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ミーティアはいつもロンの隣少し上を歩いている。歩くといってもあまり歩いている感じがしない。足を動かしていても頭頂部が上下しないので、言ってみれば滑りながら前に進んでいる。広場から離れた後、ミーティアはそうやって移動しつつ腕を組み、何やら深くお悩みの様子であった。
「大きなことがなければ記事も目立たないわけね…」
「そりゃそうですよ。」
「でもそういうド派手なことって何?何をすればトップトピックになれるの?」
ミーティアは長い髪を掻きむしった。生きている時は、確か金糸のような輝きがあった。それが死の直前に取り乱したせいで、今ではひどく縮れてくすんでいたり白髪になっている部分が多い。
「まあ…王宮で大暴れすれば記事にはなると思いますが。」
「そんなアホみたいなことしたくない。」
「なら金庫破りとか?」
「私の力じゃ何ともならないでしょ。」
「じゃあ大火事を起こす。」
「……」ミーティアはため息をつく。
「よくもそんな物騒なものばっかりぽんぽん浮かぶねェ。あー恐ろし。」
だって復讐だって言ったじゃないか、とロンは出かけた言葉を飲み込む。
「いい?無差別なのはイヤ。殺しとかも野蛮。盗むのは面倒。」
意外と制限の多い憎悪の晴らし方である。こういう思考の行きつく先が、これまでの迷惑行為だと言われるとこの先が思いやられた。
ロンも腕組みをして遠くを見る。古めかしい小さな店があった。その前の通りを子どもたちがはしゃいで走り過ぎていく。赤レンガの屋根伝いにどうやって上ったのかネコが音もなく渡っていた。風見鶏がくるりと向きを変え、空へ風が抜けていった。
この街は春である。
「そもそも」ロンが店をぼんやり見つめたまま語りかける。
「目立ってどうするつもりなんですか。」
ミーティアはロンの目の前にヌッと首を突っ込んで覗き込む。
「決まってるじゃない?」
三歩分前に滑った。
「『これはミーティアの祟りじゃア!怒りを鎮めなくてワ!』ってのを期待してるの。」
「ええ…?そんな、そんなのでいいんですか…?」
ミーティアの意外な願望に不服そうな生きているロン。
「やっぱりねェ、超然的な力を持つ私としては私の日、みたいな記念日がほしいよね。そして未来永劫その日にはみんなで私に対して謝るの。土下座よ土下座。ハハァーッって。」
その場面を想像したのかニヤニヤと悪い笑顔を見せる。
(…なんともささやかな願いだ。俺は、それを叶えるだけでいいんだろうか。)
にこやかに野望を語るミーティアに対して、なんだか晴れがましくない、困ったような表情で足元に目を落とすロン。
「…なァに、まだなんか不満があるわけ?それとも私の真の狙いを知って恐れをなしたのかな?」
不敵に笑ったが、もはや全く凄みを感じない。
うつむいているロンを見てミーティアは、なにやら彼の様子を好意的に捉えたようであった。
「ま、善人であるロンには心苦しいでしょうね。だけど残念。あなたは私の尖兵となって、この街を混迷の渦に落とすのよ。」
そういうミーティアは次なるターゲットを見つけたようだ。
「さ。早速一働きしてもらおうかな。」
ロンの頭のてっぺん、つむじをぐるぐると骨ばった指でかくと、そこへ向かって吸い込まれるようミーティアが消えていった。
次の瞬間、ロンがぱちくりと目を瞬き、そのまままっすぐ、笑みをこぼしながら小さなアンティークショップへと足を運んだ。