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第十二話

 

 世話焼きな老年ドワーフ、ギースによる助力を得ることができた。

 森の終わりは近づいているようだが、母娘の護衛を他の二人に任せたまま、彼はまだ私の話に付き合ってくれている。


「気力の身体強化は体内の更に内側から引き出す、魔力での強化は気力の外側を包む、といった感じかの。出処が分散されるというのはこういうことじゃな。お前さんにはまず二種の強化を扱えるようになってもらう。その後、力の習熟を兼ねてワシの仕事を手伝ってもらう。金は要るからな。いつまでも下着に裸足というわけにもいかんじゃろ」

「下着ではないのですが……。そうですね、確かにこの格好のままでは問題も出てきそうです。仕事と言うのは具体的にどのような?」

 肌を見せすぎているし所々穴も開いている。いい加減クタクタだ。なるべく早く着替えてしまいたいが、それには先立つ物が必要だ。

 ギースは何を生業にしているのだろうか、山の道案内という感じではなさそうだが。

「ワシは長いことお嬢んとこで護衛をやってるが、必要のない時は狩りに出ていることが多いな。街道にも魔獣の類はそれなりに出没するし、それの駆除を街から請け負っておる。これを手伝ってもらう。お前さんにもちょうどいいじゃろ、技術だけあっても経験がないと死ぬしの」

 零を一にしたら後は実地でOJTというわけだ。とても分かりやすい。リアルに命がかかっているが仕方がない。あるいは、願ってもないことだろう。

「護衛の仕事はいいのですか? 自分で頼み込んでおいてこのようなことを言うのも気恥ずかしいのですが、ギースさんの生活に支障は」

 あまり私にべったりというわけにもいかないだろう、自分でできることも考えないといけない。そう思っていたのだが──。

「ワシはもう半分以上隠居しとるようなもんだからの。今日もお嬢達の遊びと若いのの目付けにきただけだし、サクラが気にすることはない。それなりに蓄えもあるしの」


 名前を呼ばれることに未だに慣れない。だが、私のことだと分かる。忘れたくない。きっと女神様が遺してくれた私の名前。大切にしよう。

 それと、彼はご隠居のようだった。ある程度歳を重ねているというのは分かるが、この人は一体……。

「あの、お尋ねするのは失礼なことかもしれませんが、ギースさんは今おいくつなのですか?」

「二百と……三十くらいだったかの。お嬢んとこで護衛をやるようになって五十年かそこらだったはずじゃ」

 想像を遥かに超えていた。長生きした人間の老人、それの倍を生きてこれとは……。

 知識も余裕もあるのも頷ける。彼にとっては私など赤子とそう変わらないのだろう。

 驚きが顔に出ていたのか、彼は話を続ける。

「ワシの若い頃、老人達に五百年以上生きたという祖先の話を聞いたことがある。実際に会ったことがあるという話もな。ドワーフはそのほとんどを鍛冶場か戦場で終えるからワシはどちらかといえば長生きしてる方じゃと思うが、生活に気を配ればそれくらい生きられるものなのかもしれんの」

 ワシは旨い酒を飲めればそれで満足じゃがな、などと笑う。闊達としている。長生きしたいという強い欲望は、短命種特有のものなのかもしれない。

 私の寿命はどうなっているのだろう。考えても詮無きことではあるが、それが明日や明後日であっては困る。最期は魔物の腹の中ではなく、ベッドで穏やかにいきたいところだ。


 そうこうしていると、森の出口を確認できるところまできていた。ギースが護衛の一人──影の薄い男の方だ──と言葉少なに打ち合わせをし、また先頭へ戻って先導を始める。

「この辺りからは魔獣の類も出る。視界が遮られるような場所はないからそう気張る必要もないが、一応注意だけはしといてくれ」

 前を行く母娘との距離を詰めると、私達は町へ向かって歩を進めた。

 背の低い草がそれなりに茂っていた、森の出口の草原からいくらか歩いた頃、しっかりとした街道へと合流する。このまま半刻(一時間)も歩けば町に辿り着くそうだ。

 代わり映えのしない風景が続くが私には新鮮で、ただ歩いているだけでもそれなりに楽しかった。そういえば、田も畑も見えないし家畜を放牧していたりもしない。見えない場所にあるのかもしれないが──。

「この辺りは水こそそれなりに豊富なのですが、植物の生育には向かないらしく……今では全く農耕は行っていないのです。そういうのはもっと西か、ずっと東の方が盛んですね」

 そんな疑問に女性、母親が答えてくれる。ミアと言うらしい。娘さんはサンドラ。

 ワシが来た頃には既に畑はなかったの。とギースが補足する。

「定期的に間引いていますし、この辺りはそれなりに安全ではあるのですが、やはり魔物はいます。人も動物も襲いますし、放牧は難しいですね」

 水と土地があるだけじゃ駄目らしい。農業は専門外だし日本とは違う。そういうものなのだろう。

 そんな事を話しながら歩いていると、すぐに町へ辿り着く。それは高さ三メートルほどの灰色の石壁に囲まれていた。

 遠くからも見えていたが、近づくとその大きさに驚きを隠せない。これ人力で積んでるんだよね、凄いな人間。

 大きな門には門番が二人いたが、ミアとギースとの間で一言二言言葉を交わすと、特に何事もなく通してくれた。

 何の確認もされずに私が町に入れたが、大丈夫なんだろうか。

「ミア様とギースさんの客人だから大丈夫よ。問題を起こさなければね」

 女護衛が教えてくれる。この世界は皆こんなに緩いのかと不安になったが、お客様だかららしい。沢で二人と別れていたらここに入るのも一苦労だっただろう。

 町中は広く人もそれなりに出歩いているが、屋台のようなものが片付けをしているのがやたら目につく。昼で終わりなのだろうか。

 街灯のようなものは見当たらないし、朝から昼までやっておしまい、みたいな感じなのだろうと当たりをつける。

 また、裸足で歩いているのは私だけだった。少し恥ずかしい。

 物珍しさにキョロキョロしていると、ギースからあの魔石を処分してもいいかと問いかけられる。

 現在私が持っている唯一の資産だが、抱えていても仕方がない。頷きギースに手渡すと、彼はそれを女護衛に渡してお使いを命じた。


「おう小娘、嬢ちゃん連れてこれ換金してこい。やり方も教えてやれ。その後服と靴と下着と……その辺りだな、適当に仕入れてこい。靴は山歩きに不足のないものを、お前の基準で選んでこい。武器や防具はいらん、食べ物もな。服と下着は二枚ずつあればいいじゃろ、買い食いすんなよ」

 終わったら荷物持ってワシの家まで連れてこいと続け、言うなり彼らはどこかへ行ってしまった。女護衛と私だけが残される。

「靴はしっかりしたものを一足に、服と下着を二着ずつ。この大きさの浄化黒石だから……うん、大体決まりました。行きましょう、ご案内します」

「ありがとうございます、よろしくお願いします」

 女護衛──まだ名乗り合っていない──はそう言うと、私を連れて歩き始めた。


「魔石の換金は店によって対応していたりいなかったりします。都会ではおおよそどこでも買い取ってくれますが、町や村では規模にもよりますが大きなお店以外では買い取ってくれない、と覚えておけば良いと思います。特に小さな村では全く買い取りをやっていないようなところもあるので、お金を全く持たないというのは止めた方がいいですね。買取価格も色によって違ったりするので、換金の際には注意が必要です」

 私が無知だということは察して頂けているようで、歩きながら色々と説明してくれる。ありがたい。

「今からこの黒魔石を換金しに武具店へ向かいます。この町で浄化黒石を売るならあそこが一番高く買い取ってくれるはずです。その後靴を見て、残ったお金で服を買うこととしましょう。古着に抵抗はありませんか?」

 古着、それ自体は特に問題はない。新品であるにこしたことはないが、今着飾っても仕方がない。ただ──。

「下着だけは新品がいいなと思うのですが、贅沢でしょうか……」

 弱々しく進言するが、それはそもそも古着を扱っていないらしい。よかった。


 石造りの建物が並ぶ通りを歩き、町外れに近い場所に建っていた店の前で足を止め、中に入る。

「おばさーん! こんにちはー! 急ぎで悪いんだけど、魔石を一点換金お願いしまーす! ギースさんのお使いできてるのー!」

 入るなり大声で呼びかける。少し薄暗い店内のカウンターには誰も居ない。防犯とか大丈夫なのかな。しっかりした印象を受けていた女護衛は、大声を上げると少し声が幼く聞こえて可愛かった。少し年下に見えるけど、何歳くらいなんだろう。

 そう時間を置かず、カウンターの裏の扉から樽のような女性がやってきた。背も低めだしドワーフかな、ギースさんの知り合いかもしれない。

「あいよ、買い取りのお使いとは珍しいね。そちらの姉さん絡みかい? 見せてごらん」

 カウンターの下に台でもあるのだろう、目線が上がった女性がそう切り出す。女護衛が魔石を台に置き、説明をしてくれる。

「魔石の買い取り価格には特に決まりがあるわけではありません。小さな店では我々のような売りに出す側の人間が価値を把握しておかないと、足元を見られて買い叩かれることがあります。駆け出しがよく餌食になりますね。大店などでは買取価格を明確に設定して提示しているところもあるので、不安ならばそういうところを使うようにすれば間違いないです」

 金銭トラブルも御免被りたいな。参考になる話に頷きを返す。


「うちだとこの大きさの普通の黒魔石で二千、浄化黒石で三千って所だね。安いところだと黒魔石で千五百以下になることもあるかね。薬屋はともかく、この町の魔導具屋ならその位を提示してくるはずさ」

 どうだね? とこちらに問うてくる。私には異論はない、女護衛も問題ないと思いますと頷いてくれる。

「その額で問題ありません、買い取りよろしくお願いします」

 あいよ、と引き出しから代金を出してくれる。金貨と銀貨かな。金貨が三枚に銀貨を二枚をカウンターに置かれる。

「ギースの関係者のようだし少しおまけしとくよ。困ったことがあったらまた来な」

 そう笑ってこちらに貨幣を押しやってきた。惚れそう、ありがとうおばちゃん。

「ありがとうございます。とても助かります」

 他に用はないのかい、と尋ねるおばちゃんに、武具は今度でまず靴と服を買いに行くと伝える女護衛。

 私が裸足でいることに気付かなかったのだろう。少し目をむいたおばちゃんは、そうかい、と言って奥に引っ込んでいく。人のいい笑みを残して。おばちゃんいいよ、凄くいい。

「では、次は靴を買いに行きましょう。少し歩きますよ」

 そう言うと、女護衛は私を先導してまた歩き出した。



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