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コスモは呆気にとられている。
腕っぷしの強そうな男のバリトンボイスから、ヒステリー気味の奥様から発せられるようなセリフが次々に飛び出す。指をさして、腰にもう片方の手を当てて、
「信じらんない!ホン…ホント信じらんない!」
しかりつけてくる。
品物は、銀縁の手鏡。上部にささやかな翡翠などの宝石をちりばめており、職人が特注されて作った一品。
女性ものの手鏡を男性が使おうと構わないが、これはコスモがきちんと出所を確かめた上で買い取ったものだ。間違いなくこのオネエ言葉の男性のものではないと言い切れる。だが、見た目が強そうで、中身がヤバそうなこの男の相手をするのは戸惑ってしまう。
(もう、最悪!私が店継いでからこんなのばっか!これだって安くなるまで必死になって手に入れたのに!大体何なのこの男!?いきなりやってきて難癖付けて…あなたの物なわけないじゃない!たとえ過去にそうだったとしても最終持ち主は間違いなく別の人なんだからとやかく言われる必要はないでしょ!一体全体どういうつもり!?」
はっとコスモは口を押えた。いつの間にか思っていたことが口からこぼれていた。ただそこに対しては起こる様子もなく、ひたすら自分のものだと男は主張してくる。
「これは!ワタシの!手鏡なの!」
ここまで張り合わられると、もうどうにでもなれの心持になる。
「んなわけないでしょ!?」
お互いの語彙が少なくなり、ワタシのだいや違うの激しいラリーが続いた。そもそも向こうに譲るつもりはないと察したコスモは切り札を突き付ける。
「これの!前の持ち主は、あの、魔女、ミーティアなのよ!?」
「だからそうだって言ってんじゃない!」
「ハァ!?あんたはただのおっさんじゃん!」
男は青年である。だがこのセリフが大分心に響いたようだ。なぜだか口を動かし叫ぶようなしぐさをするものの、声が全く出てこない。となれば恐れる必要はない。続けざまにコスモは主張する。
「この手鏡は、王宮が魔女を処刑した後、魔女を二度と復活させないためと称して安価で彼女の私物を売っていたのよ!私はそれを買い取っただけ!」
処刑後、城下町のバザールに宮の仕えの一団が現れ商人たちに魔女の使っていた品物を売って回ったらしい。当然ながらそんな不吉な品物は誰も手を出したがらない。買い手がつかないままどんどんと値が下がり、ほぼ投げ売りのような状態だったところをコスモが買い取った。
「そんな…まさか…」
「まさかも何も真実よ。ちゃんと保証書もついてるわ。…この通り。」
コスモは各品物の保証書の束を麻ひもでくくりいつも腰のベルトに携帯している。その中から王宮の宰相の印の入った保証書を男に突き付ける。
「わかった?これ以上変なこと言ったら警吏を呼ぶわよ。」
コスモは勝ち誇って胸のすくような思いを味わった。しかし突然男の様子がおかしくなる。
「ぐっ、げ…!」
何か呻いた後、男はその場に倒れてしまった。