第百二十四話
フロンの転移を見てずっと思っていたが、あれはずるい。
禁術にされるというのも分かる話だ。あんなのが行き交っていたら流通が死ぬ。城門と門番も死ぬ。ついでに王も死ぬ。
今の私の《転移》は短距離しか移動できない。とはいえ。
(さようならマラソン。私はこれから横着して生きていきます)
認識阻害プラス転移は最強だった。短距離とはいえ視程の範囲程度の距離であれば移動ができる。それを連続使用できるのはやばい。人目をはばかる必要もない。無敵だ。
初めて使った私でさえ、アルシュからパイトまでものの数分とかからない。革命だねこれは。私が馬車に乗ることはきっともう、永遠にないだろう。
(瘴気持ちのことに気付いていれば、私はこれをもっと早く……いや、もう止めよう)
パイトの北から門を潜って第二迷宮を目指す。土迷宮は下層から魔物の数が多いので、真石以外で金策をするならあそこが一番手っ取り早い。
今の私の格好は乙女的に確実にアウトなので、第四迷宮には行きづらい。
(瘴気持ちがいないか、いるならどの程度の割合で出てくるかも知りたいしね。悪霊は霊鎧で調べればいい。流石に二十……どこだっけ、八層? まで出向く気にはなれない。靴が死にそうだ)
パイトで購入した初めての魔導具、あの白銀の魔導靴が迷宮産なのが本当に悔やまれる。今後は出処が明らかでない魔導具も一切使えないわけで……。とてもつらい。ルナで飛脚用の魔導靴を予備を含めて買い揃えておこう。
適当に五層まで出向き、寄ってくるカナブンやミミズを片っ端から浄化橙石にして布袋に放り込んでいく。やはりここでも魔石が一回り以上大きい。流石は《浄化》。
五層を殲滅して六層へ進み、そこでやっと瘴気持ちのミミズと出会えた。だが、六層には一匹しかいない……迷宮で神格を育てるのは難しそうだ。
「でもよかった、いる。はぁー……一安心だよ」
神に私のことがバレていない。今はまだその可能性の方が大きい。
布袋の限界まで魔石を集めて管理所へ向かい、初めて利用する受付にて買い取りを依頼した。
査定は予想以上で、全て特級とされていた。極上の更に上だ。単価一万六千の百三十個で二百飛んで八万とのこと。大猪四匹じゃ十六万だ。猪を街まで引っ張るのが馬鹿馬鹿しくなるね……。
迷宮に入ってからの時間は三十分も経っていない。一時間半もあれば想定している船代は工面できる。
(ダチョウの魔石は確か一万しなかったはずだから、かなり査定で盛られてるな……恐るべし特級)
査定後に個室に案内されそうになったが、興味がないので丁重に断って管理所を出た。とりあえずお風呂に入りたい。
(二、三個売って金額を抑えるっていうのも考えたけど……質が質だしねぇ。北大陸にはどうせ長居しない、浄化真石をまとめて卸さなければ大した騒ぎにもならないと思うし)
ボロボロになった服や靴の替えを用意し、石鹸とタオルを大量に買い集めてお風呂に向かう。
「あー疲れた。これで一息つける。しばらくゆっくりしよう……先に一応第四迷宮で実績作っておくべきかな」
おそらくまだ大丈夫だと思うのだが、以前と同じ流れになれば、近々エイクイルの騎士が迷宮の死の階層で一悶着起こす。
聖女ちゃんは第四迷宮の死層へ向かい、そこで私の知らないあれこれがあって結界に引きこもる。エイクイルの探索と救援が間に合うという可能性ももちろんあるけれど、間に合わなければ死ぬわけだ。十二人の騎士と一緒に霊鎧にズタズタにされて。
迷宮行きを妨害してもまた向かうかもしれないし、助ける気があるなら救援依頼が出るまで放置しなくてはならない。その上で──。
「私が救援依頼に志願するか、あちらから依頼されるかなんだけど……今の私に依頼がくるわけがないんだよね」
いきなり見ず知らずの女が、リビングメイルなら任せてください! なんて名乗りを上げても相手にされないだろう。
ある程度は霊鎧を相手取って立ち回れるというということを示しておく必要がある。
「見捨ててはいけないよね」
あの可愛いちっこいのが霊鎧に切り刻まれるのを知ってて放置しておくなんてこと、できるわけがない。
連れてはいけないが、見捨てられるほど思い入れがないわけでもない。
そのために死に物狂いで瘴気持ちを屠殺して回っていたということも、なくはないのだ。
宿で一休みし、疲れが癒えた頃に第四迷宮まで赴く。深夜でメガネもないが、この辺りは勝手知ったる何とやらだ。
六層までノンストップで駆け抜けるも階層は静かなもので、まだエイクイルの一団は来ていなさそう。手早く処理をして六十個余りの浄化真石を確保する。内二匹が悪霊化しており、こいつらからは更に一回り大きな魔石が手に入った。質に関しては不明なので、仕分けてそれぞれ査定を頼んでみようと思う。
悪霊だから普通に潰したかったのだが、組成をぶち撒けられると面倒なので泣く泣く浄化した。
ついでに九層まで出向いてカモネギからも浄化緑石を集めておく。空調用にあった方がいいだろう。そしてこれも緩く握った握りこぶし程のサイズになる。でかい。
「やっぱり……大きいね。触らないと存在しているのかどうかも分からないくらいだ。これは数万跳ね上がるどころじゃ済まないな……」
宿に戻って一息入れる。私の転移は、少なくとも現時点では迷宮の内外を移動はできないらしい。転移には違いないが、フロンのものとはまた理が違うのだろう。
この日から以前使っていた火気の使えない宿に拠点を移し、毎日寝る前に霊鎧を殲滅して、翌日の昼前に毎日五十個ずつを換金に回し続けた。
悪霊化した個体からの浄化真石はやはり価値が高くなったが、これは換金に回さず何となく手元に残してある。
その間に王都とパイトとを往復して身の回りの物を着実に増やし続け、朝市でエイクイルの一団の噂が聞けるようになったのは、それから五日ほど経った頃だった。
その日から私は浄化真石を集めるのみに留め、管理所へ顔を出すのを止めた。預けてある魔石の代金も引き取っていない。何が影響を与えるかも分からないので、極力他の迷宮にも、エイクイルの関係者とも接点を持たないように気をつけながら日々を過ごす。
日が落ちてからしばらくして、いつものように寝る前に第四迷宮へ足を向けると、迷宮入り口がやたら賑やかになっていることに気付いた。
管理所の職員も数人いるので、その中の一人に声をかけてみる。
「お疲れさまです。この集まりは何事ですか?」
「エイクイルの騎士団が戻っていないとかで、探索依頼が出まして……どうやら六層で何かあったようです。戻ってきた人員によれば、階層入り口が詰まっていて行き来できないのだとか」
「固まって……戦ってしまったのですね」
「そのようで。困ったものです」
「なるほど、お話ありがとうございました」
「いえ、お気になさらずに」
不自然にならない程度に急いでその場を離れ、宿に戻って一息つく。
「やっぱりこうなるわけね……まぁ、こうなるよね。この先どうなるかは……まだ分からないけれど」
記憶を頼りに次の日は王都に出向いて一切パイトに近寄らず、その翌日のお昼頃、ようやく管理所へと足を向けた。
閑散としたお昼の管理所でいつもの役人の列に並ぼうとすると、個室へ向かうようにと手振りで指示をされる。第一関門は突破したらしい。
案内されて着席を促され、役人が所長を呼びに出て行く。
「ご無沙汰してしまい申し訳ありません。遅くなってしまったのですが、預けてある魔石の代金を受け取りに参りました」
二人が着席するのを待ってから口を開く。確かこんな流れで始めたと思う。
「はい、用意してあります。その前に……こちらの話を聞いて頂けませんでしょうか」
「──聞くだけでしたら」
私の返事を皮切りにして所長が口を開く。
「第四迷宮が今抱えている問題をご存知か」
「噂程度ですが」
「説明をしよう。今この都市には──」
エイクイルがやらかして、六層が詰まった経緯を説明される。知っているが話の腰を折ることもできない。そして──。
「──だが、我々には一つ手があった。それが貴方だ」
第二関門も突破だ。あとは私がしくじらなければいい。
「条件次第では、請け負っても構いません」
「伺おう」
「五層から六層への入り口に固まっているリビングメイルがいると、私も侵入できません。パイトの権限で散るのを阻害している人員を抑えて下さい。これが最重要事項です」
「手配しよう」
「七層から五層、そして迷宮外への救援は請け負えません。七層側に溜まっているリビングメイルも排除しますので、そこから運び出したり治療するのは人を雇うなりして下さい」
「続けてくれ」
「六層において、リビングメイルとの戦闘で共闘や助力などを一切しないよう、救援メンバーに徹底させてください。近くに居られたり、奴らの気を引いて逃げ回られても邪魔です。意図的にやってると思われる方々への助力はしませんし、武器を抜いて近づいてくれば殺すかもしれません」
「そして──。救援対象の命の保証はできません。遺体や遺品も可能であれば取ってきますが、生存者を生かして帰るためなら、私は遺体を地割れに蹴り込むことを厭いません。よろしいでしょうか」
「──この依頼の後に再度探索を依頼した場合、引き受けて頂けるか」
「確約はしかねます。遺体はともかく、遺品を探して集めてこいと依頼を出されてもお断りするかもしれませんね」
「条件は全て呑もう。他に希望はあるか」
「救援作業が行える程度までリビングメイルを減らしたら合図を出します。何でもいいですが……笛のような、戦闘音とは違う、遠くまで響く音の鳴る道具を二つ用意して頂けませんか。安物で構いません」
「用意しよう。他は」
「一つは私に、もう片方は救援作業を行う者……最後まで残る者に渡してください。そして救援作業が終わったらその道具で合図を私に。それに私が応答することで、救援作業の終了として頂ければと」
「心得た。他にあるか」
「遺品を回収するための、木箱のような物を一つ用意してください。私の希望はこの程度です。作戦の詳細に関してはお任せします」
「分かった。いつから出れる」
「いつでも構いません。行動開始までに時間があるようであれば、個室のソファーでも貸して頂けませんか。仮眠を取ります」
「六層の殲滅にはどの程度の時間を要す」
「隅々まで漏れなくということでしたら、一刻程度を想定して頂ければ。八割潰すだけなら半刻でいけます」
殲滅に二時間もかからないが、あまり早く済ませても救援作業が終わらない。かなり余裕を持って答えておく。私は前回……どれくらいかかると言ったんだっけ。同じようなことを聞かれた記憶はある。
「二刻半もあれば散るはずだ。仮眠室を用意する」