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かくして、悪逆の魔女ミーティアは刑に処された。
彼の者の遺体は7つに分け別々の地で骨の髄まで燃やし、その灰それぞれを聖櫃に収めて人里離れた静かな祠に安置している。これは二度と魔女が復活しないようにするためである。
聡明な読者諸君も知っての通り、魔女は王宮につかえる占術師の身を利用して、密かに悪魔と契約し呪詛を唱え、我らが王を苦しめていた。はじめは近衛兵団も、宰相も他の誰一人とるに足らないちょっとした不幸だとばかり思っていたのだが、遠国より贈られたペットのトラが事故に遭ってからその呪いが疑われるようになった。
緻密な調査と取り調べによって我々がその元凶を突き止め追い詰めたのである。
魔女は激しく抵抗したものの勇敢なる近衛兵と力を合わせ捕らえることができた。なお、残念なことに暴れる魔女によって何名かの兵士が負傷した。しかしながら魔女は呪術に力を割きすぎたのか傷をつけるほどしかできなかったので安心していただきたい。
彼の者は王に個人的な恨みを持ち、それが
昼下がりの静かな書店に突如紙の破ける音が響いた。
「えっ、お客さん!?」
客足も落ち着きベストセラーのコーナーをチェックしていた店員が、奇行に走った青年に慌てて駆け寄る。だがひ弱な書店員では3、4歩離れたところまでしか近づけなかった。何せ彼の露になった筋肉質な腕は店員の2倍、いや目を血走らせている様子の今なら3倍ほどにも大きく見えてしまって。
「おやめください…!」
店員さんは自分が思っている以上にか細い声で注意をしている。
「えっと、おや…おやめください!」
それでも青年はなお夢中になって、今月のベストセラー、発売後即重版の『魔女に与えた鉄槌』をご丁寧に一ページ一ページ破り捨てていく。破いたらすぐにくしゃくしゃっと握りつぶして興味なさげに床に放っている。
「あっ、憲兵さんを!君、いってきて!」
ようやく思い出したようにカウンターで接客していた他の店員に応援要請をした。
だがその声は聞こえていたのか、それに合わせて青年は無言で走り出した。ドアを押しのけて出ていく寸前、小さなヤギ革の袋を足元に捨てていった。
店員は後を追うよりも早く、そのジャラリと音を立てて床に落ちた袋に飛びつく。中を開けるとちょうど本と同じ値段のギャリオン金貨と銀貨が入っていた。
石造りの街角を二つ三つと曲がって行方をくらます青年。やがて街の中心からそれて居住区の一角にただり付く。前後左右上下と見渡して誰も追っていないか誰も怒っていないかを確認し、自分以外誰もいないとわかると大きく安どの息を漏らした。
「はぁ…はぁ…」
呼吸を少しずつ整えると、彼はキッと何もない空中を睨みつける。
「ちょっとォ!ああいうのはやめてくださいよ!」
そこにいるのは青年一人だ。だが、彼の目には何かが映っているようでしきりに視線を動かしている。
「だって、あれ嘘ばっか書いてんだもん。」
声も聞こえていた。
「あの店、俺結構利用してたんですからね!?もう行けなくなっちゃったじゃないですか!」
厳しい口調に口をとがらせて地団太を踏む青年。
「まあまあ、あんないい加減な本が売れる店なんてロクでもないしなくてもいいわ。それに本屋さんなんて他にもあるじゃない。」
「そういうことじゃなくてですね!」
犬歯をむき出しにして空に噛みつく。
「…なァに、ロン?この私のやることに何か文句でもあるわけ?」
そう言ってキュッと目を細める女性がロン青年だけには見えていた。
その影はおぼろげで今なお苦しみと悲しみの混ざった肌艶をしている魔女、ミーティア。