第百二十話
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意味のあるとはとても思えない文字や意思のようなものの羅列。頭に直接叩きつけられた《女神様の意志》による頭痛と、水中に沈んでいるといった状況。──既視感がある。
私のよく知る女神様の身体だったものに包まれ、徐々に薄れる光を感じながら……とりあえず水面に浮かび上がってみると、そこは麗らかな陽気、泉の中心部。とても見覚えのある景色だ。
「えぇ……嘘でしょ。なんだこりゃ……あの木の枝もあるし、一番最初? 二度目? いや、四度目かな。まぁ……とりあえず潜るか」
さっさとここの主に会いに行こう。話はそれから。当然枝にはノータッチだ。そういえば水中が見えない……というか、どうして私は裸なんだ?
泉を底まで潜り、ほどなくして縦穴を見つけると、そこを更に潜水して横穴を探す。ほどなく見つけた横穴を通り、浮上すると──。
「──まぁ、あるわけだ。女神様ーいますかー?」
髪を後ろに流しながら懐かしの祠へ向けて声をかけるとすぐに、これまた懐かしの女神様が現界した。
《あまり時間もありません。そしてこれが本当に最後の機会です。心して聞いて下さい》
《説明不足であったのは詫びますが、神力をばら撒くのはお止めなさい。貴方のあれは浄化でも索敵でも身体強化でもありません。まずは神格を育てなさい。そして真の技法に至りなさい》
《迷宮に入るのは構いませんが、他の神が創りたもうた道具を用いるのはお止しなさい。集めすぎると今回のように、貴方は死にます。可能であれば一切触れないよう努めなさい。──いつかやらかすと思っていましたが、保険をかけておいて本当によかった。これが本当に最後の機会です、次はありません》
やらかすって……酷い言われようだが、最初から結構やらかしてたのは確かなのか。神域から逃げてたわけだし。
「迷宮入ってもいいんだ。神力を使ってもいいの? 浄化とか結界とか」
女神様はおぼろげな姿ではあるが、確かに頷いて見せた。
《貴方を滅茶苦茶にしていた次元箱と呼ばれる神器ですが、破棄して似たようなものを神格に刻みこんでおきました。いずれ使えるようになるでしょう。重ねて伝えます。神格を育てなさい。いいですね?》
滅茶苦茶にって……どういうことだ。というか、何でいるんだこの人。
「王都で小手が壊れたのは、女神様のせいだったんだね?」
《……私をあんなもので握らないで下さい。失礼ですよ?》
「ごめんなさい、もうしないよ。それで、私の名前と十手は返してくれるの? あと私、全裸なんだけど」
《神器は残します。──私の愛しい後継者、これが本当に最後です。神格を育てなさい。そして、永劫を強く生き抜いてください》
「やっぱり永劫なんだ、頑張りますよ。……そうだ、女神様の神器って他に残されてないの?」
《──見つけて御覧なさい》
もう限界かな、かなり薄くなってしまっている。まだ色々と聞きたいことがあるんだけど……。
「そっか……ありがとね、私の愛しい女神様。さようなら」
神格を育てろと何度も念を押して、女神様は消えてしまった。あの十手の温もりはもう、二度と感じられないのだろう。
「っていうか、もっと早めに教えてくれてもよかったんじゃ……私の死亡が鍵だったのかな?」
簡単に言っているが、私は一度死んだらしい。そういえばリリウムは無事……ん? 今はいつだ?
泉に水があったし過去に戻されたのかもしれないが、それにしては、魔力も気力も使えるんだよね……。二種の身体強化も足場魔法の術式も残ってる。
魔道靴も魔力回復を促進するネックレスもメガネもないが、これは次元箱と一緒に没収されたのかな。
色々と考えねばならないことがあるが、まずはこの後に襲いくるであろう洗濯機を耐えなければならない。
「……よもや、下着の一枚すら残してくれないとは」
前回と同じように泉中の水が集まって祠に吸い込まれ、そこに十手が一本残される。気力は通る。おそらく神力も同じだろうが、今はまだ使ったらダメだ。そして、十手はひんやりとしている。
「今度こそ本当に消えちゃったのか……さようなら、私の名もなき女神様」
保険を残さずに初めにきちんと説明するのと、どちらがよかったのかなんてことは……もう考えても詮無きことだ。
(とりあえず敵対神の呪いはかかってなさそうだけど……神力を育てろって言われてもなぁ。ふわふわを飛ばしたり身体強化を四種掛けしたり、浄化もまだダメなんでしょ? どうしろっていうんだ)
ここから近いのはパイト、後は行ったことがないけど北にナハニアがある。とりあえずどっちかに──どっちかに?
「もしかしてあれか、迷宮に入ったのがあかんかったのかな」
神格を育てろと言われた。なら、何をすれば神格が育つのか。私は今まで行動してきて……一つ疑問に感じていたことがある。
ギースは言っていた。霊鎧には悪霊化しているものがいると。これは管理所の役人からも話の流れで聞いている。
そして私は今まで……あれだけパイトで霊鎧を狩っておいて、あれだけルナで……三万匹以上の幽霊大鬼を倒しておいて、一度も悪霊化した個体というものを見たことがない。
そして迷宮内で瘴気持ちに出遭ったことすらない。狼は神域の周辺で四匹と遭遇して二匹殺した。その際、確かに私に光が吸い込まれた。
あの光は、あれ以来一度も見ていない。そういえば王都近隣でも瘴気持ちは見てないな。
(ってことはあれか。私が浄化と称して神力をばら撒いていたのが敵対神……かは分からないけれど神にバレていて、瘴気持ちを遠ざけられていたのが原因? ならどうして瘴気持ちを遠ざけられていたのかって話になって──試してみるか)
盲点ここに極まれりだ。最初の一歩……いや、二歩目かな。とにかく踏み外していたわけだ。
下手したらあの死神は他の神の刺客だった可能性もある。あそこを作ったのが天使だろうが神だろうがどちらでもいいが、死層プラス終層の第三迷宮はともかく、第二迷宮に死神が出てくるのはおかしい。あいつは確かに最後に浄化真石を残した。確実に霊体だ。
おそらく第二迷宮の死神は無理やり送り込まされて、何らかの要因──おそらくばらまいた神力や吸われた魔石で宝箱が増えて、私に悪意を持つ神の道具を持ちすぎたことで私は死んだと。
(私が死に至った理由が分からないけど……実証した際には私は死んでいる。とにかく迷宮産魔導具はもうダメだ。一つ二つでただちに死ぬということはないだろうけど、神にバレたら同じことだ。一切封印しよう。換金できなければ捨てた方がマシだ。いや、所有権があるとまずいのか? 捨てたら所有権放棄できるのかな……高そうなものは諦めて、換金できそうなものだけ即換金か、あるいは……万全を期すなら一切手にしないようにしよう)
さっさと行動を起こすべきかもしれないが、中々踏ん切りがつかない。私は今、全裸だ。
それからだいぶ長いこと悩んで、ようやく行動を開始した。今の私には水も食料もない。幸いなことに水場の位置は知っているけれど。
一縷の希望は女神様が遺してくれた次元箱の術式、あれの中に私の……私服が……残ってないよなぁ、きっと。
「頭では分かっているんだけどね……」
過去、葛藤の末身投げした神域の崖に足場を作って下り、横穴をなんとか抜け、縦穴に──。
「あれ、踏み板がない? やっぱりあれは……なら最初の崖にもですね……」
フロンとリューンには感謝だ。女神様の踏み板、再現してくれてありがとう。
(リリウムとはもうきっと会えないな、リューンは分からないけど。──そういえば会ったのいつだったっけ? ずっと王都で張り込めば出会えるかもしれないけど……)
縦穴をあの日のようにぐるぐると回りながら神域を脱出する。日は天頂に近い。
「確か……アルシュから森を出て、北に走って東……場所うろ覚えだな、適当に探すか。──ギースがこの辺に瘴気の濃い地域があるとかなんとか言ってたんだけど、聞き流してた。どこだったかなぁ」
身体強化を三種掛けして東へ向かって走る。私今絶対変な子だよ……通報されても言い逃れができない。
しかも走っているのは地面ではなく、木々の上だ。この辺に町はアルシュしかないし誰も見てないと思うが、見ていたとしても、全裸の女が空を走っていたなんて言われても誰も信じないと思う。
しばらく適当に駆け回り、うっすらと瘴気を感じるポイントを発見するが、高度を下げてみるも狼はいない。無意識でふわふわを飛ばしそうになって慌てて自制する。
「困ったな、身体に染み付いちゃってる……。うっかり浄化してもアウトなんでしょ? 勘弁してよ……」
相変わらずふわふわは身体の周囲を覆っているのだが、これは量は増やせてもこれ以上減らせない。引っ込ませられない以上……仕方ないよね、女神様何も言わなかったし。
(とりあえず過去に二匹倒しても、浄化も結界も生えてこなかった。目標は三匹だ、後は見つけ次第殲滅していく。瘴気持ち以外は無視)
とは言っても、どうやって狼を見つけたものか。血でも流せば寄ってくるかな?