになる。


(確かに大型種とか言ってたけどさ……何でこんなのが王都のそばにいるのよ……)

 セント・ルナの迷宮の六十層辺り、湿地帯に出現していた大型のワニ。フロンはイノシシワニとかとか呼んでいた。

 手足が長く、全長も十メートル近くある、でっぷりとしたワニというより、竜に近いような気がするんだが……とにかくそいつらが群れで、森の木や大猪を貪っている。狼くらいなら丸呑みするかもしれないな。

 迷宮固有の種というものも存在するのだろうが、カモネギや狼、大猪といった迷宮にも在野にも棲息する魔物というのは、私もそれなりに見たことがある。

 ルナでは見たことがないが、おそらく熊が出没する迷宮といったものも、どこかにあるのだろう。こんなワニが在野にいるというのもあり得ない話ではないのだが、このワニは紛れもなく迷宮六十層クラスの強さを持った魔物だ。

 本当に何でこんなのが王都のそばにいるんだ……。私は……こいつらを駆除しなければならない。

「周囲に人は……いないね。暗殺者モードでサクサク済ませよう」

 探査で念入りに周囲の確認を行ってきた。やるしかない。


 私の認識阻害の評価はズルの一言に尽きる。武術の達人の真横でお茶を飲んでいてもきっと気づかれない程度には、隠蔽能力が狂っている。

 転移の際は視覚程度の阻害で済ませているため低燃費だが、聴覚と嗅覚まで阻害しようと思うとそれなりに神力の消費が嵩んでしまう。不眠不休で延々と……とはいかない。

 ともあれ完全に気配というか、存在感というか、そういうものを遮断している私が相手だ。魔物の野生の勘なんてあってないようなものなわけで。

「あー固い。ほんとめんどくさいなぁこいつら……」

 こいつらは体重も咬合力も図抜けて高くて近接で打ち合うのは馬鹿らしくなるのだが、一番面倒なのはその耐久力だ。

 過去、身体強化を四種掛けした私がこいつらを一撃で倒すことは終ぞできなかった。というか平気で五回程度は打突を耐えるため、私はあの辺りの階層は修行に使うのみで真面目に探索していない。沼地だといきなり下から飛び出してくるのが怖すぎた。そんなのが階層全域からワラワラと湧いてくるのだ、誰が好き好んで居座るものか。

 今も《浄化》を会得してからは初めて出会う二発以上の打撃を必要とする相手として、側頭部を念入りに破壊されていた。

 生成された、過去のものとは比較のしようもない大きさの浄化蒼石を次元箱内部の樽に放り込み、また次のワニを処理する。

 ワニからすれば、真横で仲間が一匹ずつ頭蓋を砕かれては消えていっているわけだが、何が起こっているかは理解できていないだろう。


 本気で打突を入れても浄化するのに三発かかる。こんな奴らを相手にして……マスターへの借り二つでは割に合わない。一人ならさっさと依頼を破棄していたところだが──。

「これもソフィアの安全のためなんだよね。はぁ……お姉ちゃんは頑張るよ」

 ガスガスと骨を砕くこと数時間。周囲のワニ反応が消失したことを確認すると、改めて周囲、広範囲に探査を撒いた。──東門周辺はもういないかな?

 これで一安心とはいかないのが辛いところだ。こいつらは東の……なんちゃら平原からここまで進軍してきた奴らの一部分でしかないわけで。

 まだまだ考えるのも嫌になる数の魔物が周囲にうごめいている。どう考えても冒険者一人に任せていい量ではない。

 おみやげに残しておいた瘴気持ちの死骸を東門まで引きずっていき……門番に押し付けたところで、その日は活動を終えた。

 財布にでもできないだろうかと考えている。


 久し振りに一人の時間を満喫し、拠点の宿には帰らずに観光客用の……ちょっとお高めの宿に一泊して、またお仕事に向かった。この手の宿は内湯が付いているので楽でいい。

 探査で魔物の位置を洗い出し、見つけた大型種の魔石の種類で絞り込んで……なんてことを繰り返しながら、ワニだの豹だの飛竜だのと、被害が大きくなりそうな魔物を片っ端から魔石にしていく。

 飛竜。そう、飛竜だ。竜というには貧相な……なんと言うんだったか、ワイバーン?

 鳥と呼ぶには些か大げさで、竜と呼ぶには細すぎる。でも飛んでいるし火を吐いてもいる、きっと竜の仲間だろう。あんなものが王都に入り込んだら……いや、一応魔物除けの結界が張ってあるのか。

「まぁ、商隊なんて一口でガブリだよね……処理しないと」

 面倒くさいことに、この飛竜も群れている。一撃で死ぬ分ワニよりはマシではあるのだが、未だに高空で戦闘するのは怖い。

 認識阻害をかけて空まで文字通り駆け上がり、適当に浄化を込めて適当にぶん殴ることで、これまた大きめの浄化赤石が生成される。

「おー、大きさはワニと変わらんな。こいつも迷宮にいたら六十層クラスなのかもしれない」

 そんな魔物も私単独で相手するなら容易いものだ。ワニより頭はいいのだろう、同胞が消えたことに気付いてギャーギャー騒いでいたが、結局私に気づくことはなく一匹残らず燃料と化した。

「逃げないようじゃ賢いとは言えないね。大型は大体終わったかな、後は豹より小さい中型クラスだと思うけど──」

 地面に叩きつけた飛竜と瘴気持ちの豹の亡骸を一匹ずつ引きずって東門へ戻り、また外へと出かけた。


「それにしてもまぁ、酷い有り様だな……あのワニ雑食すぎるんだよ」

 すばしっこい豹も空飛ぶ飛竜も面倒な害獣だが、その度合で言うならワニが一番だろう。

 木を食う狼を食う猪も食う、そして人も食う。百歩譲って森の木や狼を生きる分だけむしゃむしゃするだけなら見逃してやってもいいのだが、猪と人を食うのであれば駆除しなくてはならない。

 北の街道で見つけた、かつて馬であったものと人であったもの。荷車であったものと荷物であったもの、そしてワニの残骸を前にして、私は途方に暮れていた。死者を弔ったりとか、そういうのは私の仕事ではない。

 現在進行形で人を咀嚼しているワニを魔石にして持ち帰ることに抵抗があり、もぐもぐしていたワニは全て殴打して駆除したのだが……これ、このまま放置していいものだろうか。一人なら間違いなく放置するのだが……今の私はソフィアのお姉ちゃんだ。

「あー面倒くさい……とりあえず北門まで伝令に行かないと……」

 本当は今でも見なかったことにして帰りたいのだが、葛藤の末に……良き姉でありたいという気持ちが僅差で勝利した。



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