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第十三話

 

 その後靴屋と服屋を周り編み上げのロングブーツを一足、それに服と下着を揃えた。

 薄着でいたのは決して私の好みであったというわけではない。丈の短いシャツやパンツのようなものから選び始めた女護衛にそう伝え、普通に機能重視の物を選んでもらった。

 長袖のシャツにスラックスのようなズボン。生地は少し厚いがしっかりとしている。破れも見当たらない。ゴムはないようで、紐とベルトで留める形式だった。

 タオルが安売りしていたということで、これも数枚。それと入口がしっかり閉まる巾着のような財布。ポケットに貨幣を突っ込んでジャラジャラと音を立てて歩いていたのを見かねたのか、財布は女護衛がプレゼントしてくれた。ありがとう。

 この世界の冒険者は財布に乾いた魔石を一緒に入れて管理している人が多いと教えてくれる。魔石も資産として信頼されているのだろう。


 町についての説明──治安の悪い場所や、美味しい食堂や屋台などの話──を聞きながら大きな家々が並ぶ通りを歩いていると、その一つの前で足を止めた。

「ここがギースさんのお屋敷です。おそらく裏庭にいると思います。このまま向かいましょう」

 門番はいなかったがしっかりした門を押し開け、年季を感じる大きな──私の感覚ではだが──屋敷の方へ向かい、その建物を迂回して裏庭へ向かう。

 女護衛の予想通り、そこでギースさんが待っていた。裏庭には井戸や倉庫のような建物がいくつか並んでいる。

「おう、来たな。先に着替えてこい、破れるかもしれん。あと髪を縛れ。邪魔になる」

 言われた通りに着替えることにする。髪を縛る紐はギースさんが家から持ってきてくれた。

 足裏をタオルで綺麗にしてブーツも履く。久しぶりに裸足じゃない! 少しテンションがあがる。ちなみに靴下も下着扱いで売っていた。元々着けていなかったけれど、ブラはなかった。

 荷物を隅に避けていると、女護衛が帰るところだった。お礼を言い別れる。本当にお世話になりました、ありがとう。


「さて、時間もあるし早速だが始めよう。当面の食事と寝床の面倒は見てやるが、やる気がないようなら放り出すからな、真剣にやれ」

 真剣も真剣だ、私も命がかかっている。それに、教師役としてこれ以上の適格者が他にいるとも思えなかった。

「厳しくお願いします。私も死にたくありません」

 十手を握る手に力が入る。私は力を身に着けなければいけない。

「いいじゃろう。とりあえず気力と魔力とを両方試してみよう、それを見て今後を考える。ちとこっち来て座れ、んで両手を前に出せ」

 近くまで寄って十手を地面に起き、横座りする。靴の所為で正座はできなかった。

 ギースさんは私の両手首を掴むと──。

「まず気力を流す、少し痛むかもしれんが我慢しろ」


 そのままの格好で、私はその場に跳ね上がった。


「は? えっ? えっ?」

 掌に少し力が入ったかと思うと、電気を流されたかのような、神経をビリビリやられるような、そんな衝撃、それが私の全身に襲いかかったのだ。

 混乱していると悪気もない様子で彼は声をあげる。

「おお、気絶せんかったか。思っていたより平気そうじゃな、やはりお前さんは素質がある。小さなお嬢なら二日は起きてこられなくなるぞ、今のは」

 何してくれんだこの爺!

 内心はこうだが表面は相変わらず呆然としている。意味が分からない、何だこれは。

 気を取り直して問いかける。

「い、今のが、気力、というものなのですね」

 まだ若干ビリビリしている。筋肉が硬直しているのを感じるが、呼吸を繰り返しているとそれもすぐに落ち着いた。身体が温かい。

「今のは無手の連中が使う衝撃波、あれの元だな。指向性を持たせていないただの力だ。連中はこれを一点に集めることで破壊を成すらしい。ワシは昔鍛錬して物にできなかったが、お前さんならできるかもしれんからな」

「私はもっとこう、優しく力を流して『ほら、これが気力だよ、わかるかい?』みたいなものを想像していたのですが……」

「んなことするかよ気色の悪い。もう少し強くいくぞ。力の在り方を感じろ、喋ってると舌を噛むからな」

「ピィッ!?」

 問答無用で気力を流し込まれる。

 私はその場でヒヨコのような鳴き声を上げながら、パタパタと夕暮れ時まで飛び跳ね続けた。


「して、分かったかよ?」

「すみません、まだよく……」

 あれから私に慣れを許さないとでも言うように、徐々に強度を増した気力を流され続け、私は流石に疲弊しきっていた。声も枯れそうだ。ギースさんも若干息が上がっている。

「まぁ一日で身につけば苦労せんわな。魔力は明日じゃ。日の出から始めるから寝坊せんようにな、食事はやるから早めに寝ちまえ。きちんと身体を休ませないと後になって痛みが出てくるからな」

 彼はそう言いながら近くに置いていた袋をこちらに寄越すと、「井戸は好きに使え」と言い残して屋敷に戻ってしまった。

 私は倉庫の一つを使わせてもらうことになっている。内側から閂がかかるし毛布もある。明かりはないが、寝て起きるだけなら問題ない。

 お屋敷のベッドを使わせてもらうなんてことになったら、逆に恐縮していただろう。

 渡された袋にはパンと瓶入りのジャムのようなもの、そしてコップと小さなパンナイフが一本入っていた。

 考えごとも素振りもしたいが、今日はもう食べて寝よう。水浴びもしたいが朝でいい。

 黙々ともくもくパンを胃に放り込み、念のため井戸水を浄化してから飲み干す。そのまま私は毛布にくるまり、程なくして眠りに落ちた。


「ピッ!? ピィィ! ビ、ピイィッ!?」

 この世界の朝は、ニワトリではなくヒヨコが鳴く。

 身体を拭き、体操や素振りをしながら待っていた私に「気力を先に仕上げることにした」と彼は告げ、私は昨日に引き続き、また跳ね起きる機械と化していた。既に日は天頂に近づこうとしている。

 それから少し、ちょうど日が真上に登ろうとしたところで彼は私の手を離した。

「ん、まぁこんなもんじゃろ。では本格的に気力の鍛錬に入るぞ」

 耳を疑った。今何て言った。

「え、えっ? 今までのは──」

「最初に言ったじゃろ、あれは気の派生形じゃと。本来なら必要ない行程じゃ」

 だが、と続ける。

「お前さん、熊を倒したいだけじゃないじゃろ? 熊を打ち倒せばそれで満足なのか? 大猿に出会ったら諦めるか? オーガの群れに打ち負けて喰われるか? 地竜から逃げそびれて潰れるか? 違うじゃろ。この世には熊よりもっと恐ろしいものはごまんといる。魔物だけじゃない、人間だってそうじゃ。分かりやすい悪人だけじゃない、人は簡単に殺すぞ。そして死ぬ」

 彼は至って真面目だった。

「お前さんは殺せ。熊も大猿もオーガの群れも、悪魔や竜だって殺してしまえ。人も殺していい。盗賊だろうと神官だろうと、お前を害しようとするものは殺していい。生きるために殺すことを躊躇うな。その為には、ただ気力で身体強化だけ上手に使えるだけでは仕方がない。足りない。確かな手を増やせ」

「ワシは物にできなかったが、気力の衝撃波、これは間違いなくお前さんの力になる。その為には、この力を先入観のない状態で身体に覚えこませておきたかったのじゃ。お前さんはきっと今日明日中にでも気力の使い方を体得する。問題はその後じゃ。二百年生きたワシはそれを形にすることができなんだ。力が凝り固まってしまっていたからじゃ。ワシの知る連中は、気力を知るより前にこの力の扱いを学ぶと言うとった。それで何年もかかるともな。今のお前さんと同じじゃ」


(気力が身体強化で凝り固まる前に、気力の衝撃波について識る必要があった。その為の修練があれだった、と)

「素質がなさそうなら止めたじゃろうが、お前さんにはそれがあった。ここで物にしていけ。少なくとも、将来に可能性として繋げ」


「ありがとうございます、ギースさん。感謝の言葉しかありません。私は、何よりも強くなりたいです。私を鍛えて下さい。よろしくお願いします」


 そのまま改めて気力の鍛錬に入る。

「まず最初に言うておく。仮に成功したような感覚がしても、絶対に強く指を握りこんだり腕を振ったりしてはいかん。ワシらみたいな筋肉ダルマとは違い、お前さんみたいな細腕で部分強化して手を振れば、真っ先に肘の関節が壊れる」

 恐ろしいことを言われる。

「身体強化は筋肉、関節、骨。少なくともこの三つの強化を不足なく行えるようにならなければならん。お前さんはすぐできるようになる。だが、出来ない内は決して言いつけを破るな。関節の痛みは辛いぞ」

「身体強化を身につけた後も、例えば関節と骨の強化を疎かにして筋肉だけを過剰に強化しようとしてはならん。同じ未来が待っているだけじゃ。これはしっかり覚えておけ」

 心に刻もう。全体のレベルを上げる。よし。

「今からお前さんの両手を掴んで気力を流す。さっきまでのとは違う、身体を何か這うような感覚がするじゃろうが、驚いて身体に力を入れることがないよう気をつけろ。筋肉痛になるぞ」


 私が頷いたのを見ると、彼は私の手を掴む。私の座り方は横座りから足を前に投げ出した、前屈体操をするときの形になっている。

 しばらくすると、身体の内側をくすぐられるような感覚に襲われる。これのことか、確かに言われていなければびっくりするな。

 ムズムズとするそれにしばらく身を委ねていると、これを自分で制御できそうな、不思議な予感が頭を渦まくようになった。

「これ、制御できそうな気がします。やってみていいですか」

「ゆっくり、余り力を入れるな」と言い、私の手を掴みながら彼が許可を出す。

 するとくすぐったかったような感覚のそれが、砂鉄に磁石を落としたかのように、一瞬で指向性を持ちだしたのを感じた。

 筋繊維の収縮を感じる。腱と骨と、それが結びついているのが分かる。

「そうじゃ、それが筋肉の強化じゃな。それ以上力を強く入れるなよ。次は骨じゃ、筋肉はそのままで骨に気を行き渡らせるようにしてみろ。纏わせるようにではなく、骨の内側に染みこませて固めるようにじゃ」

 言われた通りに意識してみる、骨、骨の内側……子供の頃理科の授業か何かで見た骨の断面、スポンジのようで気持ち悪かったのを覚えている。スポンジ、スポンジ……あれに、気を満たすように……。

 一部分──右の指先に意識を集中する。上手くいっている。そのまま身体の中を、一本の骨に開いた管を通して全体に気を行き渡らせるように……体中を満たす。そしてその細部まで気を満たすようイメージする。

「ん……そうじゃ、それでいい。それが骨の強化じゃな。最後に関節じゃが、これは関節を中心に骨と骨を気力で結ぶようにしてみろ」

 これはすぐに上手くいった。これまでの応用だ。ギースが私の指を摘み、グイグイといじっている。

「よし、一旦全て解け。ゆっくりでいい」

 ゆっくり気を抜くと、身体から気が抜けていくのを感じた。日本語おもしろいね。

「一度で全てやり切るか、優秀じゃな。ドワーフでもこうはいかんぞ」

 ギースは満足そうだった、私も嬉しくなる。

「とりあえず今やったこの三つ、これを同時に、また瞬時に行えるようになれ。ひたすら気を入れて抜いて、その繰り返しじゃ。まだ力を入れて指を握ったり腕を振ったり身体を捻ったりしたら駄目じゃぞ。馴染んでない内は危険じゃ」

「今日のところは、寝るまでずっとそれを繰り返せ。最初はゆっくりでもいいが確実に、次第にどんどん早くしていってみろ。適当にならんようにな。単調で飽きるかもしれんが、瞬時に対応できるようになれば、それは気力の消耗を抑えることにも繋がる。素振りをするときには使わないようにな。意識して抑えるのも重要じゃ」

 頷いて修練に入る。これまでの行程をなぞるようにして、ゆっくりと、気力を満たしては抜いていく。それを何度も繰り返す。

 立ち上がり、同じようにして繰り返す。腕を伸ばして同じように、降ろして同じように、何度も何度も、自分の内に意識を向けて繰り返す。

 膝を曲げてみたり、腕を曲げてみたり、十手を持っているかのように構えてみたり。まだ力は入れない、腕も振らない。力を入れて、抜く。ただそれだけを──。


 ふと、肩を叩かれたような気がして力を抜く。振り向くと、そこには呆れた様子のギースが立っていた。日は既に沈みかけており、すぐにでも宵の頃になりそうだ。

「まさか休みもしないでずっとやっとったんかい。呆れたもんじゃ……いや、伸びる奴はこんなもんなのかもしれんな。とりあえず食べて寝てしまえ、明日は習熟を軽く見て、実際に身体を動かしてもらう。自分で思っている以上に身体は疲れているはずじゃ、夜更かしして鍛錬せずにきちんと眠れよ」

 彼は袋をこちらに渡すと、屋敷に戻っていった。私も気力を使わないよう意識しながら軽く素振りをして、食事をかき込みすぐに眠った。



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