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第百二話

 

 一つ手はある。次元箱の中にある。

 四本目の剣、あの変な形をした剣だ。薙刀の柄を短く切り落として、その刃の根本に細い斧のような刃が付いた変な剣。

『不壊』の祝福と『伸縮』なる効果、更に聞き取れなかった未知の効果が二つついた変な武器。

 瘴気と地面を転がった際の砂利で汚れた身体を綺麗にして、居間でそれと向かい合っていた。

 正直名付けには抵抗がある。

 私の名前──サクラは女神様が遺してくれたものだと私は信じているが、私にはかつて、これとは別に確かに名前があったはずなのだ。

 武器を名付け武器に名乗る。リューンはそう言っていた。私はサクラとしてこれに名前を付けられるのか。正直怖かった。名付けができなければ、それは私の、この名前を否定されるようで──。


 これを使えば頭を狙える公算は高い。伸縮というくらいだ、柄が伸び縮みしてもおかしくない。刃が巨大化するかもしれない。それで頭を狙えるかもしれない。あるいは棒高跳びの要領で、浮き上がって頭を狙いにいけるかもしれない。その程度の高さなら落下したところで大した問題ではない。

「四百回以上腹を殴って浄化できなかった。これはもう効いていないと思った方がいい。四の五の言っている場合じゃない。と言いたいところなんだけど──」

 けど、けどだ。これであの腐ったドラゴンを倒せたところで……勝利と言えるのだろうか。

 死層とはいえ高々二十五層の魔物だ。判明しているだけでもこれより奥に死の階層はいくつもある。私はその度に十手を置くのか? どこの誰とも知らない神の迷宮から出た得体の知れない武器を握って戦うのか? 否、断じて否だ。そんなこと認められるわけがない。

 私は望んだ、何を望んだ? 力だ。どんな敵をも捻じ伏せられる圧倒的な暴力を望んだ。熊もゴリラも、竜さえも捻じ伏せたいと願ったはずだ。気力も、二種の強化魔法も、そして神力を身体強化に回す手法も……私が得たのはそのとっかかりにすぎない。

 私は自惚れていた。身体強化を身に付ければ負けないと。私の膂力なら大抵のものは捻じ伏せられると、思い上がっていた。修練はしていた。だがそれはただ器や格を伸ばすためと漫然と行っていなかったか? そこに必死さがあったのか? 否だ。私は甘えていた。これで世界を生き抜こうだなんて、温すぎる。

「殺すんだ。十手で殺すんだ。私と私の女神様が、あんなオンボロドラゴンの前に膝を屈するだなんてあってはならない」

 四本目の剣をひっつかんで次元箱の中に放り込む。迷宮に行こう。私は迷宮へ行かなければならない。


 その日寝るまで、そして起床してからのしばらくの時間を、私は十手と向き合った。

 私には何がある? 気力による身体強化。ハイエルフの魔力身体強化の術式。ドワーフの魔力身体強化の術式。魔力身体強化に神力を編み込んで身体能力を飛躍的に向上させることができる。防御力は魔導服でそれなりに高い。魔導靴は魔力こそ吸うが防御力も耐久性も折り紙つき。地面に負荷もかけない。メガネは光量に左右されず相手を視認できるし、遠目で遠距離からでも目標を捕捉できる。そしてひたすら磨いた打突の型と近当ての技術。それに身体を覆っている神力、ふわふわを飛ばすことで魔力由来の生物の位置を探ることができる。

 十手が小手を壊した際の謎の神力行使が何なのかは今も分かっていない。神力がなぜエルフの術式に同調できるのかも分からない。ドワーフの術式には神力を通せてはいない。私は神力のことを何も分かっていないではないか! これで何が後継者だ、こんなザマでは女神様に申し訳が立たない。

 日々の修練によって気力魔力魔力の三種身体強化はかなりのものになっている。だが私はそれを目一杯引き出す機会が減ってはいないだろうか。最後に死力を尽くして戦ったのはいつだ? 最初の死神戦? ……それからずっと温い戦いを続けていたのだと思うと震えが走る。そもそもその頃私は魔力を術式として使ってすらいなかった。

 私は死竜とどう戦っていたか。ただ漫然と、狙いやすい腹を叩いていただけではないか。弱点を剥き出しにして相対する阿呆がいるものか。衝撃が浅いなら腹なんて狙うべきではない。足だ。まず足を壊す。

 あの死竜の動きなら、私は回避できる。徹底的に足を壊して横倒しにする。鬱陶しければ腕も壊す。そして頭を壊す。必要なら首も潰す。

 水はある、塩も保存食もある、気力も魔力も神力も充足している。枯れるまで戦ってやる。

 十手を握りしめるも気持ちは落ち着かない。これは怒りではない。なら大丈夫だ、私は冷静だ。


 迷宮都市セント・ルナ。中央区二十五層。そこに奴は昨日と変わらぬ姿で鎮座している。

 目がいいのか瘴気の揺れに反応でもしているのか、既に奴は顔を上げてこちらを見据えている。

「覚えていてくれて何よりだよ!」

 出し惜しみしない。最初から最後まで四種強化だ。私が枯れるのが先か、奴が浄化されるのが先か……!

 まずは後ろ足だ。尻尾を振りかぶるのを見て、飛んでくるであろう方向とは逆側の足に向けて駆け出し、私の腹ほどの高さにある足首を全力で打突する。そして近当て。轟音というほどではないが大きな音が響き、確かに何か硬いものを打ち据えた感触がこの手に残る。骨。確かにそこに骨がある。

 死竜は両手足を地につけて重心を落としている。上半身を起こせばひっくり返されることになりかねないということは学んでいるのだろう。尻尾を攻撃に回すこともできなくなる。かしこいね!

 それなら、私は尾撃と踏みつけに注意して奴の下半身を狙い続ければいい。実体があるのなら壊してみせる。竜の骨がなんだというのだ、近当ては衝撃波だ。どんなに硬かろうと、衝撃が伝わらない道理はない。

 尾撃も怖いが、先端でなければ大したダメージにもならない。しなっているのだから、適当に十手を振り払って衝撃を散らすだけでかなり相殺できる。

 足を止めると危険だ。こいつが横倒しになるだけで私は潰れかねない。誰の目もない、いざとなったら十手を投げて……いや、その前に次元箱に逃げるか。箱から外に出る際、私はこいつの極めて近辺に現れることになるはず。


 どれほどの殴打を続けたことか、やがて変化が訪れた。死竜の片足、その足首がそれと見て分かるほど腫れ上がっている。動きもおかしい。かばうような、体重をかけまいとするかのような──。

「そうかそうか、やっと折れたか。なら反対の足も頂くねっ!」

 私はこんな姿をしているが、身体能力はかつての一般的な成人女性だった頃のそれではない。腕力以外にも脚力、跳躍力も……まぁ、結構人間離れしている。

 竜の頭を直接狙いにいけなくても、十メートルそこそこの竜の身体、その身体を跨いで逆側へ抜けることくらいは、怖いけれどできるわけだ。羽がちょっと邪魔だけど、これはおそらくもう機能していない。ピョンピョンと飛び回られて鬱陶しいはずなのに、この賢い竜が羽ばたきどころかかすかに動かしもしないのだから。手を隠しているのかもしれないけど、それならそれでいい。どうせ飛ばれたら今は勝てない。

(片足は奪った、もう片方も砕いて……それでひっくり返せる? とりあえず横倒しにしなくちゃ。頭さえ狙えればこんな──)


 片足を砕いてから何度目かの往復の後、ふいに死竜の様子が変わった。というか収縮し始めた。

「えぇ……嘘でしょ」

 私はやる気満々だったのだ。どうやってこの忌々しいデカブツを横倒しにして頭を割ってやろうかと、ずっとそれだけを楽し……倒すことを考えてここまできた。今日一日で終わるとも考えていなかったから宿泊の準備を整えてきたのだし、何なら飛ばれて撤退することになると思ってもいた。

 それがまぁ……あれだけ殴ったのだ、ダメージが通っていて然るべしだし、浄化がひょっとしたら昨日から蓄積したままだったのかもしれないが、こんなあっけなく終わるとは……正直拍子抜けしてしまった。

(もしかして浄化って……防御力関係なく通るのかな? 両足首砕いた程度で死なないでしょ、ドラゴンは。でもトンビは一撃耐えてるんだよなぁ……意味が分からん)

 近当ての衝撃波で体内がめちゃくちゃになっていたとか、色々考えられることはあるが……生き返ったらまた会おう。その時は四百二十回以上腹を殴り続けて……浄化できるかどうか確認させてね。

 たっぷり二十分以上の時間をかけて収縮し続けたドラゴンは死神と同じように頭蓋の真石を残し……それが霧散して消えてしまった。そして竜が鎮座していた場所から宝箱が生えてくる。

「お、おぉ……宝箱って生えるのか。初めて見た……三つか、一つ少ないね」

 三つ。魔石が吸われると数が増える説が濃厚になったな。



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