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店主には近頃ある悩みがあった。経営を引き継いだことではない。今もずっと悩んでいることだ。ため息をつく。
人がドアを開けると小さなベルがそれを告げる。
「いらっしゃいませ」
ただ一言だ告げて、あとは客の足運びをゆっくり確認する。
お客様は足でわかる。靴で大体の収入を測り、その手入れ具合で性格をイメージする。ただ入っただけなのか、それともなにか買うものがあるのか、はたまた新たな品物との出会いを期待しているのか。その一投足を店主は見逃さない。
どうやら此度の客は相談がしたいようだ。止まっては進み止まっては進みを繰り返しその割には品物を眺めてはいない。
「よろしけば、私が相談に乗りますが」
シャンと立って店主はその客に声をかける。しかしすぐに歩み寄るような真似はしない。いきなり近寄ると驚いて買う気を失ってしまう小心者もいるのだ。話を聞いてくれそう、頼りになりそう、そんな雰囲気をにじませて相手が認めれば自然にある程度の領域まで踏み込ませてくれるようになる。いきなり真横に立って声をかけるのは間違いだ。誰もが警戒をしてしまう。金を持っていても小心者は小心者だ。
「ああ、ええ…」
まごつくお客様。間違いなく何かを買いたい様子だが、話すことが苦手らしい。
「今流行の魔女の逸品をお探しですか」
そう、と客は答える。
「巷で流行るや否や皆がこぞって出品しだしましてね。ただ、私が見た限り偽物が非常に多い」
「ああ、やっぱりそうなんですか」
会話ができるようになった。
「その点でいいますと、本物である証明に直筆のサインまで入っています」
客は初めて品物を眺めた。販売ケースの中の手鏡を360°ぐるりと回ってそのサインを探す。
「あっ」
間違いなくミーティアの文字が彫られていた。客は懐から自分が持っているミーティアの資料を取り出し、サインが入ったページをその手鏡の横に並べてじっくりと確認する。
「いかがでしょう、ご納得いただけたかと」
「この品物は、店主さんが?どこで?」
この客もなかなかのマニアらしく、出処が気になるようだが、そればかりはにこやかに微笑み返すだけではっきりとは答えなかった。ただ、
「娘の目利きによって見出された品々ですからね」
と少しだけ自慢をした。店主は少し天井を見上げる。見上げた天井の先にはミーティアの自室があるのだ。
「…ということなの。なんか最近、張り切り過ぎなんだよね」
「まあロンさんって真面目そうだし」
女子同士話しができて嬉しい幽霊のミーティアと、ミーティアが見れて嬉しいコスモが額を寄せて、近況報告をしていた。
ロンはこの近くの別の店へ買い出しに行っている。現店主である父親が戻ってきたので、コスモの部屋に招かれることは控えたほうが良さそうだった。身内には厳格な父親であるが、一人娘の元に得体のしれない男が出入りしているとなると気が気でないだろう。この提案はロンからされたものであった。
ロンはこのところ常に張り詰めている。
「頭蹴られてイライラしてるのかね」
コスモは裁縫道具でなにかの針仕事をしている。糸を歯で噛み切っている姿が妙に様になる。
「そうじゃないといいんだけど…」
ミーティアは少し表情を曇らせた。
「なんていうか、気分転換させたほうがいいかもね?」とすかさずコスモが明るい提案をする。
「なるほど」
じっとミーティアはコスモの顔を眺めた。
「えっ、あの私は特に思い浮かばないけど…」
「なんだ」
その拍子にプッと針が親指の横っ腹に刺さった。
「あ痛ァ…」
「気分転換ねェ…」ミーティアは顎に手を当てる。これまでの二人の歩みを思い返してみた。
「そういえば…」
「何か好きなことでもあった?」
コスモは指先にできた玉のような血をチュッと軽く吸う。
「んや、その逆」ミーティアは首を横に振った。
「ワタシ、ロンのことなんも知らないなって」
そういったミーティアはため息を吐きながら窓枠に肘をかける。
「じゃ、ミーティア様、そこから始めてみれば?さり気なく好きなものとか好きなこと聞いて準備しとくの。それなら多分気分転換にもなるし、お互いをしれて一挙両得」
「…」
ミーティアは窓の外を眺めたまま少し考える。
「ふふん、悪いアイデアね」
「ややこしいな」
ニヒルな笑みを浮かべるミーティアにコスモは苦笑する。
店主には頭痛の種があった。店を継がせた一人娘の商才の無さに対してではない。最近誰かと話すぐらいの声量で独り言をしているのが真剣に心配である。今商談していてもちょっと聞こえていた。しっかり商売してあげなくては、と決意を新たにするのだった。




