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第百二十六話

 

 洗い残しがないかをしっかりと確認して、私の寝間着とサンダルに着替えさせて宿へ戻った。

 例の如くエイクイルの宿へ送っていくという申し出には首を振るばかり。風呂に連れ出した以上は面倒を見よう。夕食を食べに行ってもいいけど、疲れてるだろうしね。

 持っていた果物を渡して食べながら歩き、ベッドに入るなり聖女ちゃんは私を抱きまくらにして眠ってしまった。

 一体どれだけ結界を張り続けていたのだろう。魔力を使うのは苦手だったと記憶している、かなり無理をしたに違いない。下手したら枯れてたんじゃないの……?

(私はこの一件の直前まで死層に入り浸っていた。その際特に階層の様子に異常はなかった。変な小道具の類も見かけなかった気がする。そして今回のこの異変……六層へ狩りにきていたパーティよりはエイクイルの方が怪しい。あれだけの異変を聖女ちゃんの魔力で引き起こせるものなのか? 考えにくいよね)

 何か魔導具でも持ち込んだのだろうか。うーん……管理所に頼めば聴取してもらえるかな? もしそれが迷宮産魔導具でなければ……量産を依頼したい。

 幽霊大鬼や死竜、死神なんかを悪霊化できたら……なんてことを考えながら、その日は私も眠りについた。


 これがリューンなら適当にひっぺがして捨てておくのだが、このお姫様を粗雑に扱うのはどうしても抵抗がある。犬化した後ならきっと躊躇いなく蹴り出せる。

 目が覚めたが、相も変わらず私に抱き付いたままの聖女ちゃんが邪魔で活動に移れない。仕方がないので寝顔を眺めながら今日の予定を……とは言っても、大したことはしない。調査を打診するくらいか。

 今後の予定も適当に王都とこことを往復して……後はあの泣き虫エルフを拾うだけかな。

 だがそれもまだ先の話だ。秋の頃だったとは思うのだが……。南大陸までの経路を設定しておく必要もある。可能な範囲で瘴気持ちを潰しに行くのもありだし、悩ましいな。早々にルナで魔導靴を手に入れたいというのもあるし、そのために金策も──。

「──おはよう。よく眠れた?」

 視線を感じて顔をずらすと、じっと私を見つめていたであろう聖女ちゃんと目が合う。考え事に意識を取られていて目が覚めていたことに気付かなかった。慌てて寝たふりをされるも……前もこんなんじゃなかったっけ。好きなのかなこのノリ。

 返事がなかったのでひっぺがして井戸まで抱えていく。流石に頭からぶっかけるような真似はしない。


「もうお昼近いね、ご飯食べようか。何食べたい?」

「えっと……パンが食べたいです。お野菜が挟んである」

 そういえばまだパニーノの屋台には行ってなかったな。以前は屋台ばかり使っていたんだっけ……すっかり食堂での食事にも慣れてしまった。そのうち本店にも足を向けてみよう。

「うん、じゃあ屋台まで行こうか」

 聖女服? は乾いているが、寝間着兼部屋着のシャツとズボンを脱ごうとしなかったので──そのまま屋台へ向かった。

 好きに選ばせ、私も適当にオススメを頼む。この子は野菜が好きなのか、それとも宗教上の理由でもあるのか、サラダサンドのようなパンぱかりを選んでいた。

「お野菜が好きなの? お肉全然入っていないけど」

「その、お肉やお魚は日が落ちてからでないと食べてはいけないんです。そういう決まりで」

 ベジタリアンではないみたいだが……他所様の戒律にあれこれ口を出しても仕方がない。

 食べ歩きをするには人が多いように感じられたので、宿に戻って二人でゆっくりと食事をとる。ベッドに腰掛けた私の隣にちょこんと座り、もそもそと食べている姿が小動物のようで愛らしい。

 それにしても質素な部屋だ。机も椅子もないというのは……暖房を使えないからここを利用するのは今しばらくの間だけだし、いいかもう。人を招くことももうない。

「私はこの後、管理所へ昨日の報告に向かいます。宿に戻るのであれば先に送っていきますよ」

「あ、あの……一緒に行ったらダメですか?」

「ダメということはありません。ですが面白いことはないですよ? 仕事の話をするだけです」

「一緒に行きたいです!」

 これでも一緒に来ると言い出すのか……分からんな。


 二人で歩いた第四迷宮までの道のりは活気がなく、同じく閑散としている管理所で適当な職員をつかまえて所長へ話を繋いでもらう。

 問題が解決したと知られれば、またあの賑やかな管理所が戻ってくる。今しばらくは暇を謳歌して欲しい。

「おはようございます。お待たせしてしまい申し訳ありません」

「構わない。わざわざすまないな。報告を聞こう」

 所長は一瞬だけ聖女ちゃんに視線を向けたが、私は気にせずに話を始めた。私が気にしていなければ、所長もいないものとして扱うだろう。

「おおよそ作戦の通りに事態は推移しました。そちらに関しては特に申し上げることはありません。質問にはお答えしますが、まずは特記事項について話をさせてください」

「伺おう」

「──六層の状況は異常でした。所長は迷宮内に瘴気持ち、悪霊の類が稀に出没することはご存知ですね?」

「無論だ」

「パイト第四迷宮六層。階層に出没するリビングメイルはおおよそ六十匹前後。そして悪霊化しているものは平均二匹程度。これが平時の環境です」

「ふむ」

「今回私が討伐した数は百二十一匹。悪霊はその中の二十三匹に及びました」

「誤差で片付けられる範囲を逸脱しているな」

「はい。所長はこのような事象に何か心当たりがおありではないですか? 薬、魔導具、呪法など」

「──ふむ。私の記憶にはないな。そのようなものがあれば明確に規約で禁じている。間違いなく取り締まりの対象だろう」

「私は今回のこれは人為的なものだと感じています。これが終層に仕掛けられていたら。復路の魔物が倍加してしまえば。余りにも──危険過ぎます。調査を依頼することは可能でしょうか? 聴取のみでも構いません」

 察してくれただろうか。私はエイクイルを疑っています。

「現在のパイトの規約では、もし貴方の言う通りに人為的なものだったとしても、罪に問えるかは分からないが」

「知っていれば対策を練ることができます。心構え一つで命が繋がることだってあるのです。私が欲しいのは悪意と抗うための知識や力であって、誰かの首ではありません」

「請け負おう。何か判明すればお知らせする」

「ありがとうございます。私の方から特にお伝えしておかねばならない話はこれだけです。質問があれば──」


 しばらく質疑応答が続き、報酬を受け取って依頼を完了する。空気も弛緩して雑談タイムといった雰囲気になってきた。お茶がないのが寂しいが。

「調査の報告に関してはどうする」

「私の方から適宜こちらへ伺います。この後しばらくはガルデの王都を中心に活動すると思いますので、そちらから私は捕まらないかと思います。今回パイトへ寄ったのも、旅の途中に偶然……でしたので」

「旅の方だったか」

「はい。一度ルナへ戻って、そこからすぐ南へ。冬明けにでもルパから船に乗ろうと考えていましたが……色々と行きたい場所もあるので、もう一、二年延びるかもしれませんね」


 その後もしばらく雑談を続けて話を終える。迎えがくるとのことだったので、聖女ちゃんと彼女の荷物を所長に預けて私は管理所を出た。彼女は不満気にしていたが、私の役目はここまでだ。これ以上は彼女にとって、私は害にしかならないだろう。

 仮に一緒に連れて行くことを私が認める気になったところで、これから私が向かうのは国でも街でも、迷宮ですらない。ひたすら在野の瘴気持ちを狩るだけの生活だ。そんな生活に付いて行きたがるわけも……あれ、リューンはどうだろう?

(彼女なら南でもどこでも付いてきそうだけど、あのメンヘラ気質のままでいられても……正直私が楽しくない。ルナにいた頃、彼女は毎日が楽しそうだった。フロンがいてリリウムがいて。私と二人でも、あんな風になってくれるだろうか。延々と瘴気持ちを狩るだけの生活を続けて……ちょっと考えにくいな)

 私に刻まれている術式を詳らかにしなければ、私は彼女の前でも結界も浄化も使うことができる。迷宮産魔導具を与えることはできないし、身に着けることも認めるわけにはいかないが……元々彼女は何一つ身に着けていなかったし、ここは特に問題ないかな。『黒いの』もドワーフの身体強化術式もないから、剣士にはなるのは難しいかもしれないけど。


(会えるかも、分からないけれどね。バタフライ効果とか言ったっけ。蝶の羽ばたきは、どこかで嵐を巻き起こすのか──)

 秋の王都で出会えなければ、それはもう、仕方がない。



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