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第百十六話

 

 夏も終わり、私の感覚では秋が訪れている。次の次の冬にしてもいいのだが、リリウムも楽しみにしているし遅らせる意味もない。この冬が過ぎたらパイトへ向かう前提で準備を進めている。

 とはいっても特に急ぎで買い足す物もない。結界石は大量に在庫があるし、エルフ工房に取られた空調系の魔導具を買い直したくらいだ。私は……だが。

 問題はリリウムで、彼女はリューンとフロンに連れられて連日買い出しに大忙しだ。私服に下着といった日用品から保存食やら装備やら何やら、かなり投資を受けている。そもそも往復の船代とて彼女にはそう安いものでもない。私物は経費として私が出してもいいのだが、保護者なりに思うことがあるのか、フロンが全て出したとリューンから聞いた。

「大部屋? 使わないよ。私が出すから個室取ろうよ。リリウムが一人で大部屋泊まったら護衛にならないでしょ?」

 そしてこのお嬢はどこから来たかは知らないが……ルナまでは大部屋に雑魚寝して来たらしい。普通の冒険者はこうだとリューンが言ってたが、まさか身近にその例がいたとはね。色々話を聞きたかったが、リリウムの目が死んでいたので流石の私でも口を噤むことになる。

 さておき、彼女の気力はいい感じに育ってきている。最近はリューンと延々と打ち合いができているし、長時間続ければ先に息が上がるのはリューンだ。本気で殺し合ったらどうなるかは分からないが、傍目に見ていてもかなり成長したと思う。元々剣術の腕は良かったのだし、足りていないのは地力だけだったのだ。

(生力は……スタミナにも関わってくるのかな? 出会った頃と比べればかなりその辺が成長している気がする)

 やたら持久力が付いたような感覚は、この世界に来た当初真っ先に私自身が感じたことだった。こうなると、精力の謎も解き明かしたいが……。

 ちなみに魔物との戦いならリューンの方が圧倒的に強い。魔力が吸えるからだ。黒いのなしの訓練だと、どうしても強めの身体強化を維持できない。


 そんなある日、リューンとの戦闘訓練の最中にリリウムの槍が折れた。素早く剣に持ち替えようとしたが、その隙を見逃すリューンでもない。一本あり。

「ああんもうっ! くやしいですわーっ!」

 地団駄を踏んで本気で悔しがっているのがキュートだが、最近武器の破損ペースが早い気がする。もう普通の武器じゃダメだな……どうしたものか。護衛の最中に武器が壊れてもらっても困る。予備を大量に仕込んでいってもいいが……。単純な気力だけなら近い内に、彼女は間違いなく私の上を行くだろう。今ですら完全に得物の方が負けているのだ、店売りの数打ちではまた近い内にこのような結果が訪れる気がしてならない。

「ねぇリューン、鑑定ってやり直したら分かることが増えたりしない?」

 修練はこれで終了と見て、ハイエルフにタオルを放って話し掛ける。あの四本目の剣……リリウムに預けるのに抵抗があるのにも理由がある。

「どうかな。術式はかなり強くなっているし多少増えるようなこともあるかもしれないけれど……専門職でもないし、あまり期待はできないと思うよ」

 あの剣はリューンの物と違い詳細不明の効果が二つほど付いている。それが優位に働くようなものならいいが、なにか悪影響を及ぼすようなものであったら……今の私には彼女を実験台とするには少々抵抗がある。

 二本目か三本目の剣を渡すという手もあるが、彼女はもう剣士ではなく槍使いと化している。日々どちらの修行も続けてはいるが、本人も槍の方が向いている自覚があるのか、熱の入り方が明らかに違う。それにあの二振りは、言っては何だが大した業物でもない。そんなものを渡していざという時に壊れでもしたらと思うと……。

(そういえばもう死神も生き返ってるな。またしばいて……今度は槍でも入れておいてくれないかな。不壊さえ付いていれば後はまぁ、適当でいいからよろしく頼むよ)


「それで、結局鑑定はどうするの?」

「やめとく。あれはもう塩漬けでいいや。人に使わせるには不安がありすぎるし、槍になるとも限らないからね」

 寒くなってくるとこの喋る湯たんぽが大活躍する。最近寝室は寝るときくらいしか使わないとあって、暖房を使っても部屋はかなりの時間冷え込んでいる。とはいえ、燃料代がかからない上に一酸化炭素中毒の心配もない。タダに近い光熱費で冷暖房使い放題とあって、この点だけは他所様と比べてもかなり恵まれていると思う。

「上手く使えれば強そうだけど、そうだね……リリウムに変な武器使わせて何かあったら困るもんね」

「そういうこと、いざとなったら二本目か三本目でも適当に渡すよ。今使ってる剣よりはだいぶ良いでしょ」

「比較にならないよ……あれでも十分お宝なんだから。いい加減その壊れた金銭感覚どうにかしなよ」

 呆れたような口ぶりだが、その声音は優しい。リューンはリリウムに甘く、出会った当初から私とリリウムの仲が険悪にならないよう色々と気を揉んでいた。私が彼女のことをそれなりに考えているのが嬉しいのだと思う。

 私も行く! などと言い出さずに二人で出かけるのを認めたのも、その辺りが関係しているのではないかと踏んでいる。気を回しすぎだと思うけど、悪い気はしない。単に魔導具制作が楽しいだけかもしれないが。

「まぁ仲良くやるよ。ほとんど船に乗ってるだけだし、護衛なんて言っても滅多なことにはならないよ」

「今のサクラなら船が沈没してもなんとかなりそうだもんね。海の上も走れるでしょ?」

 ──考えたくないな。可能か不可能で言えば可能だが、それで陸地へ辿り着けるかなんてのはまた別の話だ。コンパスとか売ってるのかな?


 冷暖房用の浄化赤石と浄化蒼石を多めに集めたり、幽霊大鬼を狩りながら足場魔法の習熟に努めたり、リューンやリリウムと打ち合いの訓練をしたり、細々とした買い物をしたり。こんなことを繰り返しながら日々を過ごしていると、寒さが過去のものになるのはすぐだった。

(エルフに囲まれていると本当に時間が経つのが早いね。時間の流れは穏やかに感じるのに……。ただの人種にはお勧めできないな、これは)

 そしてエルフ二人と別れて、ハーフエルフと二人で船に乗る。旅立ちの日がやってきた。

 別れは自宅で済ませている。ルナからルパへの船はかなり早朝から出発するとのことで、暗い中港でお別れ……というのもどうかと思った次第。

 とは言っても往復一年と滞在期間が少し、リリウムにとっても私にとっても、そしてハイエルフ二人にとっては特に……一、二年なんてほんの一瞬のことだろう。

 私がこの面子と一緒に過ごせるのは後何年だろうか。見た目が変化しないことに違和感を覚えられたら終わりかな。十年はきっと無理。なら五年かそこら……そう考えると、この二年というのは結構長いな。

(そもそもリューンは私の年齢をどの程度だと考えているのだろう? 日本人は若く見られやすいと聞いたことがあるが、私はそこまで童顔というわけでもないし……十七程度に思っていてくれれば二十五才くらいまでは一緒に居られる? 肉体年齢を止める術とかないかな……そうなると話が早いんだけど)

「個室っ、個室っ、素晴らしいですわっ! あの臭くてうるさい地獄のような環境の上に、よもやこのような天国があろうとは……!」

 リリウムは乗船前から……いや、ここ数日ずっとウキウキしていたが、タラップを上がって階段を上り始めた辺りでそれが頂点に達したようだ。安上がりなお嬢だこと。可愛くて大変結構だ。

「そんなに酷いんだ……今後絶対使わないように、貯蓄に努めておかないとね」

「ええ、わたくしも頑張って稼げるようになりますわっ! 今まではフロンにおんぶにだっこでしたけれど、今ならパイトの迷宮を攻略するくらいやってのけますわ!」

「ははは……頑張れ」

 やがて春がやってくる。暗くなるような考えは置いておこう。今は今を楽しもう。目一杯、今を生きよう。



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