第百三話
きちんと確認していないが、死竜の魔石は死神の物より大きかった。ということは、この宝箱には……二回目の死神戦よりもいい装備が入っているかもしれない。
箱の数も減っているのだ。費やされた魔力は三分の四倍、そして魔石その物も大きい。国宝級のアイテムがまた複数入っているかもしれない! いや、これは全てそのレベルの物になっていたっておかしくない。
「いいやつこい! いいやつこい!」
一つ目、紙切れ。二つ目、腕輪。三つ目、指輪。
「腕輪と指輪は未鑑定で絶対に嵌めるなと言われてた品だね……紙切れはなんだろう。御札かなこれ、魔法の術式?」
私には判断ができないが、リューンが使っていたギースの御札……何も書いていないが質感はあれに似ている気がする。ただでかい。広げた新聞紙くらいの大きさがある。ドワーフの術式が刻まれたそれはこの四分の一もなかった、そんなに複雑な魔法術式……?
「リューンいつ帰ってくるかな……指輪と腕輪は依頼出してもいいけど、拗ねるかな」
魔法袋はリューンに預けていて持ってきていない。全て次元箱に放り込む。
(まだ時間はあると思うけど……帰ろうか。魔力と神力をがっつり持っていかれた。やっぱり瘴気が濃いとふわふわにかかる負担が大きいみたいだね)
しかし、的が消えてしまった。新たな修行場を探さなくては……。
迷宮からギルドに戻り、先に夕食を済ませようとよく利用している食事処へ向かったのだが……ずっと後ろをついてくる人影がある。ギルドからずっとだ。道を逸れたり駆け出したり、あっちこっち歩き回るも一定の距離を置いてずっとついてくる。振り切れない。
(ストーカーとか……困ったな、どうしよう。家に戻れない……殺すか。人をつけ回すなど、どうせろくな人間じゃない。この辺で人の目がないのは公園だけど……一人とも限らないな、仲間がいたら危険だ)
歩く速度を落としてみるが、近づいてくる様子がない。他人にちょっかい出される心当たりもないんだけど、参ったね。
役所群まで戻ってそれを通り過ぎ、遊歩道を進む。自宅への分かれ道を通り過ぎ、兵舎とはまた逆の方向へ……まだついてくる。これはもう決まりだ、殺そう。
夕暮れの公園へ足を踏み入れる。まだついてくる。もういい、覚悟を決めよう。
振り向くとそこにはありふれた黒いフードを被った人間が一人。顔は見えないが腰には剣を一振り下げている。柄に手は添えられていないが……知ったことではない。
魔力が心許ないが、やるしかない。四種強化を施して誰何もせずに駆け出し、腹部を狙って十手を薙ぐも、抜きかけの剣に遮られストーカーが吹き飛んだ。剣は半ばから折れている。このまま潰そう。
「ちょ、ちょっとまっ──!」
女? 女の声だが、まぁ知ったことではない、死ね。近当てしないのはせめてもの慈悲だ。顔も残してやる。肉ではなく、人として死なせてあげる。
もう一撃振るうも、またもや受けられる。突いていないとはいえよく反応できるな……腕がいいのだろう。その腕も今折れたけれど。
「ま、待って! 待って下さい! 謝りますわっ! お願いだから話を──」
「ストーカーと交わす言葉は持ち合わせていません」
剣は折れて、握っていた柄も吹き飛んでいる。右腕も折れているし、この様子じゃ肩も死んでいるだろう。死体を引っ張っていかないといけないし、腹は中身が見えると見苦しいな。左胸を潰そう。後ずさる女の腹を蹴ってひっくり返す。さよなら。
「違うんです! わたくしはただ!」
十手を突き付けて弱めに近当てを入れる。ビクンと大きく一度だけ跳ねて女は静かになった……あら、死んでない?
鎧を着ていたのか。滅茶苦茶に潰れているが、どうやら防具の体を成したようだ。この手の加減はよく分からないな……本気でやったら破裂するし。このまま殺してもいいんだけど……仕方ない、兵舎も近い。
そのまま襟首を掴んで引きずって兵士の訓練所まで連れていき、事情を説明して引き取って貰った。放免する場合は事前に連絡を貰えるよう交渉しておく。危険人物を野放しにするわけにはいかない。リューンにまで危害が及びかねないのだ。その時は二度手間だが、改めて私が手を下そう。
それから四日ほど後。夕方になる前だったので先に風呂へ入ろうと、迷宮から自宅へ戻ると門に置き手紙があった。例のストーカーが意識を取り戻して尋問を終えたらしい。
兵舎へ向かって手紙を見せて事情を説明すると、牢……ではなく、応接室へ通される。ソファーに腰掛けてしばらく待っていると、外套も鎧も脱いで手枷を嵌められた女が連れてこられる。特に包帯を巻いていたりしないところを見ると、治癒の魔法か何かで治したのだろうか。腕も肩も折れて背中からの近当てで中身は結構グシャグシャになったと思うのだけれど……凄いな治癒。やっぱり欲しい。でもまぁ、それは後でいい。
「放免されるのであれば庭か、手枷をそのまま貸して頂けませんか? 次は情けをかけずに頭を潰します」
「違うのです! 誤解なのです! お、お願いですから話を聞いてぇ……」
一度ビクリと震え、弁明をしながら涙を流し始めた女を前に兵士はたじたじだ。だがそんなものが同性に効くとでも思っているのだろうか。
「それがその……おそらく、誤解なのではないかと……思われます」
「誤解も六階もありません。鎧を着て帯剣して外套で姿を隠して、夕暮れに一人歩きの女のあとをつける変態ですよ? もういいです。今ここで殺します」
「サクラ! ストーップ! 待って、ダメ!」
立ち上がって身体強化を三種掛けしたところで、ドアの外にいたと思しき人間が慌てて部屋に入ってきた。見知ったエルフが一人と、その後ろにもう一人、見知らぬエルフが。
「リューン? どうしたのこんなところで」
「リューンさん、助けてください! 私本当にころされ──」
「サクラ待って! 違うの、誤解なの。お願いだから強化を解いて、この娘は友達の──」
「すまないね姉さん、うちの連れが面倒を──」
収拾がつかない、なんだっていうんだこれは。
兵士が部屋を出て、部屋には女四人だけになった。私、リューン、エルフ、変態。
人種、エルフ、エルフ、人種……? たぶん人だろう。ソファーに向かい合い、私とリューンが隣り合って、もう一人のエルフが私の正面に腰掛けている。
「それで、どういうことなの?」
身体強化は解いたが十手は手放さずにリューンに問いかける。事と次第によってはこの三人全員制圧しなければならない。
「サクラを待ってたんだよ。家で捕まらなかったから迷宮に居るだろうと思って、交替で中央のギルドを張ってたんだ。彼女の番でちょうどサクラが帰ってきて……」
「なんでそれで人を尾行するようなことになるのよ。ギルドで声をかけて説明すれば終わりじゃない」
「それはそうなんだけど、その……」
「うちのアホ娘が、姉さんの力量を試してみたくなったんだとさ」
それまで黙っていたもう一人のエルフが口を出す。リューンほどではないが、整った顔立ちの美人さんだ。共通語を使っているが、私がリューンと会話していたのを理解してた様子だし……これもハイエルフだろう。例の同郷の友達。
「リューンがかっこいい凄いと連呼するものだからね。この一件の責任はこのアホとリューンにある。済まないね。許してくれとは言わないから、頭を潰すのは勘弁してやってくれないか」
「ちょっと、私を巻き込まないでよ! 私はサクラの味方だからね! フロンの連れだから場を取り持ったけど──」
ああうるさい。女が三人も四人もいればこうなる。
「……そちらのエルフさん、説明をお願いできませんか」
リューンに喋らすと話が進まない。こっちのエルフは話が早そうだ。
「いいだろう。私は迷宮でこのアホとつるんでいてね。最近リューンを偶然見かけたもので、久し振りに一緒に遊ばないかと声を掛けたわけだ。これは姉さんも知っているだろう。そこでリューンの戦いっぷりを見てうちのアホは惚れてしまってね。そのリューンが姉さんのことを強い凄いともて囃すものだから、面白くなかったんだろう。一人で見つけたのをこれ幸いと、腕を見てやろうとつけ回して……この有り様だ。よく殺さないでくれた、礼を言う」
客観的に見ればまぁ……面白くなかろうな。それくらいは理解できなくもないが……もういいや。めんどくさい。
「私達は二人して宿に戻ってきたんだが、このアホが帰ってこなくてな……数日後に兵舎から連絡を受けた時は驚いたよ。死に体で牢に入れられたって言うんだからな。このアホから話を聞いたのが今朝の話で、それからずっとここで姉さんを待っていたのだよ」
「あのねサクラ、リリウムも悪い娘じゃないのよ。ただね、今回はちょっと間が悪くて──」
「いいよもう。話は分かりました。次はありませんが、今回は不問にします」
「感謝する。このアホには私からもよく言っておく」
「それで構いません。では、私はこれで失礼します」
魔力も神力も枯れ気味でしんどい。さっさと帰ろう。
「サクラちょっと待って!」
「何? 私夕飯まだだし先にお風呂入りたいんだけど」
「あ、あのね? 怒らないで聞いて欲しいんだけど……」