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噴水のある中心地の、王都のニュースを伝える掲示板前にさっそく人だかりができていた。おおよそ大きな事件でもない限り記事は週替わりで、今日がその更新日なのである。
昼下がり、買い物カゴをぶらさげたおばさんや、丁度休憩中の憲兵たち、どこに住んでるんだかわからないような壮年の方々、みなが垣根なく集まってこの街の最新情報を眺めている。
その人ごみの中にロンもいた。ミーティアは彼の頭に寄り掛かりながら頭を突き出してのぞいてた。
「ぎゃっ!!今誰か私のお尻触った!」
「そんなはずないでしょう…。」
ミーティアはロンにしか見えないしロンにしか触れられないしロンにしか聞こえないのである。
だが彼女は主張を続ける。
「いえ、絶対!呪ってやる…!」
「あなたが言うとシャレにならないんですからやめてください。」
ギョロギョロとあたりを見渡すが誰一人彼女のほうに目を向けてはいない。だが自身が今乗っかっているロンの周囲には人一人分くらいの空間ができているのがわかった。
「なるほど…」ミーティアはほくそ笑んだ。
「私を恐れてさっさとどこかに消えていったみたいね…」
「…そういうことにしておきましょう。ほら掲示板、見えましたか?あなたが見たいって言ったんですからね。」
「…なァにその、仕方なし、みたいな態度。ロンも呪われたいの?」
ぶつくさお互いに文句を言い合いながら、人垣にできた少しの隙間をぬって、掲示板を読みやすい位置に移動していく。
ロンとミーティアは気づいていなかったが、突然独り言をしゃべりだす男の近くには立っていたくないのが一般的な心情である。見えない死者の呪いの言葉よりも、一人で受け答えしているような男の言動の方がはるかに怖いだろう。
「どれ…」
ほとんど最前列からミーティアが掲示板をのぞく。掲示板の隣には必ず仕事中の憲兵が立っていて、必要以上に近づくことができない。
近づいて破いて盗むような輩もいるので意外と掲示板の警備も仕事として成り立つのだ。彼らは宮仕えの衛兵のような全身メタルプレートのフル装備ではなく、なめし皮の簡素な鎧とその上から厚手のコートを羽織って微動だにせず立ち尽くしている。武器は槍を一本立てているのだが、それに体を預けているか寄り掛かっているか、ちゃんと持っているかでその人のおおよその真面目さが図れるとロンは言う。
そんなことはおかまいなしにミーティアは前に出てじろじろと内容を読む。
「『アジャリヶ丘 セバフロックスまもなく開花、花見の会を設けます』…」
セバフロックスは春も中旬が見ごろの花で毎年時期になると花畑が一面赤紫の鮮やかな色で埋め尽くされる。「春の絨毯」の異名を持つこの花は王都の人々からもとても人気で、普段は静かな北東のアジャリヶ丘も観光地としてこの時はにぎわう。
「んぎぎ…」
そんなさわやかな一報を憎らし気に歯ぎしりしながら眺めるミーティア。
「…なにごとですか?」
「こんな花なんてどうでもいいじゃない!ここ数日色々騒ぎを起こしたのに…誰も大トピックとして扱ってない!」
確かにミーティアの言う記事は、右の端の方にちょこっと『不審者に注意!』という見出しを添えられて、突然奇行に走る男性が街をうろついていることが記されているだけであった。
「いやまあ…こんなもんでしょう。」ロンはうなずく。
「花は毎年咲くでしょ?毎年毎年この時期はこの記事じゃない、いつも通りの話より変わったことの方が大事でしょうが!」
「被害も最小ですし、ちゃんとお金は払ってますし、店の人とお客さんが嫌な思いをしただけなので…」
「でも本の作者とか食べ損ねた衛兵は躍起となって犯人を捜すでしょ!?」
「捜すかなあ…」
また何かおいしいものでも食べましょうとロンは頭に寄り掛かるミーティアをなだめながらそっと掲示板の前から消えていった。街の人々もそれ以上は気に留めることもなく読み終わったものから広場を去っていつも通りの生活に戻っていく。