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第百二十八話

 

 それからしばらく護衛を続け、何事もなく依頼を終えた。

 王都の西門での荷物検査はスルーされる。人混みを抜けてアルト商会まで辿り着き、依頼料を受け取って別れる。前回どの程度受け取ったかは覚えていないが、鹿や猪を狩っていないのにかなり奮発してくれたようで、結構な大金を受け取った。

 ついでに商会内の商店部分を見て回ったが、特に欲する装備は並んでいなかった。リューンとお揃いで着ていた、あの魔導服も。

 まだ入荷していないだけかもしれないし売れてしまったのかもしれないが……下手したらあれも、どこかの神があの手この手で私を嵌めようと仕掛けていた罠の一つだったのかもしれない。


(メガネがないのは辛い。代替品、ないかなぁ……ないんだよなぁ。暗視も遠目も実用的な物はほとんど迷宮産だ。どこかで研究されていないものだろうか)

 人造魔導具の産地として有名なところに、エイフィスとヴァーリルの二つがある。

 エイフィスは北大陸にあり、装飾品系魔導具の研究が盛んな都市だ。魔導都市なんて呼ばれていたりする。

 ヴァーリルは西大陸。こちらは金属製品、特に武器や防具が有名で、良質の剣や鎧なんていうのはヴァーリル産の物が多い。そして西大陸からセント・ルナまでは比較的距離が近いらしく、北大陸のルパからルナへ向かうように、数百日も船に揺られることはないらしい。

 リリウムが壊していた武器は、多くはヴァーリル製とか言っていたような気がする。

 産地としてこの二つが特に有名なだけで、東にも南にも、著名な産地があったり優れた職人がいたりするのだろう。ルナの魔導具職人もかなりのものだ。

「可能性があるのは、エイフィスの方だけど──」


「こんにちは、冒険者の登録に来ました。こちらで大丈夫でしょうか?」

 今は先にやるべきことを済ませよう。南の四層まで向かって冒険者ギルドの受付に並ぶ。以前の……適当な女受付の列ではなく、それなりに年をとった男職員の列に。

「はい、こちらで問題ありません。読み書きはできますか?」

「どちらも問題ありません。身体も動きます。登録したらすぐに魔石の納品を済ませたいのですが、それもこちらで大丈夫でしょうか? 浄化橙石は無制限で常時受け付けていたと記憶しているのですが」

「ご存知なのですね。それもこちらで問題ありませんよ。先に登録を済ませますので、そのまましばらくお待ち下さい」


 名前と性別だけを記した紙をいつかのように何やら機械に通し……生成された鉄色をした金属製と思しきプレートを手渡され、手数料を支払う。

「こちらが登録証です。仔細についてはご存知ですか?」

「再発行はできない、破損した場合は手数料を支払えば直せる……三級以上には色々と例外事項があるとか、そのような認識です」

「概ねそのような認識で問題ありません。原則依頼は現在のランクの一つ上の物までしか受諾することができませんので、そこは注意してください。依頼未達成時にも違約金などのペナルティが発生する場合があります。──それで、魔石の納品とのことでしたが」

 偽装袋の中に手を突っ込み、次元箱の中の樽から浄化橙石を適当に一つ掴み取ってカウンターの上に置く。

「これの納品で、とりあえず六級になれる程度まで……貢献点でしたか、それを溜めたいのですが」

「──申し訳ありません、こちらではちょっと……奥へどうぞ」

 まぁ、こうなる。


 パイトのものよりもかなり豪勢な、応接室と呼んでも過言ではないレベルの個室へ案内される。なんと即座にお茶とお茶請けまで出てきた。

(流石に王都というだけあって、魔法学院の詰所もそうだったけど、金があるんだな……)

 帽子を脱いで、偽装袋と一緒にソファーに置く。十手も鞘ごと外してすぐ掴める場所に置いておく。ここでいきなり襲われるとは思えないけど……お茶とお菓子も一応浄化しておこう。

 しばらく……一時間ほどその場に放置され、いい加減帰ろうかと思っていたところでようやく、対応してくれた受付と、いかにも元冒険者といった風体のいかつい、それにしてはしっかりとした礼服のような制服を着込んだ職員が一人、そして最後の一人は魔石の鑑定員だろう、学者然とした細身の男が一人。揃ってやってきた。

「待たせてしまって申し訳ない。査定で一悶着あってな」

 正面のソファーにどっかりと音を立てて座ったこのいかつい男は、かなり地位が高いのだろう。なんか偉そうだ。でも権力を笠に着ているという感じではない。

「お気になさらず。お茶が出ていなければ帰っていましたが」

「そりゃそうだ、俺だってこんな扱いをされれば帰る。──それで、貢献点が欲しいとのことだったが」

「はい。とりあえず六級を目指しています。今回は護衛として来ましたので免除されましたが、ここへ来る度に荷物検査を毎度受けるのは鬱陶しいですので」

「護衛だって? ──王都の商会か?」

「はい。アルト商会の商隊を。コンパーラ方面から王都にかけて、つい今し方終了したところです……それが何か?」

「確認を出す、悪いがもうしばらく待ってくれ。おい!」

 隣に座ったばかりの受付の男に声をかけ、慌てて男が飛び出していく。何か大事になってないか? 私はただ身分証が欲しいだけなんだが。


「姉ちゃんは冒険者の級……ランクが上がる仕組みについて知っているか?」

「はぁ。貢献点を稼げば上がる、としか」

「正しい。とても簡単な話だ。ただ、四級から三級、三級から二級といった上位に上がるためには、それなりの条件というものがあるのさ。盗賊や外道に過ぎた身分を与えるわけにもいかんだろ? 下でこそこそしている分にはいいがね」

「あの、私は六級まで上がればそれで十分なのですが」

「まぁ聞いとけ。清廉潔白……とまではいかなくても、人格がまともで大方の護衛仕事を逃げ出すこともなくこなせる。それの判断基準とされる境界が五級と四級の間にある。ここまではまだ普通の冒険者扱いだな。ここから三級に上がるのはかなり厳しいが、三級ともなればどこに出ても恥ずかしくない一流の冒険者扱いされる」


「それで本題だがな。姉ちゃん、あんたはあの魔石一個で五級を飛び越して、四級になれる資格ができた。今はまだ半分だがな」


「……商会へ確認に向かったのですか?」

「そうだ。姉ちゃんは『依頼』を請けたんだろ? これは指名依頼に該当する。ギルドに登録する前だから貢献点は付かないが、依頼をこなしたという実績と人格に問題がないという保証があれば、我々はあんたを四級にしなければならない。姉ちゃんはもうギルドに登録しているからな」

「滅茶苦茶な話ですね。護衛分の貢献点が付かないというのはギルドに所属していなかったということで、当然のことと理解できます。ですがそれを実績の査定に用いるのは──」

「普通ならそうだ。俺は四級になれる資格ができたと言ったがな、姉ちゃんはあの魔石一個で二級になれる貢献点が、既に溜まっちまってるんだよ」


「……はぁ?」

 多少大型だが……あんな物、大した値段はつかない。過分な評価を受けたところで精々二十万とか三十万とか、その辺りまでだろう。そんなもの一つで二級は流石にありえない。

「我々ギルドは納品を既に受け付けた。その結果、姉ちゃんのその安っぽい下級のギルド証には……これから二級になれる分の貢献点が加算される。だがまだ二級にはなれない。今は五級までだ。確認が取れ次第四級になるだろう。次は三級に、という話になる。すぐ破棄することになるギルド証をその都度作り直すのも手間だ。安い物じゃないんだよ、あれは」

「──勘弁してよ」

「姉ちゃんがランクを上げたくないのは、あれだろ? 目立ちたくないとか、指名依頼とか鬱陶しいからだろ? 目立つのはギルド証を見せびらかさなければ問題ない。それに指名依頼な、あれは一級になれば断れるぞ」


「……断れるのですか? かなり強制力が強いものというイメージがありましたが」

「一級までいくような冒険者は大抵エルフかドワーフ、血の濃いハーフも多い。長命で個人の力量も、下手したらツテも半端なものじゃない。そんな戦力に無理強いしてみろ、戦争になってもおかしくない。だから一級冒険者にはギルドから指名依頼を出せないんだよ。そう規則で決まっている。できるのは案内か、かなり下出に出てのお願いまでだ。魔物の討伐依頼なんかも我々が無理強いできるのは精々三級までだ。二級相手にはかなり気を使うし、一級相手にはその資格がない。一級までいけばギルド証も失効もしないし年会費も免除されるからな。姉ちゃんも四級で止めずに、上げられるなら上げていった方が気が楽だと思うぞ」


「──私が四級になれたとして、三級、二級、そして一級へ上がるための条件とは?」

 干渉されないというなら話は別だ。年会費の免除というのも、お金のことより手間が省けるのがありがたい。これはもうずっと持っていてもいいかもしれないな……私も何かのハーフだとでも強弁できないだろうか。

「そうこないとな! 四から三へは簡単だ、戦闘力を見る。模擬戦だな。三から二へは更なる戦闘力に加えて唯一性があるかも見られる。二から一へは貢献点のみだ。姉ちゃんの場合は……そうだな、あの浄化橙石をあと六つばかし持ってくれば、文句なしに一級認定だ」

 六十でも六百でも六千でもなく……六つとは……。たった七個の魔石で一級認定されるということは、実は案外大した地位でもないのかもしれない。というかそうとしか思えない。

「唯一性とは?」

「あの魔石、どっかからかっぱらってきた物じゃなければ……姉ちゃん法術師だろ? もう条件は満たしているよ。ただの剣士や魔法師じゃ地道に頑張っても二級冒険者にはなれないのさ。戦闘力が図抜けているだとか、道場の師範代だとか、希少だったり高位だったり、そういう術式に長けているだとかな。そういう点を見られる。浄化は文句なしに希少技術に該当する」

「模擬戦はいつでも?」

「俺は元二級だ。これでもここのマスターだしな、俺が相手できる。魔石があるなら観念して今出しとけ。さっきも言ったが、上位のギルド証は希少金属を使うから原価も工賃も高いんだよ。時間ももったいないからな」

「……六つでいいんですね?」

「ああ、六つでいい。査定はさせてもらうがね」

 一つため息をついて偽装袋に手を突っ込むと、大型の浄化橙石を六つ……順繰りに机の上へと放り出した。



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