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第百話

 

 パイトの迷宮を初めて訪れた際、私はあの不思議空間に心底驚いたものだったが、ルナの迷宮はそれ以上だ。空間というか、不思議世界。

 この世界に連れてこられた際、私はひたすら泳がされたり崖から飛び降りたり……階段を延々と転移して上がったり枯れた泉を歩いたり……ろくな目に遭ってないな。この驚きは、本来あの時に感じていてもおかしくなかった感情だろう。

 視界に映っているのは一面に広がる草原と高い山嶺。今し方出てきた黒い穴以外は、青い空と白い雲、そして草原や山々の緑だ。泉を抜けた先の森と違って緑にも濃淡があるし、ところどころ花も咲いている。あの森に比べればよっぽどこちらの方が自然らしい。

「これが迷宮の中? どこにでもありそうな大自然だけど……雄大だね。これは驚いたよ」

「これは宝箱を見つけるのも大変そうだね……それ以前に魔物を見つけるのもだ」

 遠目を使うと、そこかしこで魔物と戦っている冒険者の姿が確認できる。この辺りは言うなればパイトの第二層、新人が身体を動かすにはちょうどいいのかもしれない。

 それにしても三百六十度ここは山に囲まれて──いや、数箇所途切れてるな。あそこから隣の区画や次の階層へ向かうのかもしれない。

 だがそんなことよりも。

「ねぇ、あの山越えてみない? 向こう側がどうなってるか気になる」

「いいよ。結構標高ありそうだけど、冠雪もないし……草原は人多そうだもんね、見に行ってみようか」

 かなり気になる。ああいう景色の良さそうな場所にはどうしても足を向けてみたくなる。

 どうせならと、人が多く足を向けているのとは逆……おそらく次の階層側とは真逆の方向へ向かって走り出す。リューンも二種の強化魔法があるため、私と一緒に走れるようになっている。

「靴に無理がかかりそうだったら教えてね。それなりに丈夫みたいだけど……どんなもんか分からないから」

「人造の物とはいえ魔導具だからね、いい感じだよ。今本気で踏み込むと地面が穴だらけになるから、そこだけ気をつけないとね」

 私と一緒に行動する上で最も重視しなければいけない装備は靴だ。私は未だに馬車の類を利用したことがない。走るか船かだ。余程のことがない限り、この状況は変わらないだろう。

 そしてルナで手頃な魔導靴が見つかったのでリューンに一足プレゼントした。特に効果はないが、とにかく耐久性に振り切った飛脚用と言えなくもない物。私のものと違い普通のブーツ並に軽いが、その分防御力は劣る。私も欲しいので一足発注をかけている。


 草原でウサギのような魔物と戦っている冒険者から距離を取って山へ向かって走り続け……山の麓まで辿り着いた際に変な魔物と遭遇した。盛り上がった水たまりが揺れているような、ゼリー状の変なヤツ。

「スライムだね、一匹居るってことはその辺にまだいるかも。ちょっと試し切りさせてね」

 スライム! 私でも知っている。勇者に棒を一本与えて城から放り出すゲームの、序盤から出てくる魔物。初めて見た、こんな不思議生物もいるのか。

 私が最初に出会った魔物が狼ではなくこれだったら、私はこの世界のことを現実だと思えなかったかもしれないな。そもそも私はただの管理人であって、棒こそ握っていたが勇者などではない。

 顔もないし、あまり可愛くはないけど……リューンが無造作に近づいていくくらいだから、そんなに強くはないのかな? あのゲームのスライムって何かしてくるのかな、魔法を使ってきたりとか……分からないや。変な先入観があるのも危険だし、忘れよう。

 スライムはただぷるぷる震えていただけだったが、獲物が近づいてきたのに気づいたのか、より一層ぷるぷる震え出すと……身体の一部を飛ばしてきた。横にズレて回避したリューンが先ほどまでいた場所からジュッと音を立てて煙が立ち上る。酸? そんなものに剣振るって大丈夫なんだろうか、黒いのは不壊だから大丈夫だろうけど、普通の剣は……。

 リューンはスライムから少し距離を置いて待機している。そして少し時間を置いてスライムがまた酸を吐き出し、それを黒いので切り払ってみせた──が。

「えっ?」

「んっ?」

 リューンは頭に疑問符を浮かべ、私は彼女が何に驚いているのか分からなかった。現象としては、スライムが酸の弾を飛ばしてきて、それを切り払って消失させた。ただそれだけ……消失?

「ねぇリューン、あの酸? の弾って、魔法?」

「……うん、そうだよ。魔力を使ってる。術式があるのかはわからないけど、魔法と言えるね」

「あれ、斬ったら霧散するようなものなの?」

「しないよ。発現した魔法はもう物理現象だもの。火弾を切っても炎は消えないし、水玉を切っても水は残るよ」

「……消えなかった?」

「……消えたよね?」

 会話しながら注意深くスライムと対峙しているエルフは困惑顔を隠せていない。黒いのに魔法を破壊するなんて機能は、少なくとも鑑定では現れていなかった。まぁ十中八九魔力吸収の仕業だと思うんだけど。

 しばらくして、ゆっくりとこちらへ近づいていたもう一匹のスライムが私を射程に収められる距離まで寄ってきた。私に向かって酸弾を飛ばしてきたのでそれを十手で打ち払ってみる。水風船を潰したような感触で酸が一面に飛び散り地面を焦がすだけ。消えない。それを横目で見ていたリューンも……ようやく現実を受け入れる気になったようだ。スライムに一太刀入れて屠り、私が放置している二匹目に近づいて……そいつの酸弾を一発あしらってから斬り捨てた。魔石は残さないのかな?

「魔力吸えた?」

「──サクラ、これ、黒いのやばいよ。吸えたなんてもんじゃない。これ、下手すると無限に動けるよ」

 涙目になりながらぷるぷる震えている、スライムかな? 彼女が説明するところによるとこうだ。

 効果は一律で定められているものではない。腕力を上げる効果の付いた魔導具があったとして、それが子供が剣を頑張れば振れるようになるようなものであっても、山一つ持ち上げられるような怪力になるようなものでも、鑑定では『筋力上昇』などとしか表記されないらしい。次元箱の鑑定の際は消費極小などと個別に表記されていたが、あれはまた別なのかな。

 つまり魔力吸収にもピンキリあって、黒いののそれは効果が高かったのかもしれない。単に吸収量に驚いただけで効果自体は高くないという可能性もあるけれど、どの道比較対象は五百億以上するような武器だ、普通は国の宝物庫に入っているわけで、簡単に検証できるようなものでもない。

「私、斬った魔物から魔力を吸うようなものだと思ってたんだけど……魔法も斬れるんだね」

「なんでもかんでもとはいかないと思うけど、この様子だとたぶん、ある程度なんでも斬れる……と思う。そんな感触がする」

 下手するとこのエルフは山火事のような凄い炎の魔法でも剣を振れば消せるのかな? 便利だな。流石に本物の山火事は無理だろうけど。

「対魔法使い用防御結界リューンちゃんだね」

「失敗したら私消し炭になるよ……やめてよ……」


「それで、あいつら魔石は残さないんだ?」

 その後数匹検証素材になってもらい、山を駆け登りながら聞いてみる。この辺にもスライムしかいないため無視している。

「スライムは種類が多いけど、基本的にほとんど低級なんだ。もちろん格が高いのもいるんだけど……サクラも知ってるやつだと、ヒヨコとかヘビとか、あんな感じだよ」

 分かりやすい。私なら小粒を残すかもしれないが、それだけか。

「あいつらは何を残すの? 水石?」

「スライムは基本的に瘴石を残すよ。あいつらああ見えても瘴気の塊なんだよ。火弾を飛ばしたりする個体からも火石は取れない、水みたいだけどね」

 浄化黒石か。瘴気持ち以外からの入手手段があったとは……。とはいっても、米粒みたいなものを延々と集めても……効率が悪いどころの話じゃないな。

 とはいえ、私がこの世界で能動的に量を確保できない唯一の魔石だっただけに、それが分かったのはありがたい。普通の冒険者なら知っていそうなものだけど。

「死体はお金になるの?」

「ならない。それでいて増えるし飛び道具は持ってるし雑食で作物は荒らすしボヤ騒ぎを起こすし……やんなっちゃうよ、ほんと」

 魔物というよりは害獣のような扱いだな。強く生きろスライム。


 山嶺の天辺が近づくにつれ、遠目でも先が見通せなくなっていった。霧がかかったというよりは、風景が薄くなっているというか……。山の麓からは山の向こうに青空が見えていたのだが、今はそれも見えない。

「止まって。これはだめだ、引き返そう」

「これ以上は危険かな」

「危険というか、これで終わり。ここはパイトで言うなら迷宮の壁だよ。この先は地面がないかもしれないから進まない方がいい」

「どこまでも広がる大自然、ってわけじゃなかったんだね……つまりあの山々の先はないわけだ」

「隈無く探し回ってもたぶんね。一面型の迷宮っていうのもあるからそれかもしれないと思ったんだけど、箱型だったね」

 その日は帰りがけにスライムを散らし、ウサギを数匹仕留めて早めに迷宮を出た。ウサギは緑石を残したが、ヒヨコよりはマシといった程度だったので空調の足しにしかならない。この階層はもう無視していい。

「とはいえ、パイトのそれより遥かに広いのは確かか。流石大型迷宮」

 昼食を取りながら今後の予定を考えるが……順に階層を確認していくのも、どうかなぁ。時間の無駄な気がする。

 私は単騎なら死神と打ち合いができる。リューンもきっと同等以上の戦力だろうが、彼女は今日初めて剣で魔物を倒したわけで、まだ圧倒的に経験が足りていない。しばらくはリューンに場数を踏んでもらおうか。

 皿に山盛りになったサンドイッチを笑顔で頬張っているエルフを見ながら考える。技術はある、知識もある、装備もいいし武器は最高品質。ただ経験がないというのは命取りになる。

(あの草原はお金にならない。時間を使ってもいいと思えるところまではサクサク進んで……そこから修練かな。一つ気になっているのが黒いのの切れ味だ。あれ、案外攻撃力は……そう規格外ではないのかもしれない)

 ウサギを斬る際に若干ではあるが引っかかっていたような感じがした。身体強化を抑えて試していただけかもしれないが……最高の切れ味の剣だと今は考えない方がいい。それはリューンの価値を損なうものでもないけれど。

 そもそもそんなこと言ったら私の十手は攻撃力プラスゼロだ。不壊っぽくて気力と神力を通すだけのものだし……引き寄せとか転移できるけど、それは私に備わった機能であって十手固有のものではない……そういえばこの子王都で神力使ってたっけ。あれは結局何だったんだろう……。



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