第百六話
行きはズレたが、帰りは見事に自宅の玄関に転移した。フロンはこれだけで食べていけそうだな……これが禁術でなければ。
靴を脱いで居間へ向かってそのままソファーに身体を投げ出す。あーきつい……この筋肉痛、治るからいいけど何とかしないと……反動制御だけで押さえ込めるものなのだろうか。
おそらくではあるが、これが私の気力の格の……限界なのではないかと思う。ギースも気力の限界を魔力身体強化と合わせて超えるというようなことを言っていた。これ以上無理をすれば確実に身体が壊れる。筋肉痛以上になったらアウトだろう。気力の格というのが地力の向上ではなく、引き出せる力の上限を上げるものなのだとすれば……。そりゃ、二つ持ちなら放出魔法を使いたくもなるだろう。一般では失伝もする。
「今日は助かったよ。余程深い階層でなければ私は一通り足を踏み入れている。希望があったら教えてくれ、送り迎えはこなそう」
「構わないよ、ギブアンドテイクだ。とは言っても今は修練に力を入れたいから、しばらくはいいかな」
フロンと話をしていると窓を開けて回っていたリューンがお茶を淹れてくれる。嬉しい、ありがとう。大好き。
「そうか、その際は声を掛けてくれ。それで、私達はここを寝床にしていいのかい?」
「寝室の横が空いているから、そこでよければ使っていいよ。窓と屋根以外何もないから、必要な物は勝手に揃えて」
財布を取り出したところで制止がかかる。それは自前で揃えるから大丈夫だと。
(三メートル以上あるゴーレムを六体収納できた魔法袋……それなりに高価なものだと思うし、お金持ってるならいいか。家賃代わりに自前で揃えてもらおう)
「ねぇサクラ、魔力残ってるから鑑定やっちゃおうかと思ってるんだけど」
四人して居間でまったりしていると、お茶のお代わりを注いでくれたリューンがコソッと小声で話しかけてくる。他人がいるが……しばらくはここに居るだろうし、隠しきるのは無理か。
「私とリリウムは少し外しておこう。行くぞ──」
「いいよ。隠すのも億劫だし、黙っていてはもらうけど」
「そうか、では拝見させてもらおう。術式を刻んだとは聞いたが、実際に見るのは初めてなのでな」
無理やりソファーから立ち上がらされ、そのまま放置されてキョロキョロしてる変態が面白い。フロンも結構変態の扱いが雑だ。リューンは割りと優しくしている。
寝室から腕輪と指輪、それに紙を持って居間へ戻る。
「スクロールと装飾品が二点か。大きいがかなり薄いな……リューンはこれ読めるか?」
「さっぱり。後回しでいいと思うな、先に腕輪か指輪をやっちゃうよ」
どっちにする? と目で問いかけてくる。どっちでもいいが……
「じゃあ腕輪からお願い。指輪は何か……ボロっちぃし」
「こういう古臭い物が案外良品だったりするものだぞ。それ以上にハズレも多かったりするのだが」
フロンが興味深げに指輪を眺めている。ならこっちでいいかと、先に指輪の鑑定をお願いすることにした。
「当たりではあるな」
「当たりではあるね」
鑑定した指輪を眺めて二人のエルフが揃って声を上げる。当たりではあるのか。
「十段階で評価したら何点くらい?」
「一部の高品質品を評価外とするなら、同系の中では四か五くらいだろうと思うぞ」
「私は六くらいあると思う。中堅から上級の魔法師が身に着けるようなものだと思ってくれればいいよ」
「魔法強化の指輪という物は割りとありふれていてな。魔力強化となるとまた少し話も変わるのだが……効果を試してみてもいいか?」
フロンは魔法師だ。実際に使ってもらえばもっと細かい評価も出せるだろう。それはいいのだが、気になることがある。
「魔法強化と魔力強化はそんなに価値が違うの?」
「魔法強化っていうのは、基本的に放出系の攻撃魔法にしか効果を及ぼさないんだよ。私の束縛魔法とか身体強化みたいなのはダメ。一方魔力強化は魔力の格に影響するものが多くて、何にでも効果を及ぼすからそれなりに有用なんだ。希少だしね」
「難点としては、格が育ちにくくなる。壁に突き当たってそれ以上の成長が見込めない魔法師がこぞって求める一方、成長途上の魔法士にとっては害とも言える。物によっては装着している間、一切格が育たないとされているものもあってな。だが需要は多いよ、人は楽をしたがるものだ。エルフもだがね」
一時的な底上げ品というわけか。魔導具は奥が深い。そしてやっぱり、フロンの知識は有用だな。リューンと並んで私の知恵袋をしてくれるととてもありがたい。
「なるほどね。じゃあ、その指輪はフロンに預けておくよ。適当でいいから評価してくれるとありがたいかな。売るときの参考にもしたいし」
「請け負おう。似たようなものをいくつか持っている。比較するのは容易だ」
フロンは私から指輪を預かると制止する暇もなくそのまま玄関に向かい……気配が消えた。え、もう行ったの?
「今でなくてもいいのに……」
「フロンはまぁ……あんなだから。あれサクラに気を遣ったとかじゃなくて、単に興味が抑えきれなかっただけだよ」
フロンが帰ってきたのは日を跨いでからで、指輪の話を聞けたのは昼になってからだった。
放置された変態はその夜、寝袋を使って一人で隣室で眠った。財布はフロンが握っているらしく……哀れだったので夕飯代は私が出した。
「昨日四か五と言ったが訂正しよう、六か七はある。売れば一桁ではあるが億に乗るだろう。五億行けば上々だな」
居間のソファーで寝ていたフロンが起床し、リューンが仕入れてきた大量のサンドイッチの昼食をとりながらそう告げられる。朝から変態はずっと恨みがましい目でフロンを見ていたが、当の本人はどこ吹く風だ。
「おー、結構いい品だね。お金に困ったら売ろうか」
「これならどこでも売れるだろう。場所も取らないし換金物としては優秀だ」
返して貰った指輪をそのままポケットに突っ込む。リューンは自分の見立てが当たったことが嬉しいのが拳を握りしめてニコニコしている。
「わざわざありがとうね、助かったよ」
「気にすることはない。私も興味があったからな」
変態ストーカーことリリウムはドワーフだった。
屋内なのに寝袋で寝る羽目になった変態は、今日も迷宮へ行こうと画策しているフロンを説得して寝具を買いに出かけた。私とリューンは裏庭で身体を動かしており、それに合流した折に発覚した。
とは言っても、エルフとドワーフのハーフということだ。耳も尖っていないし人にしか見えないのだけれど。
「リリウムはお嬢……まぁいわゆる貴族でな」
「元、ですけどね。廃嫡されて家から追い出されたのです。それで冒険者をやっていたところでフロンと出会って……こうして行動と共にしてるというわけですわ」
リリウムをじっと見つめる。なるほど、確かに胸は大きい。ドワーフの女性は魅力的な肉付きをしていることが多い。恰幅が良すぎるということも往々にしてあるが……この変態は普通の女性らしい身体だ。
何より胸がでかい。身長はドワーフらしく低めで胸がでかい。肌はエルフらしく白くて胸がでかい。貴族と言われれば、確かになるほど、気品があるような気もする、しかも胸がでかい。髪もよくよく見れば結構綺麗だな。銀髪っていうのは初めて見たけど、青みがかかっているし、また違った呼び名があるのかもしれない。縦ロールは昔こじらせた友人がよくやっていたので私には結構馴染みがある。彼女の名前はもう思い出せないけれど。
「胸がでかい」
「うむ、肉付きは豊満だ。どうだ、好きにしてもいいぞ?」
マジで? 少し遊ぶくらいなら……いやでも、私にはリューンが……でもあのおっぱいちょっと弄ってみたい。
「ちょっとサクラ! 何悩んでるのよ!」
ん? 聞き取れてたか。リューンも共通語の語彙が増えている。一連の流れを理解できるような語彙から覚えていくのはどうかと思うのだが……。
「フロン! わたくしを売らないで下さいまし!」