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第百三十一話

 

 翌朝日が上った頃に目を覚まし、素振りとストレッチをして水樽に浄化を掛け、空気のペンダントに緑石を放り込んで水迷宮へと向かう。

(心機一転だ、北は今日で終わらせよう。今の時期なら火迷宮も空いているだろうし、これはかなり多めに確保したい。闇石──浄化紫石も一応確保しておきたいし、サクサクやらないと)

 浄化黒石は以前と比べればかなり簡単に集まるようになってきた。というか階層に一定数瘴気持ちがいるので、死層でなければ他の魔石を集めている間に自然と数が増えていく。

 特に水迷宮は生物をぶちまけると血が漂ってきて嫌な気持ちになるので、区別なく全て浄化している。血に毒がないとも限らない。

 今日中に大樽二つ分くらいは蒼石を集めたいな……などと考えていると、水迷宮前に何やら見知った装備の騎士達と中年の女神官、そして私服の聖女ちゃんが大荷物と共に待機している現場に遭遇してしまった。メガネがないので今の私はこういう状況に弱い。やっぱり何とかしたいな、遠目と暗視……。

 一瞥だけして横を通りすぎようとしたが、まぁ……そうは問屋が卸さないわけだ。


「お姉さん!」

「ダメだ──と、言いました」

「あの、お話だけでも聞いては頂けませんか?」

 聖女ちゃんのみならず、中年の女神官まで口を挟んでくる。何なんだよもう。

 というかこの騎士と神官はなんだ。相も変わらず力で脅せば言うことを聞くとでも思われているんだろうか。今なら真っ向から相手するぞ。

 十手の柄に手をやろうとするが……見渡した騎士の顔が一様に寂しそうで、拍子抜けしてしまう。雰囲気が、なんかこう。

「お断りします。お互いここに遊びに来ているわけではないでしょう。私も忙しいのです」

「お姉さん! わ、わたし……エイクイルから籍を抜いてきました!」


「──は?」

「わ、わたしはもうエイクイルの人間ではありません! 騎士団とも、遠征団とも無関係です! きちんとお金を払って正式な手続きを踏んで出てきました! だから、わたしが死んでもお姉さんに責任はありません! わたしが勝手に死ぬだけです!」

「それがどうして、私が貴方を連れて行くということに繋がるのですか」

 内心の動揺を悟らせないようにするので精一杯だ。いや、確かに騎士に迷惑がかかるとかなんとか言ったけど……。

「つ、連れて行ってくれなくてもいいです。勝手に付いていきます! わたしの、わたしの剣を見てください! 邪魔だったら見捨ててくれて構いませんから!」

 ハチャメチャなことを言い出したな。この犬娘は下手したら……いや、下手しなくても本当に勝手に付いてくる気だ。どうしたものか……。

 置いていくのは簡単だ。路地裏まで走って認識阻害でおしまい。けどなぁ……。

 正直子守をしながら移動なんてできる気がしない。彼女は気力には自信があるみたいだったが、まだ大したことがないし、魔力も弱い。それに聖女を始めてからは剣も気力の修練も積んでいなかったはずだ。お荷物でしかない。

 それを差し置いても、十代前半の子供を連れていけるかって話だ。家族も──。

 家族? 籍を抜いてきた? 何から……?

 エイクイルの仕組みが分からん。何、この娘今無所属なの?

「あなた、家族は?」

「い、居ません!」

「兄弟もいないの? 親戚も? 年は? 今いくつ?」

「誰もいません! 十三です!」

 ……中学生じゃないか。エイクイルも認めるなよそんなこと! 何だ、つまりこの娘は──私と一緒にいたいがために、返事も待たずに身辺整理を済ませてきたの? 会えるとも限らないのに、迷宮の前で待ってたの?

(冗談きついよ。リューンよりよっぽどぶっ飛んでるじゃない……。迷宮から助けてお風呂に入れて、管理所に送り届けて……それっきりだぞ? 以前ならともかく、なんで今回……理解ができない……)

 連れて行くことを認めたとしても、家もないし……私は親でも家族でも先生でもない、こんな娘をどうやって育てて──。


 そうか、育てるか。育てればいいな。どうせ時間はある。

 私は剣のことは分からないが、リリウムとか、あのおっさんとか……もしかしたらリューンも指導できるかもしれない。

 最悪王都の騎士学校に数年放り込めば、それなりにはなるんじゃなかろうか。気力ならなんていったか……王都にはあの気力学校もある。

 諦観かもしれないが……この娘の嗅覚は犬並だ。またどこで出会うかも分からない。

「修行を付けます。五年続けられれば連れて行ってもいい。ですが、耐えられなかったら置いていきますよ。それは今ここできちんと明言しておきます」

「覚悟の上です!」

 力強い意志を感じる。こんなもん感じたくなかったが……吐いた唾は飲めない。仕方ない、やるだけやろう。

 しかしまぁ、こんな可愛い子が剣や杖を持たないと生きていけないとは……。世知辛い世の中だね。それとも剣を持てば生きていけるだけ、この娘はまだ恵まれているのかな。


 その後エイクイルの中年女神官と話をしたが、聖女ちゃんの言葉はすべて真実だと言う。

 家族がいない……孤児上がりであり、身元の引受人はエイクイル本国にあった。それを今まで貯めたお金で自分自身を買い戻した、とでも言うのだろうか。とにかく自分で自由の身を手にしたわけだ。居場所も保証もかなぐり捨てて、後ろ盾の一つもなくして、身一つで自由へ飛び込んだ。

 質素倹約を旨とし、何年も──させるなよ、とも思うのだが──聖女として、最近は騎士見習いとして活動することで得たお給金をずっと貯めていたらしい。泣ける話だね。

 どの程度支払ったかは知らないが、子供でも自分で自分を買い戻せるような金額であったのなら、エイクイルは腐りきってはいないのだろう。


 今彼女の手には杖もなく、腰に剣も下げられていない。支給品だったと。防具を着けていなかったのは、支給を断っていただけだと言う。お金がかかるから──と。馬鹿じゃないの? この娘もエイクイルもだ。


「剣もないのによくもまぁ、剣を見てくださいなどと言えたものですね。どこで何を頑張るつもりだったのですか?」

「うぅ……ご、ごめんなさい……その時はその、借りようと思って」

「元同僚で顔見知り、あるいは友人なのかもしれませんが、部外者に国から支給されてる装備を貸し出せるわけがないでしょう。誰が罰せられると思っているのですか」

 必死だったのは分からないでもないが、少し落ち着いて欲しい。──そうだな、落ち着いてもらおう。

「はぁ……もういいです。貴方、お世話になった人達にお別れは済ませてきたの? 昨日の今日でしょう」

「し、していません……。でも、私はもう──」

「今まで生きてこられたのは誰のおかげ? ずっと辛くされて苛められてきたの? 違うのであれば、私と一緒にいたいと言うのであれば、お世話になった人達に不義理を働くような真似をするのは止めて欲しい。今日と明日時間をあげるから、きちんとお別れを済ませてきなさい」

 小金貨以下の、小銭が入っている財布を取り出して彼女に放る。それなりに入っていて重いのだが……よく受け取ったな。わたわたしているのが可愛かった。

「えっ、これっ、で、でもっ!」

「逃げないわよ。装備は用意しなくて構いません、明後日のお昼に南門に来なさい。それまで私は貴方と行動を共にしませんし、黙って出発もしません。──気が変わったと言うのであれば門まで来なくてもいい。私は引き留めない。貴方の人生を決める選択よ、もう一度落ち着いてよく考えなさい」

 それだけ告げると、振り返ることなく迷宮前を去る。格好良く決まったかな? 私はクール系を目指すのだ。


(後先考えずに立ち去ってしまった。……とりあえず水迷宮は後回しだな、さっさと魔石を集めないと。管理所にも行かないといけないし、買い物もあるし……)

 急ぎの仕事が山積みになってしまったが、クールな私はここでドタバタと走り出したりはしないのだ。



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