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コスモは、交渉に来た客に出す用である背もたれ付きの木椅子をカウンターの奥から引っ張り出し行儀よく膝を閉じ、つま先をそろえてちょこんと座った。なんだかドキドキしているのか妙に落ち着かずまっすぐどこかを見つめている。
「ロンさん、今ミーティア様は?なるべく何をやってるのか知りたい」
ロンがコスモの頭の少し上を見つめる。ミーティアは今、後ろ手に組んで体への入り口を探している…といったところだ。
「考えつかなかったァ」
ニコニコしながらコスモの頭の周りを回る。
「うーん、つむじがわからない…」
「…彼女に入るのもつむじからなんですか」
「…たぶん?」
なにせロンに入ったときも偶然見つけた入り口だったのでミーティア本人も確証が持てない。
伝えてほしいと言われたのでロンはコスモに今のミーティアのことを伝える。
「とりあえずいま入るためのつむじを探してます」
「へェ、そこから入るんだ…」
コスモは内ポケットからクシと手鏡を取り出してさっさと髪の分け目を示した。
「なかなか気が利くね!」
「ミーティア様は褒めてますよ」
よかった、とコスモは笑う。コスモ自身はそこにミーティアがいることを感じ取ることすらできないが、この不思議な状況が帰って本当にそこにいるような気にさせてくれる。
(我ながら、なんとも純粋なもんだ…)
と時折冷静さを取り戻すが、どうせあの販売会には参加するのだし、失うものも特にないので乗っかっている。そしてそれ以上に彼女の、否、ロンの口から聞かされた魔女の最期が心に響いていたせいでもあった。
「よし!」
ミーティアはぐっと手に力を込めた。
「力を込めてます」
いよいよコスモの中に憑依するときが来た。つむじに狙いを定めるようにピンと人差し指を立てる。
「指をつむじにおいてます」
呪いの言葉をつぶやき始めた。
「何かを唱えてます」
「息を吸いました」
「ゆっくり…」
「うるっさいな!!」
ミーティアがロンを怒鳴りつけた。集中できないから黙れという。
「ええと…叱られました…」
「でしょうね…」
コスモも察した。なるべくミーティアの邪魔をせずに報告をしろと伝えられる。生者と死者の板挟みになった。
「え、気を取り直してェ…」
ぐるぐると彼女の頭頂部に指で円を描きながら虚ろな目でトリップしていく。ロンも興味深かった。自分の中に入っていくときはこんな妖艶な姿を見せているのかと。視界にはいつも入らないので彼女の表情など全く見たことがなかった。
だがしかし。
「ね、ロンさん…もうそろそろ?」
コスモがこわごわささやく。ミーティアを見るといつものように溶けておらず、はっきりとした人間の姿のままで彼女の頭の上にいる。
「まだ…みたいです」
そう言われて再びおとなしくなるコスモ。だがミーティアは首を傾げていた。よく聴くと呪文はもう最後まで読み切ってしまっているらしく、なんの変化も現れてないので困惑しているようだ。
「ちょっと待って!」
ミーティアはすかさず、ロンの方に翻ってくる、そしてなれた手付きで彼のつむじに指を当てて、早口で会話をするように呪文を唱える。
「あれェ?」
ガクッとまた膝から落ちたかと思うとまたカマっぽい話し方でロンが頬に手を当てた。
「なんでコスモの中には入れないのォ?」
ロンが首を小さく傾げた。