幕間の物語:少女と魔法使い(前編)
幼少期の頃。
年齢にして6歳頃までだろうか。
いや、もしかしたら8歳頃までかもしれない。
とにかく、親に甘えたい年頃の幼少期に、父と母と触れ合った記憶がポーラ・アクターには無かった。
それこそ全く無かった。本当に、一切無かった。
父が国王ということもあり、ポーラの家族は皆が広い王城で暮らしていた。
いくら広い王城とはいえ、同じ屋根の下に暮らしているのだから関わることは多々あるだろうと思うかもしれないが、生憎と父は国王で多忙だった。
母も父の補助であちこちの権力者と会合ばかりをしていて、その意識がポーラへ向けられることはほとんど無かった。
そんなポーラに父親の部下たちは本を与えた。
当然、それは父親の指示だったのだが、そんなものはポーラが知ることでは無い。
ポーラは、親の愛を知らず、本の暖かさに包まれて育った少女だった。
そんなポーラに転機があったのが、6歳だか8歳だかの事。
朧月が曖昧に夜を照らす秋の日のことだった。
季節の変わり目で中途半端な気温に、上手く寝付けなかったポーラは当時読んでいた本の影響で米国王城内を冒険することにした。
生まれてから数年。自分で歩けるようになってからもそこそこ時間が経っていたはずなのに、王城の中は見たことの無い部屋や知らない通路がたくさんで、ポーラは本当に冒険をしているような気分で楽しかった。
小一時間ほど王城内を歩き回った頃、内装の雰囲気がガラリと変わる場所にポーラはたどり着いた。
それは良い方向への変化で、ただでさえ豪華な内装はより一層のこと豪華なものへと変わった。
もしかしたらこの奥に宝物があるかもしれない。
などと胸を高鳴らせるポーラの耳に、ふと誰かの話し声が聞こえてきた。
声のする方へと近づいていくと、その声は1人のものではなく、男女1人ずつのものであることがわかった。
そして、ポーラはたどり着く。
僅かに扉の空いたその部屋に。
恐る恐る扉へ顔を近づけ、僅かな隙間から部屋を覗く。
ただ、隙間から部屋の様相は伺えず、声だけがより明瞭に聞こえるようになる。
「そんな……どうしてあの子が選ばれないといけないの……」
それは、自分以外への誰かへと向けられたものなら何度として聞いたことのある、母親の声だった。
すすり泣く声も聞こえ、何かよく無いことがあったことは確かだとポーラは幼いながらに思った。
「仕方ない。いずれこうなることはわかっていた。一人っ子である以上、必ず選ばれるのだと」
なだめる声は同じように自分に向けられたことがほとんど無い父親の声。
その声は必死に冷静さを作ってはいるものの、震えていた。
「だとしても、あんまりよ。私たちの子供に生まれたってだけで、勇者ルールの効力保持のためにあの子が生贄にされるだなんて」
勇者ルール?
効力保持?
生贄?
言葉の意味は分かりはしたが、話の内容はよく読めなかった。
もう少しだけ情報が知りたいと思い、ポーラはバレないように少しだけ扉を開けた。
「こら。滅多なことは言うべきじゃ無いぞ。今もいつどこで監視されているかわからないんだから」
真っ赤なシーツが目立つ豪華な装飾のベッドに、並んで腰掛ける両親。
その姿は、ポーラが今まで見てきた両親よりもはるかに弱々しく、はるかに人間らしいものだった。
「もう嫌よ、こんな生活。毎日のように勇者認定課に言われるままのことをして、それら全てを監視される。少しでも下手なことをしたら殺される。こんな事なら、西暦が終わらなければよかった」
難しい話をする両親は終始悲しそうで、見ていられなくなってポーラはその場を離れた。
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「おはよう。ポーラ」
翌日、ポーラの部屋に父親がやってきた。
父親はそれまで見た事無いほどの優しい笑みをポーラへと向けながら、「出かけようか」といった。
街に暮らす同い年の子供たちが教育課程の履修のために学校へと通う中、ポーラは使用人に勉強を教えてもらうという事もあり、王城から出る事はほとんど無かった。
正確には、王城の敷地から出る事はまず無かった。
だから、この時ポーラが父親に連れられて街に出たのは、記憶の範囲内で初めての経験だった。
使用人のアリスが運転する車に揺られ、車窓を流れる街並みを眺めてみると、その全てが見慣れない光景故に、まるで自分が物語の世界に入ったみたいだった。
止められた車から降り、父親についていくと、たどり着いた場所は大きな書店だった。
父親が慣れた様子で店内に入っていくのを見て、ポーラも追うように入っていく。
「ああ。王サマ。また来たの? 暇人だね」
糸目の店主が父親を呼び止め、雑談を始める。
どうやら、国王である父親が常連として通っている書店のようだった。
父親が店主と話をしている間、暇で暇で仕方なく、ポーラは店内を父親から離れすぎない範囲で探検した。
木造の店内に置かれた無数の本棚には、日焼けもしていない綺麗な本がずらりと並んでいる。
背丈を機にする事なく、タイトルの名前順で並べられたその本たちを、ポーラは興味深く眺める。
ふと、店内の角にあった1つだけ日焼けをした本が目に止まる。
ポーラはその本に近づき、ぬきとる。
「優しい……魔法使い?」
優しい魔法使い。
それが、その本のタイトルだった。
「その本が欲しいのかい?」
不意にかけられた声に振り返ると、父親が優しい笑顔でポーラを見つめていた。
「その……はい」
「じゃあその本を買ってあげよう」
父親はポーラから本を取り上げると、そのまま店主の元へ持って行って会計を済ませた。
紙袋へと詰められた本をポーラへ渡し、父親は店主へ礼を言って店内から出て行く。
ポーラも、たどたどしくではあるものの店主へお辞儀をし、父親を追って書店を出た。
それから、父親はポーラをレストランへと連れて行った。
席数が多くは無い、堅苦しい雰囲気を孕むレストランだった。
「待ち合わせだ。ウィルズで予約をしてある」
父親がウェイトレスへと告げると、
「お待ちしておりました。お相手様はすでに参られております」
ウェイトレスは丁寧に言った。
そのまま、店の奥へと案内されるままに進んで行く。
「すまない。待たせてしまった」
謝りながら個室へと入っていく父親を追って、ポーラも広くは無い個室部屋へと入っていく。
すると、テーブルの下座に座り、ワイングラスを傾ける白髪の老人がそこに居た。
「構わないよ。僕も今来たところだからね」
長い白髪を後ろでひとつに結び、色の抜けた口ひげと顎髭が口を囲うようにくっついているその男性は、とても優しい目をしていた。
「この子が私の娘、ポーラだ」
「随分と奥さんに似たものだね」
「これでも、あいつからは私似だと言われるんだ」
「確かに。目元なんかはそっくりだ」
上着を脱いで奥の席に座った父親に習い、ポーラも上着を脱いで父親の隣に座った。
「ほら、挨拶をしなさい」
父親に促され、ポーラは簡潔に挨拶をした。
「は、初めまして。ポーラ……アクターです」
すると、年老いた白髪の男性はニコリと笑い、ポーラへと手を差し出してきた。
握手を求めるその手は、指が1本足りなかった。
「初めまして、ポーラちゃん。僕はニシゾノハルアキと言います」
これが、ポーラ・アクターがニシゾノハルアキに出会った時の話だ。
恐る恐るハルアキの手を取るポーラ。
握ったその手はゴツゴツとしていて、乾燥でザラザラとしていて、全くと言っていいほど力が入っていない弱々しいものだった。
「無粋だがすぐに本題に入らせてもらうよ」
「ああ。構わない」
父親の切り出しに、ハルアキは優しく頷く。
「娘に、魔法を教えてやって欲しい」
〈少女と魔法使い(後編)へ続く〉
本編のネタバレになるので前編と後編で分けました。
後編はメインストーリーが進行したら公開されます。




