第百四話
リューンほどの美人さんが私の女神式奉仕フルコースを受ければ、そりゃ美人度がうなぎのぼりなわけだ。
久し振りに会った同郷の友人はここまでだっただろうか? 何かいい化粧品でもあるのかと問うたが、そうではないという。だが仔細は明かせないと。
明かせないと言われれば問い質したくなるのが人の性。エルフもきっとそうなのだろう。つまりゲロったわけだ。あの泣き虫駄エルフが。
聞き出されたのはこれについてだけで、他のことは一切喋っていないと半ベソ顔で必死に弁明されたが……もういい。絶対他言無用と念を押してもう一人のハイエルフ──フロンにも施すことになった。
そして私はハイエルフと一緒に自宅で風呂に入っている。
「これは素晴らしいな。ここまで肌に艶が出るとは……髪も生まれ変わったようだ」
「喜んで貰えて何よりだよ。これを商売にするつもりはないからね」
「約束は守るさ。私は口が固い」
綺麗な金髪をショートボブにした美人さんがそこにいる。胸は私とそれほど変わらない。リューンよりは大きいが。エルフはやはりそれほど胸が大きくない種族なのだろう。
身長も私とそう変わらない。顔も可愛い系というよりは綺麗系だし、私と系統は似ているかもしれない。自分を美人だと言うほど自惚れるつもりもないけれど。性格もサバサバとしていて付き合いやすい。もっと別の出会い方ができていれば見方も変わったのだろうが……。
肌と髪だけというのも半端なので、マッサージも施した。べ、別に触りたかったわけじゃないんだからね! たまにやるなら、垢擦りも脱毛も結構楽しい。一度やっちゃうとしばらくは手入れ不要だもんな、これ。
湯船に入ってもらって私も自分の身体を洗う。流石に初対面の他人にやらせるわけにはいかない。
「いい家だな」
湯船で寛いでいるフロンが緩みきった顔で声を出す。そう言われて悪い気はしない。この家はいい家だ。
「私も気に入っているよ」
居間が広すぎるだとか天井が高すぎるだとか部屋数が少ないだとか、文句をつけようと思えばつけられるが、この家はいい家だ。何より風呂がでかい。
家主が遠慮しても仕方がないので隣り合って湯に浸かる。隣にいるのがリューンではないが、美人と並んでいるというのは悪い気はしない。風呂はいいね。
風呂から上がるまで彼女との間に会話はなかったが、不思議とその沈黙は居心地の悪いものではなかった。
夕飯はリューンと私を襲った変態が二人して仕入れてきた。一人だけ追い返すわけにもいかないので家に入れたが……まぁいい。次はないと念を押してある。
その二人が私達と入れ替わりで風呂に入りに行き、私は居間でフロンと二人してお茶を飲んでいた。
最近の趣味は、余暇にお茶っ葉やお菓子を買い込んで少しずつ試すことだ。茶器も可愛かったり綺麗な物を見つけるとついつい買ってしまって数が順調に増えている。物が増えれば棚が必要になり……と、今では居間の一角は茶店のようになってしまった。
冷蔵庫も欲しいが、浄化蒼石を安定供給する目処が立っていない。置いておけばリューンが食らい尽くすし、今のところ困ってはいないが……自宅にも次元箱の中にも設置したい。
「ご飯食べよー!」
もう上がってきたのか、早かったな。寝間着のリューンと私服に着替えた変態と、四人で夕飯を取ることになる。宴か何かかと思うような量だが……半分以上はこの大食らいが消費するだろう。それにしても肉ばかりよくもまぁ……。
「リューンこっち泊まるの? 寝間着だけど」
皿に適当に取り分けながら聞いてみると、フロンから返事が。話がしたいので泊めてもらえないかと。
「そりゃ構わないけど……話って、そもそも何で私を探してたのかってところに行き着くの?」
「その通りだ。迷宮で詰まっていてね、リューンが加わって多少安定はしたのだが、まだ突破するには程遠いのだ。姉さんにも加わってもらえないかと思ってね」
正直人前で戦いたくはない。引き寄せと次元箱、それと場合によっては近当ても封印しなければならないし、何より浄化が使えない。
浄化なしだと霊体の相手がしんどいし、そうでなくとも私は解体なんてしたくない。絶対に嫌だ。
「気は乗らないね。手の内を明かしたくないのもあるけれど、私は私で修練の途中なんだよ。それに片付けないといけない野暮用もある」
「組んでくれとまでは言わないさ。時間のあるときだけでもいい。リューンを借りていてこんなことを言うのもどうかと思うのだがね」
返して欲しい気持ちがなくもないが……そっちで経験を積んでいてもらえるなら、それはそれで別に構わない。普通の戦い方に慣れてもらった方がいいだろう。
「今すぐ返して欲しいとまでは言わないよ。大事なパートナーだけど、友達と遊んでいるところを引き剥がすほど子供でもないつもりだ」
しばらくリューンがにこにこと肉という肉を口に放り込むのを眺めながら穏やかに食事をしていたが、話はまだ終わっていなかったらしい。
「ふむ……。そうだな、一つ手を明かそう。私は転移の術式を行使できる」
「フ、フロン!?」
食事中であるにも関わらずリューンが反応するが、変態はそんなリューンに視線を向けてきょとんとしている。エルフ語か今のは。
「その転移がどうかしたの?」
フロンに向けて話しかけると共通語になりかねないのでリューンに顔を向けて問いかける。この辺の意思伝達の仕様はまだ曖昧だ。一対一ならいいが、数が多いと困る。
「えっと……その……」
「いいさ。一方的に協力を仰ぐなんてのも虫のいい話だ。つまりだね姉さん、私はある程度の近場であるなら……例えばこことルナの迷宮のどこか、程度であれば、走ることなく即座に跳べるのだよ。ある程度の人数を連れてね」
今のは共通語だ、変態がギョッとしている。三人は知っている話というわけか。
「協力すれば足になってくれるって言うの? あのかったるい移動時間を省けるのは……確かに魅力的だね」
「いつでもとはいかないがね。そう悪い話じゃないだろう? ある程度腹を割ってくれれば、その限りではないかもしれないが」
「ある程度、ね」
「そうさ。ある程度でいい」
悪い話じゃない。二十五層でも往復にかなりの時間を取られる。今の遊び場はもっと遠いし、正直辟易としていた。
まだ信頼はないが、信用してみてもいいのではないかという気にはなってくる。リューンのあれが演技とも思えない。転移の術式とやらは秘中のものだろう。それに、彼女はおそらく魔法師だ。色々と詳しいかもしれない。
「分かった。試しに一度付き合うよ、日時はそっちに任せる。それと──」
変態はともかくフロンは面白い。これも縁かもしれない。いざとなったら……まぁ、その時はその時だ。大人しく逃げよう。
「ベッドが要るなら、自前で用意してね」
食事を終えお茶を飲んでから二人は去っていった。話がまとまったので宿に戻って、明日荷物を持ってくるとのことだ。
居間をリューンと二人で片付けてから話をする。久しぶりに二人きりだ。
「フロンが転移を明かすとは思わなかったよ……。あれ、サクラでいうところの浄化だからね。ハイエルフでも知ってるのはほんの数人だと思う。随分と信用されたね?」
「どうだかね……」
苦笑する。正直……彼女は腹を割ってくれたのだろうと思う。あれは明かしたくない手だったはずだ。
私で言うところの浄化、それが真に意味すること。異端──。常識から外れた手なのだろう。私の知るところ、あれは禁術とされていたはずだ。
私は女神様由来の力について日々それなりに調べている。意思伝達は似たような魔法がある。浄化はもっと直接的に似たような術式がいくつもある。ただ、引き寄せやそれの逆──人を伴った転移に類する物は、どの書籍でも一様に伏せられていた。学んではならず、行使してはならず。術式は太古の昔に全て焚書にされたとされている。それなのだろう。
浄化の術式を刻まれていない私が浄化を使える。リューンは私のそれを特に問うてこなかったが……前例があったんだね。正直安心した。そんなこと思っていい立場ではないかもしれないが、何かを溜め込んで悩んでいたら……そう考えると。
「そういえばリューン、今鑑定できる? その前に鑑定のことは話してあるの?」
「ドワーフの魔力身体強化は伏せてる、『黒いの』のこともね。鑑定はフロンは知ってるけど、リリウムの前で話してもいいよ。今ならできるけど、明日迷宮に行くなら止めておいた方がいいかも、どうしたの?」
ふむ、悩ましいな。フロンは私と同じ臭いがする。迷宮大好きマンだ。これはただの勘だが……外れてないと思う。その予感に従うなら、リューンの魔力を減らすのは止めておいた方がいい。
「宝箱見つけたんだけど、どうしようかと思ってね。急ぎでもないし余裕がある時にお願いできるかな?」
「もちろんだよ! って、また剣じゃないよね?」
「残念ながら違う。話すと長くなるし明日にしよう、今日は疲れちゃった」