第百七話
その後軽くリリウムと手合わせをしたのだが、こいつは駄目だ、戦力にならない。
ドワーフらしく気力が使えるし、エルフらしく魔力もある。理想的な二つ持ちに見えなくもないのだが……いかんせんどちらも弱すぎる。
火弾の魔法は十手を軽く薙ぐだけで掻き消え、リューンも黒いので撫でるだけで消滅させる。
膂力も……気力を抑えに抑えた私と五分といったところで、リューンも軽くあしらう。
「半端だね。立派なおっぱいしてるのに」
「中途半端すぎるのだ。素の腕力はドワーフらしくそれなりにあるのだが……如何せん気力も魔力も弱すぎる。胸はでかいのだがな」
「む、胸は関係ありません! わたくしだって努力しているのです! ですが、半端なのは自覚しています……」
胸を押さえて後ずさる。そういう仕草を男の前でしない方がいいと思う。今のは高ポイントだ。
「リリウムは全身身体強化を回路的に使えないんだ。かといって放出魔法もね……」
迷宮向いてないんじゃないかな。普通に家庭に入ったほうが幸せになれると思うんだけど。
変態ストーカーだということを忘れて穿った目で見なければ外見も良い、可愛い顔をしている。いっそうちでお嫁さんしてくれてもいい。家事をできるかは分からないが、仕込んで覚えられないということもないだろうし。
「フロンはよくこれを連れて迷宮に入ろうと思ったね。一から鍛え直さないと危なっかしくて仕方ないでしょ」
少し離れた場所でリューンとリリウムが剣を交えて遊んでいる。修練しているのだろうが、全くリューンの相手になっていない。遊んでいるようにしか見えない。
見るに、足が遅いのがあかんのだろうと思う。まともに当たればリューンにもそれなりの衝撃になると思うのだけれど、打点をずらされるだけであのざまだ。
あの変態は私の打撃を二度剣で受けたし、近当てを入れても耐えた。死に体で牢に入れられ、治癒であっさり日常生活に戻っている。……これやっぱり生力に優れてるってことなんじゃないかなぁ。
「成り行きでな。姉さんならあれをどう鍛える?」
「彼女、私の打撃を二度剣で受けてるんだよ。剣も腕も折れたけど、反応できたってことは反射神経が優れてはいるんだと思う。その後破裂しないように加減はしたけど、殺すつもりで放った衝撃波を受けても死ななかったし。牢屋に入れられて数日放置されても治療を受けてピンピンしてる。ただ足が遅いし……あれで剣を持って前衛やるのはきついんじゃないかな。魔法は諦めて、盾でも持たせてフロンの守りに当てたら? 気力一辺倒でも、肉壁くらいにはなるでしょ。胸も大きいし」
「盾か……ふむ」
イチオシは包丁持ってお料理番だが、それは黙っておこう。
「ねぇサクラ。リリウムが手合わせして欲しいって」
「お、お願いできませんか……?」
庭の小石を十手で弾いて砂にする作業に没頭していたところに声をかけられる。リューンは多少息が上がっているが、リリウムはピンピンしてる。種族特性以上の何かがあると思うのだけれど……一度思いっきり袋叩きにしてみれば分かるかな。
しかしこの娘、私と対面する時はなんていうかこう、小心者の兎のようになるな。
「いいよ。好きなだけ打ち込んできなよ。打ち返すけどね」
私の知る騎士というものは、大体片手剣と盾のスタイルだ。この娘は似たような大きさの剣と鎧装備の癖に、盾を持っていない。
ゴーレム狩りに行くときは両手剣を使っていたようだけど、あれはまるでダメージを与えられていなかったわけで……どうしたものかね。
「あ、あの! 遠当てを使ってもいいですか?」
「いいよ。──剣も魔法も衝撃波も、なんでもどうぞ」
ん? いや、いいよじゃないよ! よくないよ! 私は遠当てを一度しか見たことがないが、あれが当たったら痛いじゃ済まないことくらいは分かる。下手すると強化魔法も突き抜けてくる。自分で散々衝撃波を使っているから分かる、あれは魔導服で防げるような性質の物じゃない。
「では、参ります!」
距離を取って向かい合ったリリウムが、剣を持たない左手に気力を込めて……あれ、見える? 特に色もないし、見えると言うよりは感じる、かな。ともあれ、あそこまで濃くすれば私でも気力が見えるのか。迷宮では他の冒険者のそれを意識したことはないけど、今の今までリリウムの気力は見えなかった。
(この娘もしかして、普段から使ってない……? それじゃ弱いのも当たり前なんだけど。戦闘時だけ使ってどうする。鍛えなきゃ、常に)
正拳突きのように拳を突き出し、迸った気力の衝撃波を十手で弾く……やっぱり見えるな。しかも弾けた。マジか。
(衝撃波……波って言うくらいだから……弾けても不思議じゃないのかな? 魔法が掻き消せるんだもんな……。咄嗟に身体が動いたけど、あれ見えないと結構危ないかも)
中途半端な威力の遠当てを連射されたら私は一方的に袋叩きにされるかもしれない。想像しちゃった、嫌だなぁ……それは嫌だ。小出しのジャブにボコられる自分の姿が見える。これは言わんとこう。
ただ彼女のこれはジャブというより、後先考えない大振りのストレートだ。衝撃波で気力を消費してからの再展開も遅すぎる。それでまた目一杯溜めて思いっきり打ち込んでくるが、ああ無常。
続けても仕方ないので歩いて近付き、そのまま軽く頭をポコッと叩いて終わりだ。
「あの……遠当て、見えているんです?」
私はもうやる気がない。それを察しているのか、彼女は近づいても剣を抜きもしなかった。頭を撫で擦りながら問い掛けてくる。
「見えるよ。あれじゃ実戦で使えないでしょ、修練しなよ」
ハーフとはいえドワーフの血が流れているなら、修練次第ではそれなりになるだろう。
私とリューンが、その後フロンが風呂に入り、今はリリウムが一人で風呂に向かったところだ。夕食後のまったりタイムに居間のソファーでうとうとしていると、フロンが先の手合わせを通してのリリウムについての私見を尋ねてくる。
「修練が甘い。剣術は頑張っているんだろうし魔法も練習したのかもしれないけど、気力はお粗末なものだよ。鍛えてどの程度になるのかは分からないけど、あれで魔物と戦おうなんて無謀の一言に尽きる。遠当て使えるんだし、師匠がいたんでしょ? 一度初めから鍛え直した方がいいと思うよ」
「姉さんは修行をつけられないか?」
「経験ないし、私は身体強化を併用するからね。衝撃波の性質も違うんだ。戦闘スタイルも違うし、教えられることなんてたかが知れてるよ。そもそも訓練してすぐ強くなるっていうものでもないよ。魔力だってそうでしょ?」
私に教えられることなんて本当にたかが知れているし、そもそも教えられるほど私は気力に習熟しているわけでもない。まだ修行中の身だ。
足が遅いと感じたのも、下手したらあれ、剣を振る時にしか気力を使ってない可能性もある。気力を身体に満たすのが遅い上に常に使い続けてもいない、これで戦うなんて無理無駄無謀だ。これで遠当ては使えるっていうんだからあべこべだね。無手でもないし。
「それに、サクラに稽古をつけられたら、リリウムたぶん潰れるよ……容赦ないんだから」
それくらいやらねば、非力な女は一人で生きていけないのだよ。
「姉さんはどうやって気力を鍛えてきたんだ?」
「リューンと会うまでは毎日迷宮に入って一人で魔物狩ってたよ。リビングメイルとか。あと寝る時以外は常に使い続けてる」
「──なるほど、潰れるな」
『リビングメイル』と『常に』の辺りで顔を顰められた。事実なんだからしょうがない。
リリウムが風呂から上がって四人が揃い、フロンから明日も迷宮に行こうと提案がなされる。リューンが嫌そうにしているのは、獲物が四十九層、水色のゴーレムだからだ。
「ぶっちゃけて言うが、正直姉さん一人来てくれればお前達はいなくてもいい。二人で狩りをするなら適当に送ってやってもいいが、二人だと意思の疎通に問題があるだろう」
「事実ですけれど……そうはっきり言われると傷つきますわね」
「私もあのゴーレムを相手にするのはしんどいな……でも、あれサクラも結構きついんでしょ?」
「筋肉痛がちょっとね。いい修練になるから私がゴーレム狩りに付き合うのは構わないけれど、その後は使い物にならなくなるよ」
視線を送り、言外に『私はいいからフロンもあっち行ったら?』との意思を込めてみる。
一時期もしかしたら……と考えたことはあったが、この世界はゲームと違い、別に魔物を狩ったからといってレベルが上がったりはしないと思う。
本当に初めの頃、瘴気持ちの狼を倒したりした時、身体……というかふわふわに何か光が吸われていたのを見て、あれが経験値みたいなものなのではないかと思ったのだが……狼以来、あの光は一度も見ていない。
成長はあくまでも地力──筋力や気力、魔力を磨き、剣術などの稽古を続けることによって成る。魔物を狩るのも経験を積むためだ。
魔導具を用いて気魔力の格を上げたり腕力を強化したりはできるのだろうが、それは成長とは別の話。修練なくして強くなどならない。魔物を狩ればお金になる。だから危険を冒して迷宮に入る。ただそれだけの話。
リリウムにばかり目が行きがちだが、リューンだってまだ剣を握って大して時間が経っていない。偉そうに言っているが、私だってまだ魔物を狩るようになって一年だ。上から物を言える立場でもない。
非効率的な狩場で経験を積んだって仕方がないし、リューンとリリウムは他の狩場に行った方がいいだろう。私はそう考えていたのだが──。
「わたくしも四十九層へ行きますわ!」
気でも狂ったのか。翌朝一通り日課を済ませて居間でリューンとお茶を飲んでいると、何か強い意志を秘めたような顔で寝間着のリリウムが高らかにそう宣言した。
フロンは食事の買い出しに出ていていない。三人が毎食適当に買ってきてくれるので私は楽で楽で仕方がない。
「どしたのいきなり。お茶飲む?」
「いただきますわ! 昨夜フロンから聞かされたのです、わたくしがいかに甘かったかを……!」
コンロでお湯を沸かし直してる間にリューンがカップを用意する。このハーフはお嬢だしお茶の好みにうるさそうに見えるが、割りと何でも美味しそうに飲む。ティーポットは沢山あるが、洗う手間が減るので楽でいい。
「わたくし、気力を一から鍛え直します! 今日からは魔法も封印しますわ!」
食事前なのでお菓子はなし。一度フロンに水石が出るところに連れていってもらって……いい加減冷蔵庫も買おうかな。冷凍庫もあると嬉しいが、あれは冷蔵庫に比べて魔石の消費が激しすぎる。何台も維持しようと思うと大変だ。パイトの迷宮近くに住み着いていればまた違うのだろうが。
「なのでサクラさんっ! わたくしに修行をつけて下さい!」
ん? ああ、そういう話になるの。
「私が修行をつけると、しばらく迷宮には入れないよ。いや入ってもいいのか……ただしばらく魔物と戦うことはないよ。しんどいし退屈だと思うけど」
「覚悟の上ですわ! わたくしは生まれ変わるのです……!」