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第十一話

 

 微かな日の光を感じて飛び起きる。文字通り毛布にくるまっていた為、身動きが取れずに上半身だけが横に倒れた。

 簀巻きにされてはいない、安心した。思いっきり熟睡してしまった……よくないな。

 まだ薄暗かったが、もう間もなく日が昇るであろう。毛布を剥ぎ取ると少し肌寒いくらいだったが、とても心地よかった。

 辺りを見ると、母娘はまだ眠っており。護衛もドワーフが一人残っているだけだった。若い男女は水汲みにでも行っているのだろうか。

 こちらに目を向けたドワーフに会釈をし、毛布を畳み敷き布の上に置く。身体を動かしたい、素振りだけならいいかな。

 素振りだけでも筋力は成長するかもしれない、なるべく継続したいと思っている。敷き布から十手を拾い上げ、数回の深呼吸の後に、日課を開始することにした。

(横着して『引き寄せ』使わないように気をつけないとね。その内やらかしそうだ)

 筋肉ダルマのドワーフを打ち据えるイメージで身体を動かす。首……は駄目だ、弾かれそう。胸も駄目だ、腹も脚もなんだあの太さは! 生半可な打撃では痛痒になりそうにない。頭か、頭しかない。頭を砕けば大抵の生き物は死ぬだろう。

 頭蓋を砕き、目を突くイメージで身体を動かす。何度も何度も。襲いかかってきたら振り払う。受け流せるだろうか。


「……もちっと腰を落とせぃ。腕だけじゃなく、腰の捻りを使って肩で殴るようにするんじゃ。そん程度じゃワシの目玉も潰せんわい」

 バレていた。脳内でボッコボコにしていたことが。チラチラ見ていたのがいけなかったようだ、恥ずかしい。いたたまれないが、止めるわけにもいかない。言われたように身体の動きを意識してみる。

(腰、腰を捻る。なるほど、言わんとしていたことは分かる。となると側頭部を狙うようにして斜めに──)

 鍛錬に力が入る。やっぱり身体を動かすのは楽しい。無心で繰り返す。しかし、脳内のドワーフに痛痒(つうよう)を与えるには至らない。

 右と左と、一通り繰り返す。母娘はまだ寝ているが、そろそろ起き出してきてもおかしくない。今日はここで終いだ。

「アドバイスありがとうございました。私ではまだ打倒するには遠く及ばないようです」

 言葉をかけて会釈する。いつか必ず打ち負かしてやる。

「三十年早いわ」

 ドワーフは破顔して答える。いい人そうだ、護衛として信頼もされているようだし、人格者なのだろう。

 この人から色々と学べればいいが……流石にいきなり言い出すのも変だな。雑談程度ならいいだろうか。

「貴方を打ち倒せる程強くなるには、何から始めればいいと思いますか?」

 非力な女が肉達磨のドワーフを打ち倒すにはどうすればいいか。

 ドワーフは私をじっと見つめる……見通すようにしていたが──。


「お前さんワシの見るとこ二つ持ちじゃろう。しかし酷く弱く見える。全く使っておらんようだ。筋力云々より、まずはそっちを鍛えることだな。だが、日課にしてるなら素振りは続けた方がええ」

 二つ持ち? 知らぬ言葉が出てきた。いやこれもしかしなくても、うちの女神様が言ってたあれか。

「あの、二つ持ちというのは、生力や精力といったもののことでしょうか」

「その二つ以外じゃよ、気力と魔力。なんだ、そんな事も知らんで旅しとったんかい」

 そうだ、気力と魔力。それに生精と神力合わせて五つだ。思い出した、確かに彼女はそう言っていた。

 ドワーフは呆れたような顔でこちらを見ている。不審に思ってはいたようだが、あまりにも私の二つがひ弱なので疑う気も失せたのだろう。

「その気力と魔力とは具体的にどのようなものなのでしょうか、それとそれを鍛えるには──」

 身を乗り出すようにしてドワーフに詰め寄る。腰のものに手が伸びかけたが、途中でそれを止め、両肩を下から支えるようにして身体を抑えられた。

 右手に十手を握りっぱなしだ。気が急いてしまった。恥ずかしい。

「まぁ待て、説明してやる。してやるが、ボチボチ荷物をまとめて出発の準備を始めんとな。帰り道で話してやるからお前も支度せい」

 母娘も既に起床し、護衛の二人も戻ってきていた。全く周りが見えていなかった。


(ひと)種族は四つに分けられる。気力持ち、魔力持ち、二つ持ち、そして手ぶらじゃな」

 帰り道、ドワーフは母娘の護衛を若い男女に指示すると先を歩かせ、少し距離を置いて後方で私と並ぶようにして説明を始めた。

「これは後天的に身につくものじゃない、身体の造りがそもそも違うと言う。ワシは見たことがないが、昔からどこそこの学者がバラして調べたなんて話をよく耳にする。移植を試したなんて話もあるが、これが上手くいったという話をワシは知らん」

 娘さんが後ろをちらちらと振り返っているが、今それどころじゃないんだ。ごめんね。

「気力っつーのは、まぁ平たく言えば筋力の強化じゃな。無手で戦う連中は打撃に衝撃波を付随させるようなことができるのもいる。エルフにもハーフリングにも気力持ちがいないわけではないが、ドワーフや人種(ひとしゅ)に多いの。ドワーフも全員とは言わんが、十いたら八か九人は気力持ちだ。人種(ひとしゅ)は四とかそんな感じじゃろ」

 エルフ! エルフいるんだ……会ってみたい。

「これは身体の中の……なんと言えばいいのか説明が難しいが、水の流れを整えたり勢いを増やしたりとでも言うのかな。童でも使える奴はいるし、老いてから使えるようになった奴も知っている」

 お前も気力はすぐ物にできるじゃろ、なんとなくじゃがな。などと付け加えられる。希望が見えてきた。


「一方で魔力、これは持ってる奴はそれなりにおるが、強さがそれなり以上となるとそれ程多くない。エルフが極端に多い以外は横這いじゃろう。十いる内に魔力持ちは三か四とかじゃろうが、それなり以上となると一か二じゃな。エルフは九に六はいると言うが、ワシは魔力を持たんエルフに会ったことがない。間引かれてるなんて話もあるな」

 あいつらはひ弱でやることが陰気臭くていかん……と愚痴が始まりそうだったので話を戻す。ドワーフとエルフの仲が悪いというのはどこでも標準なのだろうか。

「魔力というのは、具体的にどのようなことが可能なのですか?」

「色々じゃよ。ただ燃やすしか能のない奴とか、水を氷塊にして飛ばす奴とか、空を飛ぶ奴とかな。怪我を治すやつもいるが、これを魔力扱いすると神官様や教会騎士に付け狙われるから外では言わん方がええ。神の御力だそうだよ。教会に所属してない人間にも怪我や病気を治せるような奴はおるよ、エルフやドワーフにもな」

 宗教関係はややこしそうだ。絡まれたくないし極力関わらない方向でいこう。在野にも治癒能力持ちがいるというのはいい情報だ。私の呪いもなんとかなるかもしれない。

「珍しいものだと、鉱石から金属だけを抽出して精錬したり、植物の生育を早めたり、ワシも魔力で気力の真似事ができる。悪霊や瘴気を祓ったりなんてのも学者の間では魔力由来とされているが、これでも教会と喧嘩しとる。まぁ学者にも変な奴は多い、できることなら関わらんのが一番じゃ」

 また知らない言葉が出てきた、瘴気? あの狼のは──。

「瘴気というのは、魔物が纏っていたりする黒いモヤのことですか?」

「なんじゃ、それは知っとるんかい。瘴気は魔獣や悪魔などが扱う魔力じゃな。学者は魔力と言っているが、やっぱり教会は悪神がどうのと言い張って喧嘩しとる。(ひと)種にも使える奴はおるよ、狙われるからあまり人前には出てこんがね」


「瘴気を持った魔物を倒すと欠片のようなものを落とす、という話に心当たりがありませんか?」

「欠片? ああ、魔石のことかね。瘴気持ちや悪霊を浄化すると危険度以上に大きな魔石を落とすのは確かじゃが、別にそれは瘴気持ちに限った話ではない。魔獣も魔石を持っとるし、浄化すればより質の良い大きなものを残す。皮も肉も残らんからやる奴は少ないがね。霊体くらいじゃろう、浄化の需要があるのは」

「魔石というのは、これのことですか?」

 情報を引き出したい。今後を左右する重要な要素だ。手の内を一つ明かすことにした。極めて小声で声をかけ、ポケットに入れていた黒い欠片を差し出す。手の指の関節二つ分程の大きさのそれを。

「瘴気持ちの魔石じゃな、少し大きめだが、魔獣由来の浄化品かの。お前さん、これをどこで手に入れた?」

 受け取って検分したドワーフは、同じく小声でこちらに返す。北の泉の辺りで狼に出会ったことを説明すると、少し悩んだ素振りを見せたが、説明を続けてくれた。


「魔石っつーのはその場所はまちまちだが、生物非生物問わずに体内にある。生物だったりゴーレムだったりな。例外は霊体くらいのものじゃ。そしてそれは物にもよるが、最初はこれと同じように透き通っているものが多い。だが、体外に放出されると徐々に色がくすむんじゃよ。その辺の石ころのようにな。じゃが、浄化品はくすむことなく透き通ったままになることが多い。大きさが同じならこちらの方が価値が高い。と言ってもこの大きさじゃ消耗品の域を出んし、どこで売っても買取価格はよくて四から五割増しといった感じじゃろうな。大きい魔石の浄化品は宝石扱いする貴族に人気があるから何倍どころか何十倍にも跳ね上がったりするぞ。大きい魔石を残すような奴は浄化するのも大変だと聞くし、浄化品になるかも運次第じゃ。そもそも余計なことをせずに、死体を持ち帰って解体した方が通常は儲かるからの。余程の物好きでもないとやらんよ」

 彼は私がこれを自力で手に入れた──浄化の力を持っていることを察したはず。話が早くて助かる。

 生力と精力についても聞いてみたが──。

「悪いが、その二つはワシもよく知らんのじゃ。種族問わずにやたら打たれ強い肉体を持ってる奴がいるのは確かで、それが生力だなどと言われていたりするが、はっきりしたことは少なくとも一般には知られてはおらんはずじゃ。精力については存在するということは言われているが、詳しいことは全く分からん。知りたいなら学者を虱潰しに当たるしかないのではないかの」

 とのことだった。


 ここまでの話をまとめると……。

 私は気力と魔力を扱うことができる。気力は主に身体の強化。魔力は身体強化を始め火を出したりとか、色々なことができる。

 生力と精力についてはよくわかっていない。

 魔物や魔獣は体内に、悪霊も体内ではないが魔石を持っている。普通に倒せば魔石と死体が残る。

 浄化して倒せば死体と引き換えに魔石の質が上がる可能性がある。それは物によっては死体以上の価値を持つが、得られるかどうかはランダム。

 瘴気持ちや悪霊は浄化することでより大きな魔石を残すことがある。

 こんな感じだろうか。


 魔力の身体強化と気力の身体強化は併用できるのだろうか、それについて尋ねてみると、

「ん? ああ、できるぞ。気力と魔力でそれぞれ強化すればその分筋力は増す。気力だけで十の力を引き出すより、気力と魔力で五ずつ引き出した方が圧倒的に楽じゃ。力の出処が分散されるからの。気力で十一出せば身体が壊れ始める奴が、気力と魔力を六ずつ引き出しても壊れることはない。それぞれの格を同じ程度とするなら、二十までは耐え切れるじゃろうて」


 私は狼を浄化した際、奴を何度殴りつけただろう。『浄化』を念じてから魔石化するまでははほんの数回だったと思うが、その前にひたすらタコ殴りにしていたはずだ。

 あれが小さい狼だったから打撃が辛うじて通じたが、沢で危惧した熊やゴリラ……そんな大型の生き物に今の私の打撃が通じるとは間違っても思えない。

 私の十手はそもそも打撃武器としては軽すぎるのだ。通じなければ、それはないも同然だ。万能や汎用といった言葉よりも、私は一点突破、一撃必殺を目指したい。


「二つ持ちの多くは放出魔法を使いたがるからの。魔力による身体強化は一般にはほぼ失伝した技法じゃよ。ワシらの秘術と言うには大げさだが、今じゃドワーフでも存在を知ってるものはほとんどおらん。ドワーフは魔力が弱いことが多いから高い効果も見込めないしの」

「ドワーフ特有のものでないのなら、魔力による身体強化は私も身につけることができますか? 是非にも教えを乞いたいのです」

「教えてやるのは構わんが、お前さんそれでいいのかい。気力と放出魔法ってのが世間では二つ持ちの標準なのは間違いない。万能なのはごく一部だが、器用貧乏なりに需要はあるぞ」

 心は決まっている。私が欲するのは攻撃力。熊をも捻じ伏せられる圧倒的な暴力だ。

「はい。私は熊だろうとゴリラだろうと何であろうと、力で跳ね除けられるようになりたいのです。お願いします。私を鍛えて下さい」

 足を止めて頭を下げる。


「わかったわかった、頭を上げろ。気力も魔力もしっかり仕込んでやる。棒術も埒外だが、そこも可能な範囲で見てやるよ。だが、一つ条件がある」

 その言葉に頭を上げる。なんだろう、お金はなんとかするつもりだが……身体と言われたら流石に……いや、背に腹はかえられないか。綺麗事だけで渡っていけるとは元より思っていない。


 次の言葉で内心凍りつく。

「名前じゃよ。聞かれたくないようだったから誰も尋ねなかったが、付き合いが続くなら知らぬわけにもいかん。お前さんを何と呼べばいいんじゃ」

 ずっと考えないように心に蓋をしていた。いつかはくると覚悟はしていた。

 女性も護衛の二人も、娘さんも名乗ることをしなかった。皆気を遣ってくれていたのは分かっていた。

 あわよくばこのままと。だが、向かい合わなければいけない。

 この世界への召喚、名もなき女神との出会い。彼女は私に白い十手を、相棒を遺してくれた。


(私に残った確かなもの、女神様の恩寵(サクラメント)、私は、私の名前は──)


「サクラ、と。そうお呼びください」


「そうかい、ワシはギースじゃ。サクラ、これからワシが鍛えてやる」

 私の愛しい女神様は、最期に名前を遺してくれた。



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