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女店主コスモに案内されて商談に使う一回の奥の部屋に通されるロン、そしてその後をつけるミーティア。入り口含めて四方が漆喰の壁に囲まれた少し埃っぽい部屋だ。天気のいい日は入り口と廊下の窓を開けて空気の入れ替えをするそうなのだが、このところ来客の予定もなく、外も曇りがちで良い天気ではなかったので、それを怠っていたという。
「どーぞ、こちらへ」
コスモはそう言って入り口側の下手の席を引いた。
上座はもちろん主たるコスモの席である。ドカッと音を立てて木椅子に座り背もたれに寄りかかる。ロンも合わせて座ろうとしたが
「ああ、待ちなさいロン。ワタシを立たせておく気?」
ロンがそういって先に椅子に腰掛けるミーティアに困った表情を向ける。
(あなたはそもそも浮いてるから座れないじゃないですか…)
突然目の前の男が何もない空間に視線を送るのでコスモとしては違和感しかない。しかもそのまま椅子の横に直立して控えるので反応に困る。
だがロン側から見ればちゃんとミーティアの様子をうかがいながら行動をしているのでこれが当たり前の動きなのだ。見ている人に合わせて動くと、いま椅子に腰を掛けてご満悦のミーティアに重なってしまい、あとでとんでもない文句を言われる。
「で…一応『王室公認販売会』は商人、もしくはコレクターの間で密やかに催されてきた月一のイベントなんですが…」
もう構うものかとコスモはそのまま話を始める。
「私は父のコネがあるから参加できているだけです。」
少し苦々しい顔をする。実力不足は認めざるを得ない、このように商談モードで会話を始めてもどうしても私情が言葉に乗っかってしまう。
「というと、それは最近始まったんじゃないと?」
コスモは頷いた。
「その頃からワタシの物が売られてたの…?」
ロンがミーティアのつぶやきをコスモに伝える。
「いや、品揃えが変わったのは最近ですね。出品者に新しい人が加わったんです。」
「それは?」
「………」コスモは鼻の頭をかいた。「元々、王宮で要らなくなった品物を処分するための会でしたからね。」
そう言って誰がミーティアの品を流しているのかはぐらかされた。
「要らなくなった、ってなんなの!必要だわ!何ならここのもの全部持っていきましょうか!?」
ぷんすか荒ぶるミーティアを無視してロンはコスモに質問を続ける。
「開催場所と日時はどうなっていますか?」
「それは伝えてもいいけど…言ったところで役に立たないですよ?」
「ん…なぜ?」
今度ははぐらかさずに答える。
「中に入りたいのであれば毎度参加者に与えられてる許可証が必要だし、外から侵入しようとしても衛兵たちが目を光らせてるから」
厳重な警戒の下、秘密の販売会が行われているらしい。それでも場所の日取りは聞くことができた、今日より数えて二週間ぴったり。場所も本殿から少し離れた見晴らし塔の一階部分らしい。
「なるほど…」
侵入経路が限られる見晴らし塔なので当日はもちろん、事前に潜むことも難しい。
「…で?」
再び砕けた様子に戻ったコスモが脚を組み、肘を付き大きな態度で威圧するように訪ねてくる。
「あなたの秘密、ってのは?」
くだらない話ではただじゃ置かないといったところだ。だがロンは彼女が驚くとどこか確信していた。
「実は…」
そんなことがあるのだろうか。死した占い師の恨みが積もりに積もって生前の姿を形作るというのは。それが意思を持ち、ロンに復讐の手伝いをさせているというのだ。
「じゃ…じゃあその、占い師のミーティアはいまそこに座ってるの?」
コスモはロンの横の空席を指差す。
「えっと…」
ロンはキョロキョロと周りを見渡す。
会話が続くので退屈していたミーティアは今、コスモの背後でいたずらをしていた。彼女の頭頂部からニョキッと人差し指を出して、コスモが話すたびにピコピコと動かしてみせる。
「ええ、そうです」
(嘘が苦手な人だなァ…)
目の色、動きを見ればある程度の思考の戸惑い、揺らぎなどは見えてくる。だが、間違いなくミーティアの怨念の話をしているときはまっすぐした目で会話をしていた。
(でも、まさか怨念の話は本当なの?)
しかしにわかには信じがたい。というか言動が完全に危ない人のそれにしか見えない。
「ミーティア様の復讐の協力者を探しているんです」
(一人でやってくれ…)
どうやらその協力者として白羽の矢が立っていたらしい。
「その、ミーティアの幽霊?がいるとして、どうしてあなたと一緒にいて、どうしてあなただけが見えるのかの説明が必要」
割と譲歩しているつもりである。正気を失った人の妄言の可能性を否定はできないが、まず相手のことを信用してみようと思った。驚くほど性格が変わるのを目の前で見ている。コスモはミーティアに一度たりとも、その横顔すら見かけたことはなかったが、拘束する直前まで何一つ悪い話は聞かず、美しい神秘的な少女とだけ伝わっていた。そんな彼女の非業の死を受けて、腹の底に沈んだ鉛のような鈍さを確かに感じていた。
「それは…」
言いかけたロンががくりと首を落とす。かと思えば驚く間もなくすぐさま起き上がり目をぱちくりさせる。
「ロンはワタシの下僕となったの」
またカマっぽくなった。
「処刑場にね、この間抜けなロンがのこのこやってきたから、もう、呪い殺すつもりで出ていってやったんだよね」
「はァ…」
「そしたら、ロンは何をするのかと思ったら膝を折って祈ってたのよ、きっと恐れをなしたのね。それでただ殺すのはつまらないから取り憑くことにしたわけ」
なんとも荒唐無稽な話である。だが、おそらく今話しているのはミーティアの霊なのだろう。
「あの、あなたが占い師の…?」
「そう、まさしくそう」
トントンと厚い胸板を叩いて悠々と頷いた。




