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ポンポンと体をはたいて自分の衣服の乱れを直し、ひと呼吸を置いてからロンはコスモと向かい合う。
(またあのときの雰囲気だ…)
コスモは手から撃退用棒を放すことなく、おとなしそうな様子に戻ったロンのことをじっと見ていた。
「何から話したらいいものか…いきなり聞いても答えてくれませんよね」
「そりゃそうよ」
ロンは手振りでコスモを座るように促した。敵意を収めてほしいということであろうが、そうは簡単に気を緩めない。
その場から動かないコスモの様子を見たからか、ロンは一度手を顎にあてた。
「まず…この数のミーティア様の私物群、これは悪い品はあんまりないと思いますけど…」
直後ロンはちょっと困ったような顔をした。
「え、ミーティア"様"?」
「はい」ロンはピタリと止まりその強い瞳でコスモのことを見返してくる。眉毛がきゅっと締まって、コスモがいつも目利きをするときと同じような表情である。
「大罪を以て処刑された魔女の品をあえて取り扱う理由を伺いたいんです」
「…う、売れるからよ」
コスモが先に目をそらした。
「売れ残ってるようですが…」
店内にある大物のうちいくつかのものに、この前このロンがやつてきた後、売却済みの札がさげられていいた。当然、ミーティアの品はどれも買い手がついていない。
「しかもこれら全て、“神託の〜”の文言がついていますよね」
“神託の占術師”とはミーティアの通り名である。手鏡には『神託の明鏡』、櫛には『神託の髪梳』と銘がつけられていた。
「買い取るときは、『魔女の手鏡』とか不吉な名前だったからね…売れるようには表記を変えなくちゃいけなくて」
「思うに」ロンが手を突き出してコスモの話を遮った。
「ごまかさず答えてもらいたいんです、あなたはミーティア様に対してそこまで悪意、というか嫌悪感はないのでは?」
「え…?」
魔女が処刑されその知らせが広場に号外として掲げられた日、王都は異様な熱気に包まれた。歓喜は狂乱となり、乱痴気騒ぎが夜通し行われた。お祝いの豚が殺され、魔女のいた屋敷へと続く門にその首が飾られて、火炎瓶が投げ込まれた。路地の向こうから女の嬌声とケダモノのような息遣いが響き、酒場では何個も樽が割られた。この事態を憲兵たちだけでは抑えることができず後始末をしていた衛兵たちが慌てて騒ぎを収めるために街に出ることになる。
(邪教のお祭りだ)
コスモは静かに自分の店の二階からその騒ぎを見て冷めていた。
今は穏やかな、暖炉に火が灯る店内でロンが畳み掛けるようにコスモに聞く。
「俺は実はそうなんです。あなたもミーティア様の処刑に対して不満を持つものなのではないですか」
「…お、思うところはなくはなかったけど…」
意外な質問に対してコスモはついにたじろいでしまった。だからといって表立って反対すると今度は自分の身が危ない。力がないものはこうやって彼女の死を悼むぐらいしかできないのだ。
「…これらの品を手に入れたであろう『王室公認販売会』なる催し物についてあなたに伺いたい」
「ぅ…」
「こちらの秘密も明かしましょう、興味はありませんか?」
ロンの瞳はまた穏やかな雰囲気を帯びていた。




