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第百二十七話

 

 貯蓄はだいぶ増えた。エイクイルに絡まれないように宿を変えて、管理所へ出向かなければ聖女ちゃんと会うこともない。

 となると、パイトにいても暇だ。第三迷宮は暗すぎて入れないし、中央区も微妙、北側は光と水迷宮だ。特に用もない。

「王都でもやることないし、本でも買って引きこもるかな。──今のうちに冒険者のランクを上げてみる? 高くて困るものでもないよね」

 正直冒険者なんてものには欠片ほどの興味もない。だがギルドの階級を上げれば身分証としての価値が上がるというのは間違いないわけだ。

「なんて言ってたっけ、貢献点? とかが溜まればどんどん上がっていくみたいなことを言ってたけど……そういえば、ゴーレムが良いとか、橙石が高いとか言ってた気がするな。パイトで大量に狩って持っていけば一気に上がらないかな?」

 思い立ったが何とやら。日中を避け、日が落ちてから第二迷宮へ向かうことにした。


 終層まで行く必要はない。今の私にとって宝箱はゴミだ。鑑定しないと価値が分からないし、良品だったところで持っていれば毒になる。女神様は他の神の神器を使うなと言っていた気がするのだが、迷宮産魔導具は全て神器なのかな?

 私の名もなき女神様はもう、本当にいない。他の神に問いただすわけにもいかない。この疑問はきっと永遠に氷解しないだろう。

 時間をずらして来たにも拘わらず、第二迷宮にはそこそこ人の姿がある。エイクイルの騎士っぽいのもいるし、普通の冒険者の姿も。第四迷宮は六層が詰まっていて、第三迷宮は暗視ができないとどうしようもない、北の水迷宮も下準備がいるし、この辺りに人が集中するのも……分からない話ではない。

 極力他人と干渉しないように距離を取って、低階層は必要最低限の戦闘で切り抜けて奥へ奥へと進んでいく。十層辺りまでは人が多く、十五層程度でもまだ人がいる。人気が完全になくなったのは二十層を越えてからで、そこに出てくるのはもう虫ではない。


「なんかえらく久し振りに感じるな。サイ……みたいなやつ」

 以前はリリウムが嬉々として突き殺していた小竜。魔石の数は落ちるが階層を戻っても仕方がないので、今日はこいつらを相手取ることに決めた。

 奥から奥から突進してくるので、手を抜くと轢かれる。《結界》も足場魔法の術式もあるから死にはしないが、弾かれたり噛まれたりすればきっと痛いだろう。真面目にやらないと。

「リューンがいれば、こいつらただの的なんだけどなぁ……」

 真正面からカウンター気味に鼻っ面に打突を入れて魔石にしていく。片手で握るのも難儀するサイズ……って、大きすぎない?

「ちょっと待ってちょっと待って、でかいでかい。なんだこの魔石……待って待ってちょっとたんま!」

 向かってくるサイを必死で処理してなんとか階層の全てを殲滅すると、一度次元箱の中を覗く。外からでも中の様子が確認できるのは凄く便利なのだが、内部の惨状を目の当たりにして頭を抱えた。私の四畳の倉庫内は荒らされまくっていた。

 雹にでも打たれたかのように……。魔石がタオルや石鹸や服や水の容器といった私の私物を片っ端から跳ね飛ばし、横倒しにして、おやつのナッツや果物は砕けて散らばり放題、溜め込んでいた魔石もいくつかは割れてしまったようで、大きさは不揃い。欠けた破片が散っている。あの中にはきっと、悪霊化した霊鎧から取った分の大きめの真石が……。

「ああぁもぉぉ……、どうすんのよこれ……誰が掃除すると思ってるのよぉぉ……」

 今にして思えば、浄化真石は軽かったのだ。というかこの浄化橙石が大きくて、重すぎる。これまで内部が荒らされるほど滅茶苦茶になることも、放り込んだ魔石が割れるようなこともなかった。

 棚がいる。箱もいる。というか、横着して直接次元箱に放り込むなという話だ。大量の布袋なんてものは準備していない。空調魔導具を買う前で本当によかった……。下手したら魔導具も破損していたかもしれない。

 内部は狭いし中に入る機会も減っていて、外から転移で取り出せるので……今まで気付かなかったわけだ。アホだな。


 二十七層までを順繰りに狩り進め、階層を進む毎にはっきりとサイズを肥大化させていく浄化橙石に正直ビビっている。二十九層は、更にでかくなるんだろう。もう箱の中の惨状は諦めた。真石と橙石と緑石が混ざり合って酷いことになっている。

「二十八と九はどうしようかな、一応見るだけ見て……そこから引き返そうか。三十層は宝箱見て開けたくなったら困るし、止めておこう」

 二十八層のサイのようなやつゾンビと二十九層のサイのようなやつを危なげなく全滅させ、足取り重く帰還した。これより地獄の仕分け作業が待っている。


 ──樽は最強だ。中に物がいっぱい入る。頑丈なのもいい。積み上げれば場所を取らない。どこでも手に入るし、比較的安価だ。

 まとまった数の手頃な大きさの木箱が手に入りそうになく、試しに買ってみた水樽の蓋を外すと……かなり都合のいい容器ができた。

 店員のドワーフのおっちゃん曰く、数年数十年どころかうちの樽は数百年は保つとのこと。凄いな樽。心なし木のいい香りもする。

 値段をかなりまけてくれたので、調子に乗って在庫にあったかなりの数を購入してしまったが……樽は便利だ。きっといつか役に立つ。

 身体強化がなければ持ち上げることもできないであろう重さになった、浄化橙石が大量に詰まった樽の数々……壮観だ。次元箱に積み上げられたそれを眺めていると、やりきった感慨で胸がいっぱいに──。

「──はならないな。疲れたぁぁ……。これだけ卸せば六級にはなれるよね」


 翌日王都に出向こうと白昼堂々認識阻害転移を繰り返していたところ、真っ昼間の街道で盗賊団を発見した。商隊が襲われている。

 普段の私であれば無視するところなのだが……襲われている商隊の人員に、ちらほら見覚えのある顔がある。

「アルト商会の人だな……。どうしよう。あー……。──仕方ない、手を貸そう」

 エルフの身体強化を強めに掛け、防御力を底上げする。浄化はなし、近当て……も止めておいた方がいいな。汚くなるし。

「盗賊は……三十人くらいかな? 探査で盗賊と商隊が見分けられたら楽なのに」

 あまりうだうだしていると死人が増えるかもしれない、さっさと済ませよう。こういう時に必要なのが外套なのだが、残念なことに持ち合わせていない。


 頭を強く殴れば人は死ぬ。頭を殴っても殺してもいけないというのは……私にとってかなりやり辛い縛りだ。

 私は狼だろうが猪だろうが、死神だろうがサイのようなやつであろうが、頭が狙えるならまず頭を潰さんとする思考や動きが身体に染み付いてしまっている。

 おまけに頭ばかりではない。人間は首が折れても心臓が破裂してもいけない。腹から臓物が漏れても死ぬかもしれない。

 かといって手を折っても足で逃げられるし、足を折っても手からナイフが飛んでくるかもしれない。危険だ。

(無傷で捕らえるって難しいんだなぁ……十手を使ってた江戸の人は凄いよほんと。どうやってたんだろう)

 これが私を狙ってきた盗賊であれば躊躇わずにミンチにするのだが、確か以前……捕まえた盗賊は殺さないよう、言われたような気がするのだ。

 売るか何か、利用法があるのだと思う。勝手に手を出してそれを邪魔するのは、流石に申し訳なく感じる。


 私の方へ視線が向けられていないことを確認してから認識阻害を切って背後から強襲し、一人目を軽めに打突して肩と足の骨を折る。

 刃物を持っていないことを確認すると、すぐさまそれを引っ掴んで街道に放り投げ、近くに居た二人目の短剣を右手ごと破壊してから両膝を砕いて投げ捨てる。

「あれ、歩かせるなら足は折らない方がいいのかな? でも逃げられるよね……」

「なっ、なんだぁおま──」

 三人目の両手首を突いて砕き、太ももを折らない程度に薙いで同じように仲間のそばへ放り投げる。

 この辺りで周囲が私に気付いてしまった。手早く処理しよう。

「あの、足は折ってしまっていいですか? どうやって運びます?」

 近くに居た護衛らしき人物に話しかけ、四人目の剣を折って腹に軽く……本当に軽く衝撃を加えて昏倒させ、両足を踏み折る。そして投げ捨てる。

「折っていい、というか殺してしまっていい。すまないが頼む、数が多いんだ」

「殺していいのであれば──」

 血や脳が撒き散らされると不衛生だ。なるべく首を折っていこう。


 商隊からは死人が四人出てしまっていた。そして五十人近い盗賊の躯の山がそこに残った。

 結局私は三十人程度の首を折り、半数近くは商隊の人間が片付けたみたいだ。そこそこ戦えるのは知っていたが、やはり優秀な人材を揃えているのだろう。単に盗賊が弱かったのかもしれないけれど。

 全部で三十人くらいかと思っていたが、探査を掛けたところ、森の中に第二波が潜んでいるのを発見した。そいつらも全て追いかけ回して一人残らず処理している。かなり多いと思うのだが、盗賊団とはこんな感じなのだろうか。よく統率できるものだな。

 今私の前には、以前出会った……街道沿いの街で護衛にどうかと誘ってきた、あの中年護衛がいる。彼は血にまみれた長剣を手にしていて、同じくらい全身も血まみれになっている。息は荒いが怪我は大したことがないらしい。とてもそうは見えないのだが……。

「助かったよ姉さん。お陰で被害は最小限で済んだ。礼を言わせてくれ」

「いえ、たまたま通りがかっただけですので。お言葉は受け取っておきます。──ごめんなさいね、ほとんど殺してしまいました」

 結局生かして捕縛できたのは最初の数人だけだった、そいつらも既に商隊の手によって躯の仲間入りをしている。

「気にしないでくれ。配慮は嬉しいが、この数を生かして捕らえても運びようがないさ」

「そうですか、では気にしません。──こんな大きな街道に大所帯で出てくるなんて、珍しいこともあるものですね」

「隣国から流れてきた奴らだろう。最近噂になっていてな……ここいらの盗賊は大通りで商隊襲うなんて馬鹿な真似はしないからな」

「なるほど。これで全滅していればいいですね」

「そうだといいがな……」

 今は怪我のない護衛が総出で街道脇に穴を掘っている。燃やして埋めずに死体を放置すれば……商会の評判にも関わるかもしれないのか、面倒なものだな。


 散々瘴気持ちをミンチにしていたせいだろうか、刃物同士の戦いで血肉が撒き散らされているのを見ても、人の死体を見ても、人を殺したことに対しても、それほど感じるものがない。

 以前であれば敵対神の呪いや、鎮静効果を発揮する謎の十手の効能の一部かと疑うところだが、今の私はまっさらなわけで──素で人を殺して、それに対する罪悪感の欠片もない。血が臭いな、とか、その程度だ。

(まぁ、外道だし……害獣と変わらない。魔物は殺してよくて、害獣は救わねばならない、などという道理もないよね)

 その日は近くの街まで護衛して一宿一飯を世話になり、翌朝いつかのように護衛を打診され……それを引き受けた。単に暇だったからだ。


「なぁ姉さん、あんたのその服って魔導具なのか?」

 年若い──顔は記憶にないが、護衛の男の子に声をかけられる。私は名目上護衛として雇われてはいるがほぼお客様待遇で、索敵だけして道中の鹿や猪の処理はほとんど他の護衛が行っていた。これはこれで暇だが、散歩だと思えばそう悪い時間の使い方でもない。

「人造品ですが魔導具ですよ。それが何か?」

「いや、やっぱり迷宮産じゃないよな……あんたほど強ければその……持てるんじゃないのか? 迷宮産の凄いやつをさ!」

「持てるか持てないかで言えば、持てます。過去にいくつか使っていたこともありました。ですが、人造品にも良い物はたくさんありますよ」

 特に服のデザインだ。迷宮産は綺麗な物が多いが、はっちゃけているものも同じくらい多い。サイズの合わないものは着られないし、人造品はその辺かなり融通が利く。

「俺もいつか、迷宮産の剣を見つけて強くなりてぇんだ! なぁ、宝箱って見つけるの難しいのか!?」

「見つけるだけならそうでもないですよ。セント・ルナの六十……三層だったかな、溶岩地帯に出てくる真っ赤なドラゴンは毎回宝箱を残したような気がします。あのドラゴンは二日程度で生き返るので、周期を管理すれば独占して箱を開けられますね」

「……ふ、普通の階層にもあるんだろ!?」

「あることはありますが、人の多い階層で見つける方がドラゴンを倒すよりずっと難しいですよ。冒険者は皆、目を皿のようにして探していますから」

「ハハハハハ! 諦めなボウズ。そんな甘っちょろい考えで手に入るもんじゃねぇよ!」

「ゴミが出てくることの方が多いですからね。名剣一本狙いで宝箱に期待するのは……運が良ければ別ですが、お店で買った方がきっと早いと思います」

「そっかぁ……」

 お勧めはパイト第三迷宮の死神だが、当然口に出したりはしない。



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