第百五話
目を覚ますと既にリューンは起きていた。珍しい……。この惰眠貪りマンが私より早く起きていたことなんて本当に片手で数えられる程度しかない。
曰く、フロンが厳しいのだと。半泣きでそう教えてくれた。
そして今のうちに荷物を整理する。次元箱を明かすかどうかは微妙なところだ。転移と引き換えにしていいのは精々浄化までだろうとは思うのだが……。
フロンはともかく、あの変態の人となりが全くをもって不明だ。この辺は追々決めていこうと思う。
リューンと二人して身体を動かしてからお茶を淹れる。今あれこれ考えても仕方ない。
「そういえば昨日言ってた鑑定品ってさっき寝室の机の上に出してたやつ?」
「そうだよ、紙と腕輪と指輪」
当たりだといいなぁ、特に腕輪と指輪は期待だ。魔力回復系の装飾品だったら嬉しい。そうでなくても手頃な値段で売れればいい。リューンは稼いでいるかもしれないが、私は未だにルナで一銭足りとも稼いでいない。魔石は全て保管してある。
「三つも? よく見つけられたね」
「問題は中身の質だよ、ハズレが三つ出てもね」
とはいえどうしても期待はする。当たりだと嬉しい。ワクワクするね。
「では、早速ではあるが迷宮に行こう。姉さんも構わないのだな?」
居間に荷物を置いて早々に、お茶の支度をする暇もなくそうフロンは切り出した。私の予感は外れていなかった。根っからのジャンキーだ。
「構わないよ。指示には従うから」
「うむ、では皆準備はいいな?」
昨夜は熟睡できたし気魔神力も十全だ。リューンもいるし、滅多なことにはならないだろう。
私以外の二人が頷くのを見て玄関まで移動し、フロンが転移魔法の準備に入った。とはいっても、靴を履いた四人を一箇所に集めて何やら念じているだけ。
(魔力だな……神力ではない。少し疑ったけど、神格持ちではなさそうだね。普通のハイエルフか)
と、テレビのチャンネルを切り替えるように目の前の景色が変化した。三種強化を施して十手を構える。丘の上?
と、転移に驚いている暇もない。ここは敵陣の真っ只中!
咄嗟に近くにいた魔物……大鬼の腰辺りを薙いで力任せに吹き飛ばす。近当てを入れ損ねた。いや、結果オーライか。近くにはまだまだいる。しかも多少薄いが瘴気……ここ死層じゃないの?
「ちょっと! 飛ばすにしたってこんな……!」
「ふむ。少しズレたな……人が増えると制御が難しくてな。いや、申し訳ない。しかしオーガレイスを吹き飛ばすとは……信用してくれたようで嬉しいよ」
見ると、リューンと変態は背中合わせになってフロンを守るように剣を構えている。どうしよう、言いたいことはあるけど数を減らさないとまずい。
「姉さん、こちらのことは気にしなくていい。近辺の数を減らしてくれ。ああ、危なくなったら呼ぶからその時は助けてくれ」
滅茶苦茶言いやがる。とりあえずどうしよう、レイス……幽霊か。つまり幽霊大鬼……長いな。
結論から言って、こいつらは無茶苦茶弱かった。霊鎧のように一撃とは言わないが、二、三回殴ればそれで死ぬ。近当てなしでこれだから、実質的な耐久力は霊鎧と変わらないか、それより弱いくらいだろう。
ただ、腕力こそ脅威だが大した攻撃をしてこない霊鎧と違って、こいつらは生粋のファイターだった。足がないものの、手が出ること出ること。こいつらも実体化しているようなので、攻撃を受けたらまず吹き飛ばされるだろう。
そして霊鎧と似たような大きさの浄化真石を残した。久しぶりだね! 元気にしてた?
(また会えて嬉しいよ……っ!)
木偶を殴るようにとはいかない。相手がそれなりに機敏に動いてこちらを狙って攻撃するのを、足を使って回避しながら潰していく。でもこれ、楽しいな……ここどこだろう? あとで聞いておこう、ここは楽しい狩場だ。良い遊び場だ。修練の合間にまた来たい。
一人なら近当てもできるし、タイムアタックするには打ってつけだ。などと考えていたところでお呼びがかかる。
「姉さん! その辺でいい、移動するからついてきてくれ!」
ん? ああ、ここで狩りをするんじゃなくてここを突破したかったのか。あのハイエルフなら転移でここを避けて目的地へ向かえると。便利だねほんと。
寄ってくる幽霊大鬼を適当にあしらいながら走って移動していた三人と合流し、方向を指示されて先頭を走る。持っててよかった布袋。ただ数が少ない。十とそこら、これも箱で塩漬けだな。
「ねぇサクラ、あれ一撃で倒せる?」
小声でリューンが話しかけてくれる。近当て使ってないのに気づいたんだろうか。私も小声で返す。
「近当て使えばいけるよ。ここどこなの? 良い狩り場だね」
「ここは北西の四十八層だよ。それで……それなんだけど、リリウムは気づいてるよ。鎧ボコボコにしたでしょ? あれ、遠当て? だと思ってるみたい」
「あー……フロンは?」
「っていうか、リリウムが使えるんだよ。フロンが衝撃波に気付いたかは分からないけど、リリウムから聞いてるかもしれない。今はまだでも、そのうち話すと思うし」
なんだと、あの変態は剣士じゃないのか? 今も……剣と鎧で騎士っぽい恰好をしてるけど。遠当て使えるのかな、羨ましい……。
「なら……隠しても無駄か」
「無駄だと思う。次の階層、聞くところによると解禁しないとたぶん、きついよ」
バレているならもう……仕方ないか。あの変態、やっぱりあの時始末しておくべきだったか……。それは冗談だとしても、もう少し早めに気絶させておけば一つ手を伏せていられた。次があれば、確実に殺すか意識を刈ろう。
ルナの迷宮は、横におおよそ五層分の幅があり、奥行がまだ攻略されていないほど深い。
迷宮の入り口の数はそれなりにあるが、第一層が五ブロックに分かれており、ルナの三日月型の地形と相関して北西、西、中央、東、北東のそれぞれ第一層に飛ばされる。このため階層名は一層の呼び名からどれだけ奥に行ったか、という基準で呼ばれている。
私が死竜と戦ったのは中央の第一層から奥に二十五番目の階層で中央の二十五層。ここは北西の第一層から四十八番目で、北西の四十八層。もう間もなく四十九層だ。
基本的に各階層は一つ隣の階層へも繋がっているのだが、全てがそうではない。
中央の二層の隣が西の三層だったりする。その場合中央の三層からは西の三層へは行けないし、そもそも隣への繋がりがなかったりする。
北西と北東は下手するとここのように、死層を通過しないと先に進めなかったりするわけだ。その上ここはかなり奥までいかないと西から北西へ行けないらしい。
そんなこんなで北西の四十八層を突破した先、足首まで漬かるくらいの一面水たまりのフィールドの四十九層に居たのは、大量の鉄の壁だ。鉄というか、水色の平べったい人形。箱を積み上げて人型を形作ったかのような、大きい変なやつ。
「ゴーレム?」
「そうだ。私達の目的は奴らの身体だ。なるべく多く持ち帰りたいんだ。姉さん、あれを崩せるかい? 加工するから壊して構わない」
「やってみないと何とも言えないけど……この水、触れても平気?」
「害はない、ただの水だ。飲んで腹を壊さないかどうかまでは保証できないが」
水飛沫を気にする必要はないと。それなら……やってみるか。素体が要るので浄化はなし、と。
近くに居た個体に近づくも、ゴーレムは動かない。顔もない。一撃薙ぎ払ってみるが、硬質な音を立てて思いっきり弾かれた。ゴーレムは身じろぎ一つしていない。……いいだろう、その挑戦受け取った。
(修練の成果、受けてみろ!)
これまでの活動で身に染みたことではあるが、私は常に魔力が真っ先に尽き、濃い瘴気や死神のような敵を相手取ると次に神力が切れる。そしてダダ余った気力を使って拠点へ戻るのだ。バランスを取ろうと思ったら、より強い気力を行使できるようにするのが一番スマートだ。
かといって、気力は魔力身体強化とは比較にならないほど制御が難しい。これはもう、ひたすら使って慣れるしかない。私はここ最近ずっと、強い気力を行使する修練に明け暮れていた。死竜の腹を割れなかった自分を、足首一つ砕くのに数えきれないほどの殴打を打ち込んだ自分を鍛え直すためだ。
反動の抑制に相当力を割り振っているにも拘わらず、一日動けば次の日は死に体になるほどの疲労が残った。まだまだ先は長いが、試させてもらう。今の私の、全力の打突を!
「見事だ。とはいえ、そう長く続けられるものでもなさそうだな」
一体目の四肢と頭を吹き飛ばし、胴体を砕けたことに気をよくして同じことを続けて五体目で早々にギブアップした。これ以上はだめだ、明日動けなくなる。
気力はまだ残っている。魔力も神力も。ただ反動で全身の肉という肉が悲鳴を上げている。めちゃくちゃきつい。
座り込みたいが下は水たまりだ。魔導服は撥水で弾くからいいが、下着が濡れると困る。
「手は抜いてないよ。悪いけどこれ以上やると明日筋肉痛で動けなくなる」
「十分だ。リューンとリリウムで一体潰してもらって引き上げよう。周囲は私が警戒しておくからしばらく休んでいてくれ」
私が五体潰している間に、二人は少し離れた場所で一体のゴーレムを相手にしていた。とはいっても奴らは動かないわけで、一方的にサンドバッグにしているだけなのだが……変態はともかくリューンがきつそうだ。黒いのでいくつも傷は入っているが、切断するには至らない。リューンにこういう相手は向かないだろう。
一方変態は、先日のような片手剣ではなく、両手持ちするような大剣を使っている。それを打ち付けるようにしてガスガス殴っているが……リューンよりも傷が浅い。気力が弱いか武器があかんのかもしれない。
フロンは魔法袋に私が崩したゴーレムや零れた水石を回収している。結構重量があるはずなのだが、重量軽減ついてるのかな。最近は魔法袋を自前で持つことが減ったのですっかり忘れ気味になっているが、魔法袋も未だに欲しい装備の一つではある。今はお金がないけれど。
(浄化蒼石は欲しいけど……流石にこいつらから取るのは非効率極まりないな……素体が欲しいって言ってるのに横で魔石にしたらいい気はしないだろうし、今はいいや)
しばらくして、リューンが片腕を斬り落としてギブアップした。変態は未だ斬撃……殴打を続けているが、遠目で傷の具合を見る限り、斬り落とせるのは数日後かもしれない。
「姉さん、あれ崩せるかい?」
できなくはないがしんどい。あー……四種使えばいけるかな? 一瞬だけなら誤差かもしれない。
「あのゴーレム、どこを壊せば死ぬの?」
「胸の辺りに魔石がある。それが身体から分離した段階で死亡判定される」
胸か、少し位置は高いが……一撃分だけなら誤差だ。誤差かもしれない。
「やってみるよ。死亡しなかったら悪いけど、今回は諦めて」
「ああ、無理は言わないさ」
フロンと一緒に近づいて、魔石の在処を示される。ゴーレムの胸……少し位置が高いが、突けなくはない。
正眼に構えて、少し腕を持ち上げる。左足を引いて、全力で四種込めて──フッ!
「見事だ。回収するから少し待っていてくれ」
胸に穴が空いてゴーレムは死んだ。っていうか最初からこうすればよかったんじゃ……フロンも知っていたなら教えてくれても──ひょっとして細かくする手間を省くために黙ってた?