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長方形の元々廃棄寸前だったところをもらい受けた机を挟み、ミーティアとロンは話し合いをしていた。
「まずいですよ」
手を組んでロンは形だけ椅子に座っているミーティアを見る。
「なにが」
「騎士団が動き出しているところが、です」
ミーティアは首をひねった。
「正直、ミーティア様が俺の体に乗り移っていろいろやらかすことは、こちらも承知していますし特に問題視していませんでした」
ミーティアは、物理的に、モノに触れることができない。壁だろうと何だろうと彼女のことは遮ることができず、ミーティアも自在に体を動かして容易に通り過ぎてしまう。少し上を飛んでいるのはうっかり人間を通り過ぎないようにするためだ。最初のころはロンの視線の位置で並んで滑っていたが、ある時、偶然ミーティアのいる場所をおじさんが通り過ぎてしまった。その直後、彼女は口元を抑えて「体の中ってあんなんなの…?」と邪念の塊にもかかわらず、げっそりして震えていた。
そして”復讐”の時はどうしても物理的接触が必要になる。そのため、たまたま入れ物として丁度良かったロンの体の中に呪術を使って入り込み、意識と全身の制御一切を一時的に奪っている。
「…ロンは魔術に対する耐性が無いものね、これがワタシに縛られたものの運命なの。悔しいでしょうがそうやって諦めるしかないよね」
「いやそれはどうでもいいんですが」
「ちょっと、なんでよ!」
ロンの眼光の鋭さが増し、肘を置いて手を組みなおした。
「ミーティア様の復讐は正直とるに足らない物ばかりでしたから」
「はァッ!?」
彼女は憤怒した。
「あ、いや一定の迷惑行為としては度が過ぎてますけどね」
「はァあ!?」
ロンとしてはフォローしたつもりなのだが、自分の邪悪な行いを迷惑行為呼ばわりされては、流石に怒らざるを得ない。荒ぶるミーティアをなだめようと、ロンが取り乱す。
「あ、ミーティア様、待ってください。そういうんじゃなくて、その、ほら大いなる目的が今まではなかったというか…とにかく復讐ではありましたが間接的過ぎたので…」
本を破ることで直接迷惑をこうむるのは本屋である。だが、彼女の真の狙いは執筆者への抗議のつもりだったので、一応彼女の中では達成されている。フリッターを大量に食べつくしたのだって、もちろん食べてみたいという欲求もあったが、あの店が城の衛兵さんたちがよく立ち寄る店だと知って行ったことである。
「奴らが悔しがる様を見れたじゃない」
「その結果が小さな見出しで逆に悔しがってたじゃないですか」
「ぐぎぎ………ロン、ワタシに今更逆らおうっていうの…!」
いつになく辛辣な自分の入れ物に悔し気な牙をむいてみせるミーティア。
「小さな見出しだからと、俺も思ってたんですが、まさか憲兵どころか騎士団が動き出すとは…」
「そう、それよ」
自分を無視して話すロンに対してもう一度首をひねった。
「騎士団が動き出すと何がまずいわけ?」
「ミーティア様…その、ミーティア様が一番よくご存知かと…」
それでもなお、ミーティアは得心が行かないようであった。
刑に処されることになったとき身柄を拘束したのが王国騎士団である。すなわち、彼らに捕まるということは、一切の弁明の余地なく、流れる川のようにあっさり刑が執行してしまう。
深刻な問題だ。ロンとしては何度か口にしているが彼女に手を貸すことはやぶさかではない。だがこれからミーティアの私物を売りさばく人物を追い詰め、制裁を加えるとなると、目立った動きがとりづらくなる。
何もないあばら家が風に吹かれてきしむ。考えれば考えるほど計画は思いつかず、重く深く沈んでいった。
先に口を開いたのはミーティアだった。
「…まあワタシはもう見つかんないし」
「いや、そうでしょうけど!!?」
「体も軽くて割と気持ちいのよ、この生活も」
「…俺に死ねと?」
とんでもない悪の片棒を担ぐ羽目になった。ロンはこの時、自分の運命を重く深く再認識したのであった。