第百十話
冬までの期間に大きく変化した点として、リリウムに懐かれたことが挙げられる。
なんやかんや修行を付けたり私の修練に同行したり、一緒に行動する機会が増えたのもあるが、彼女は私の浄化品を見てから私に対する態度が一変した。
「剣士か狂戦士だと思っていましたもの……。法術師だっただなんて思いもしませんでしたわ」
この世界における一般的な法術使いの像とは、白いローブを着て杖を持って、祈りの力によって邪なるものを浄化する、いわば聖職者だ。
私は十手で魔物をぶん殴って強引に収縮させ魔石にする。杖も祈りも持たないしローブも着ない。もちろん聖職者などではない。だが過程などはどうでもいい、重要なのは結果だ。私が戦った後に残るのは、綺麗な綺麗な魔石の数々。
そして魔石がこれだけ生活に根ざしている世界だ、法術使いというものはそれなりに一目置かれるようで、私を見る目も……というわけ。
今日も今日とて、来たるべき寒波に備えて二人して迷宮に赴いていた。フロンは私達を迷宮に送り届けるなりさっさと帰り、リューンは大型の暖房魔導具を作るべくフロンと何やら作業をしている。私の仕事は当然浄化赤石の収集だ。
自宅は部屋数こそ少ないものの、どの部屋もそれなりに広い上に天井が高い。壁はレンガ製とあってそれなりに保温効果もあるのだろうが、小型の暖房魔導具の一つ二つで暖を取れるかと言われれば答えは否だ。
セント・ルナはガルデから南にある島国の癖に、いっちょ前に冬は冬らしく冷え込むらしい。ハイエルフ組が根城にしている居間も厳しい寒さが予想される。私も寒いのは嫌だ。となれば、対策せねばならない。
「リリウムには今日も私が生成した魔石の収集をお願いするよ。あまり神経質にならなくてもいいけど、極力魔物は傷つけないでね。魔石の質が落ちるから」
「心得ておりますわ。これも修行のうちですもの」
今日は迷宮内の六十層付近にある溶岩区画を隈無く殲滅して回り、可能な限り狭い範囲で集中的に火石を集めることにしている。
当然の話ではあるのだが、冬を目前として火石や浄化赤石の需要が増え、低階層などの狩場はかなりの人で埋め尽くされてしまっている。私達が気付いたのも最近とあって……よくよく学ばないものだ、事前に準備をしておけと思う。
リリウムは耐火性の袋を持っている以外無手だ。私服で鎧も着込んでいない。迷宮にこんな格好で、しかも六十層というそれなりに深部に赴いているのには理由がある。
先日、生力というのは、肉体の耐久力や傷の癒える早さなどに影響する力、という点で私とフロンの意見が一致した。
修行を始めた頃は筋肉痛でぴーぴー泣いていたリリウムが次の日ケロッとしていたり、リューンと剣を合わせている際にできた刃傷が痕も残らず癒えてしまったり、幼い頃は暑さも寒さも苦手だったが今は大したことないと、秋口でも薄着で風呂あがりにうろついていたり、エトセトラエトセトラ。
とにかくリリウムを見ていると、肉体は生力によって飛躍的に強くなるのではないか? といった疑念が頭を離れなくなった。決定的だったのは、私の近当てを食らったかつての変態ストーカーだった彼女は、骨折を治療するための、軽い治癒しか受けていないと知らされたときだ。
内部にダメージがあるだなんて誰も思っておらず、彼女は目が覚めるまで本当に死に体で牢に放置されていた。つまりあの、鎧がグシャグシャになるような衝撃波によるダメージを、自力で癒やした……ということになる。こいつは本当に同じ生物なのかな?
とはいえ、死なない程度に滅多打ちにしたり崖から転がしたり、火炙りや氷漬けにするわけにもいかない。匙加減を間違えれば死ぬ。色々フロンと相談した結果、軽装で過酷な環境に放り込んでみようということになった。鬼だな。
北東六十一層から六十三層までは溶岩区画が続いている。出現する魔物はそれぞれ、ハイ・リザードと呼ばれる中型の火吹きトカゲとフレイムゴーレムと呼ばれる身長三メートルほどの硬いゴーレム、そして真っ赤なドラゴンの三種だ。
このドラゴンは……言うなれば中ボスだろう。北東の六十三層は行き止まりになっており、このドラゴンを倒さねば六十二層へ戻れない。死神のいたパイト第三迷宮の二十層と同じ仕組みをしている。
それだけなら無視してもいいのだが、こいつは討伐すると確定で宝箱を残す。そして死神や死竜と違って魔石も、かなりの大きさの火石を残したり残さなかったりする。残さなければ宝箱が増えるので……全員で相談した結果、これも倒すことにした。
最初は四人がかりで挑んでいたのだが、戯れにリューン一人でやらせたところ簡単に討伐してみせた。こいつは飛ばなかったので私でも同じ結果になる。それならもう、ついでに倒してしまえとなる。
迷宮の魔物は大体八時間周期で生まれるみたいだが、死竜や真っ赤なドラゴンのような強い個体はそれに当て嵌まらないようで、ドラゴンは二日程度の時間を要す。死竜はまだ討伐後姿を見ていない。
こんな環境でリリウムが何をやっているかと言えば……囮だ。トカゲに火を吹かれ、それを慌てて遠当てで打ち消し、ゴーレムに襲われ、それを素手でぶん殴って慌てて衣服の煙を払い、ドラゴンの打撃やブレスを死なない程度に受けながら悠然と私の前に立ちはだかる。本当に同じ生物なのか、私はもう自信がない。
私が処理した後に残る魔石を拾うときだけは嬉しそうにしているが、それ以外は冷や汗も泣きべそも乾くような猛暑の中で命がけの修練を続けている。ちなみにこれを提案したのはフロンだ。
「今日も大漁でしたわ! なんて綺麗なのでしょう……浄化赤石があんなに……」
狩りを終え、六十一層で待っていたフロンと合流して自宅へ戻る。リリウムは焦げ臭いので即風呂に放り込む。頭には耐火性のターバンのようなものを巻いているので髪は無事だが、服も靴も最早ゴミだ。別に全裸で連れ出しても構わない気すらしてくるが……。
肌もところどころ焼け焦げているし。魔石があるとはいえこんな目に遭えば反抗の一つもしたくもなろうものだが、それでも彼女が上機嫌な理由は風呂にある。
「ほら、先に綺麗にするからそこ座って。湯気でも染みるでしょ」
「分かっていますわ! ああ、素敵……わたくしは今日この時のために生を受けたに違いありませんわ!」
「それ毎回言ってるよね……」
うっとりとしたリリウムを座らせてその肌に手を這わせていく。すべすべだ、胸もでかいし正直いつまでも揉んでいたいが、浴室の外にリューンが待機しているのであまり不埒なこともできない。小柄だが肉付きがよく、顔も可愛いので抱きしめて眠ったらさぞ気持ちよさそうだが……もったいない。ああもったいない……手早く全身に浄化をかけて処置を終えた。
彼女は修行を耐えぬくと、私の女神式奉仕を受けられるのだ。溶岩地帯に初めて赴いた際に……まぁ、焦げること焦げること。耐熱と修復付きの魔導服を着ている私とリューン、対策品を持っているフロンと違い……リリウムの装備は普通のもので、彼女はゴーレムの処理をしくじってそれが全滅した。ギャグ漫画のように煤塗れになっている程度ならいいもので、肌は一部がただれて酷い有様だった。流石に同情して帰宅後に一緒に風呂に入って試してみたのだ、浄化を。
するとまぁ、私の浄化だ、綺麗になる。焦げ落ちた髪までは戻らないが、焼けただれた肌も綺麗になり、髪もこれまでの女の努力を全否定するレベルで艶を取り戻す。するとまぁ、それまで以上に懐かれる。風呂あがりに見違えた上機嫌のリリウムを見て、フロンは頭を下げた。今後も頼むと。
日を増すごとに着実に火や熱に対して耐性ができているような、生物としてどうなの? という変貌を遂げているリリウムは、研究対象としても貴重だ。フロンの気持ちも分からないではない。
彼女の自己申告になるが、骨や肉も強くなっている感じがするとのこと。生力の可能性、未だ果てが見えない。
そのうち崖から転がしてみようかと、フロンは本気で画策しているらしいが……流石にそれは止めてやれと思う程度には私の良心は残っている。
そんなこんなで、私とリリウムの仲は着実に進展していっている。