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第百三十四話

 

「ソフィア、貴方はどうしたいですか」

 二人してストレッチを入念に行い、洗面を済ませてから話を始める。私が独断で決めてしまうよりは、彼女の希望も汲んだ方がいいだろう。

「どうって、どういうことですか?」

「貴方は剣を振るいたいが、私は剣術の指導ができません。ならば、師匠筋を見つけて指導を受けるのが最善だと私は考えています。エイクイルで剣の全てを学んだというわけではないのでしょう?」


「どの道数年は迷宮にも、旅にも連れて行きません。貴方は幼く、身体も力もまだまだ成長過程であるからです。王都である必要はありませんが、修行でどこかに滞在することは決定しています。いずれは魔物の群れに飛び込むことになりますが、そのための基礎はしっかり身に付けて欲しいと私は考えています」


「騎士学校に入ってもいい。剣の熟練者を見つけて指導を仰いでもいい。そういった物が必要なく、ひたすら実地で訓練を積みたいと言うのであれば……それはそれで尊重しましょう。とにかく五年の間は必死で己を磨いて欲しいのです」


「そのためにどうすればいいのかを……急に言われても戸惑うでしょうが、一度じっくり考えてみてください」


「あの、サクラさんはどこかに行ってしまうんですか?」

 涙を潤ませて今にも泣きそうになっているが、ここで育成を放り出す気なら最初から連れてきたりしない。頬を手のひらで挟み込んで、少しだけ優しい声音で言い聞かせる。

「どこにも行きませんよ。学校の規則は知りませんが……仮に寮に入ったからといって、ソフィアを置いて王都からいなくなったりはしません。依頼で一時的に外に出ることくらいはあるでしょうが」

「わたし……学校は嫌です。サクラさんから教わりたいです。剣が無理でも、それ以外のことは何でも」

「剣を学ぶ意思はあるのですか?」

「あります、強くなりたいです。わたしはまだ……子供です。弱いです。それは分かっています」

 しかし可愛いことを言ってくれる。私の常識も大概に怪しいものだが、色々仕込んでみてもいいだろう。それはさておき、とりあえずギルドからだな。

「いくつか当たってみましょうか、出かけましょう」


「毎度毎度……姉ちゃん、暇なのか?」

「時間を割いて頂きありがとうございます。暇ではありませんので率直に──この娘に剣を仕込みたいのです。マスター、請け負って頂けませんか?」

 ギルドの……ギルドマスター室とでも言うのだろうか。このおっさんが仕事で使っている部屋に押しかけて話を切り出した。

「なんだ藪から棒に。剣って……この嬢ちゃんに? なぜ俺に話を持ってきた」

「貴方の剣は私好みです。優美さの欠片もなく、小狡く、泥臭く、実地で魔物相手に叩き上げ、ここまで生き抜いた……実用性一辺倒の戦闘技術。私はこの子にそんな剣を学んで欲しいと考えています」

「褒められてんのか馬鹿にされてんのか分かんねぇな」

「褒めているのですよ。綺麗な剣の型を学ばせたいだけならわざわざギルドに連れてきたりしません」

 エイクイルの騎士達の連携の取れた剣術やリューンやリリウムのようなものを仕込んでもよかったが……正直私が一番魅力を感じているのがこのおっさんの技だ。

 リューンともリリウムとも手合わせは多数こなしたが、二人ともこの男ほど強くはなかった。ソフィアにはこの男を越えてもらいたい。

「──気力はその年の割には優秀そうだが、そっちは姉ちゃんが面倒見るのか?」

「どこまで育つかは分かりませんが、身体的なことは私が」

「どの程度見ればいいんだ?」

「私は五年間、基礎をみっちりと仕込む計画でいます。最長五年程度で考えて頂ければと」

「……いいだろう。経費は別に請求するぞ?」

「もちろんです。剣や防具の選定からお任せしてしまっていいですか? いくつかの条件さえ押さえてくれれば細かいことには口を出しませんので」

「そこからかよ!」

 私、素人ですもの。


 ギルドの裏庭に職員を一人つけてソフィアを追い出し、マスターと話の詳細を詰める。彼女は今、どの程度基礎ができるかを見られている。

「報酬なのですが……このくらいでどうでしょう?」

「……随分と買ってくれるな、いいだろう。得物はどうする、あんたならいい物を買ってやれるだろう?」

「修行の間は分相応のものを持たせてあげてください。それと、三つほどお願いしたいのですが──」

 由来の知れない魔導具、特に迷宮品の類は絶対に持たせないように念を押しておく。首を傾げられたが、疑問を挟まずに承諾してもらった。

 そして装備の選定や食事の際など、特に物価や相場といったものについて意見を出してもらえるように頼んでおく。

「なんだ、あの娘ワケありか?」

「本人がどう思っているかは分かりません。話をしたがらなかったら無理に問い詰めないであげてください」

 最後に──。

「私の冒険者ランクや法術師であるということは伏せて頂けませんか。ひた隠しにして欲しいとまでは言いません」

「あん? そりゃ別に構わんが……言ってないのか?」

「絶対に秘匿というほどのことでもありませんが、私から告げるつもりはありません」

「いいだろう、俺……やギルドからは告げないようにしておく。万が一知られたとしても不都合はないんだろ?」

「ありがとうございます。不都合というほどのものではありません。単に……恥ずかしいだけです」


 ソフィアの修行は多岐に渡ったらしい。

 足運びから素振り、近接格闘術のようなことも習わされ、いつも泥だらけになって宿へ戻ってきた。

 王都の外で魔物を実際に狩ったり、解体したり、野営をしたり……。生徒は彼女一人でないこともあるようで、同世代の子供達と一緒に修行に励むのは楽しいと話してくれたりもした。友達もできたのだと。この変化は素直に嬉しく思う。この頃には、友人とお風呂に入ってから宿に戻ってくるようになる。

 いつも気力を空っぽにして帰ってくるので、私から指導するようなことはなくなってしまった。日課の素振りとストレッチの後、少しチャンバラをする程度。まぁ……今後の成長に期待しよう。

 夜ベッドに潜り込んでくることも減り、だんだん一人で眠れるようになってきている。偉いね、と褒めたらむくれてしまうのはキュートだが。

 今日も今日とて、友人達と元気に猪を狩りに出かけている。こっそりと見に行きたかったが……過保護だとも思うし、そういうことをするのは野暮だろう。


 そんなこんなで時間が流れ、私は東門までの大通りを散歩することが増えて……冬が来てしまったのだが、とうとうリューンに会うことはできなかった。

「嵐が巻き起こってしまったなぁ。──だいぶ行動は変わっちゃったしね」

 パイトから逃げ出しても死神も倒しても、手紙の配達も請け負ってもいない。一方で聖女ちゃんを拾って、私は一級冒険者なんてものになってしまっている。以前とはもう、何もかもが違う。

 リューンも……組んでいた冒険者パーティと上手くいっているのかもしれない。確かエルフ語を話せるエルフが一緒にいたとか言っていた。

「もしかしたら、おばあさん……行動を共にしていた老エルフと死別していないのかもしれないね」

 彼女が元気でやっているならそれが一番だ。リリウムもフロンも、私と出会わなくたってそれぞれの人生を歩んでいく。

 宿の部屋には既成品の照明や暖房、コンロといった魔導具が増えてきている。部屋はとても暖かいが、それが少し、切ない。


 中部屋に移動する気にもなれず、日課に散歩が加わり……寒空の下駆けまわる犬娘とは対照的に、私は部屋で本を読んで過ごすことが増えていた。

 ソフィアの魔力のこともある。今現在身に付けている認識阻害の術式などを魔力を枯らす直前まで日々使わせてはいるが、何かいい手を考えてあげたい。

 気力一辺倒より魔力も使えた方が良いに決まっている。私も私で南に向かう前に術式を増やすかどうかを考えなければいけない。

 今は足場魔法の補佐がなくても《結界》単独で足場の構築ができる。実利だけを考えるなら、これは正直薄めて消してしまってもいい。

 神力の消費についても、結界は転移に比べれば消費ははるかに軽い。

「フロンにもっと色々聞いておけばよかったなぁ……」

 まさか急死するとは思ってもいなかったわけで、ルナに帰ってからでいいやと色々後回しにしていた。

 完全に自業自得なだけに、文句の一つも漏らすことができない。



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