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「そのフリッター三人分ください。」
「え、あいよ。席に持ってかせるからちょっと待ってな。」
夕暮れ時、揚げ物屋のおじさんは少し驚いて客を眺めた。しかし、その人は男性に見えるし筋肉もついている。ならば三人分の揚げ物を一人で頼んでも不自然ではないと思い直し、油が煮立つフライヤーの前に立った。
ところがいざ給仕に運ばせようと振り返ると、まだそこにその青年が立っていた。
「あれ、だから席に。」
「…いえ、結構。」
皿に添えられたフォークを鷲づかみにして、山に盛られた揚げ物に突き立てその場でほおばり始めた。
「おいおい…」
何と意地汚いのか。おじさんがげんなりして見ていると、その視線に気づいた青年が見返してきた。おじさんだって異様な行動をする人間とはあまり関わりたくないので、目をそらして今必要もない作業に入ろうとしたところ、やはりというか案の定青年から呼び止められる。
「あの。」
「……」声をかけられては無視することはできない。それが接客業である。
「なんでしょう…?」
おじさんが振り返ると青年がいきなり握ったフォークを逆手に持って勢いよく突き出してきた。
おじさんはヒャッと悲鳴を上げて後ろに飛びのく。
「…これ、もう一本あります?」
不審なまなざしを向けながら、親指と人差し指でフォークの柄の方をつまんで放り投げるように差し出した。青年はにこやかに気にせずそれを受け取り、空いてる方の手に握りしめた。両手のフォークを交互に使いながら器用にバクバクと口へ運んでいく。皿が空になりかけるとすぐにまた声をかけてくる。
「おかわり。」
何と意地汚いのか。他の客もそう思った。
ようやく満足したのか七回のおかわりを経て、フォークを置く。ポケットからハンカチを取り出し口元を拭く。この所作だけは意外なことに品性を感じられた。
「ご馳走様。お代はこちらに。」
そういって最終的に九人前ほどになった料金分のギャリオン金貨をカウンターに置いて青年はさっさと出て行ってしまった。特になにか被害があったわけではなく、ただ揚げ物のストックが無くなってしまっただけである。ついでに次に入ってきた仕事終わりの衛兵さんが大分待たされたぐらいであろう。
夜になるとミーティアは少し活動的になる。生前陽の光が苦手だといっていたのでおそらくその影響だろう。とにかく、昼間よりもくっきりとロンは彼女の影をその眼でとらえることができていた。
夜風に当たりながら満足そうに空中を滑るミーティアを横目にロンはお腹をさする。
「あのですね。偏食はやめてほしいんですけど。」
「食べたことなかったんだもの。」
だからといって自分の胃の許容量を超える揚げ物はさすがに堪える。油と脂がずっしりとしにのしかかるのをロンは感じていた。
「…おいしかった。ね、ロンもそうでしょう?」
「後味、油のものしかしませんけど…」
ねばつく口を動かして唾液で洗い流そうと動かした。
「せめて一皿目ぐらいは自分で食べたかったし、ちゃんと席について食べたほうがよかったですよ。」
「でもあそこならすぐおかわりできたでしょ?」
なんでそういうサービスって存在しないのかとミーティアは文句を言った。
文句を言いたいのはロンの方だ。死んだ彼女と出会ってから、彼女の行動に振り回されっ放しである。しかめっ面のロンを見てニヤリとミーティアがほほ笑む。
「また行きましょうね。」
ロンはうんうんと頷いただけであった。