第88話:決着
「いやぁ〜。できれば女子が全滅した状況で、勇者が1人ボロボロになりながらも立っているっていうシチュエーションの方が私好みなんだけどねぇ〜。まぁ、そう贅沢も言ってられないか」
仕方ない。我慢しよう。
そう言いたそうに、アビゲイルは腕を組んでひとりでに頷く。
「それにしても君、よく息があるね。普通ならそれ、即死だよ。ニシゾノケイタ君?」
俺の顔を覗き込むようにしゃがむアビゲイル。
その背後で、いつの間にか開いていた王の間の入り口の扉が音を立てて閉まっていく。
「お前……なん……」
「喋らないほうがいいよ。ただでさえ短い寿命がさらに短くなるから」
と、アビゲイルは楽しそうに言う。
何がそんなに楽しいのかはわからないが、確かにアビゲイルは笑っている。
不気味に。妖しく。碧眼に俺を映して。
「ほらほら。そこの金髪のお嬢ちゃん。そんなところで立ち止まっていないでここまで来ないと。死んじゃうよ? この子」
アビゲイルを警戒するポーラが動けずに困っていると、レオを睨みつけていたはずのオーディンがこちらを興味深そうに見ていて、そのまま話しかけてきた。
俺ではなく、アビゲイルに。
「貴様。誰だ」
「これはこれはお初にお目にかかります。私の名前はアビゲイル・キャンベル。あなたに最後の一撃を与えたギケンという剣を作った男の娘にございます」
面倒といった様子で、形だけ名乗るアビゲイル。
気だるげに立ち上がり、もう一度腕を組んで、馬鹿にするような視線をオーディンへと向けている。
「詳しく説明せよ」
「嫌だよ。だって、私も話に聞いているだけなんだもの」
あーやだやだと、アビゲイルはアメリカンな態度で首を横に振り、鼻で笑う。
「貴様ッ……」
「だからその代わりに!」
アビゲイルが、オーディンの言葉に自身の言葉を被せて黙らせる。
彼女の表情には卑しい笑みが浮かんでいて、なぜか頰が赤らんでいる。
自身の身を抱き寄せ、ぶるりと身震いをしながら言う。
「この場で、あなたを殺したガラードの剣の輝きを、もう一度だけ見せてあげる」
「……ほう?」
「ほら、ポーラちゃん。今のうちにケイタ君の治療をしてあげて。できるでしょ? あなたは大魔法使いから魔道書を渡されているハズなんだから」
「どうしてそれを……」
オーディンが興味を示したのにも関わらず、話を中断してポーラへと呼びかけるアビゲイル。
つーか、どうしてアビゲイルがポーラの名前を知っているんだ?
あの教会の時に名乗ってたっけ?
それに……大魔法使いから魔道書を渡されてるって……
「いいから早く。ケイタ君は内臓ごと下半身が潰されているから、あと1分も持たないよ」
「え、あ、は、はい!」
慌てて俺の元へと駆け寄ってくるポーラ。
ついてくる形でカレンとシロも駆け寄ってくる。
ポーラとカレンが2人がかりで俺の上に乗っている瓦礫を持ち上げると、その瓦礫に何かが引っ張られるような感覚があった。
その感覚の原因を探ろうとして、引っ張られる感覚を味わっている腹を見る。
すると、俺の腹から下が、アビゲイルの言う通り、潰れていた。
そして、まだ形のある腹筋最上段のあたりから、ビロビロとしたひも状のものが伸びていて、瓦礫の下部にこびり付いていた。
ぱっと見ではわからないそのビロビロが、腸であるのだとわかり、吐きそうになる。
が、胃も半分潰されていて何も吐くことができない。
代わりとして、無駄に動いた胃がズキズキと痛むだけだ。
「……え? ……あ……」
その胃の痛みを皮切りに、さっきまでは感覚が麻痺して感じなかった痛みを体が認識し始める。
生きたまま背骨を抜き取られているような、ずるりとした不快感と、肉と皮の間に刃を入れてグリグリと動かされているような感覚がする。
爪と皮膚の隙間に針が刺さってしまった時よりも、激しくぴりつく鈍痛が身体中に脈と同じリズムで走る。
呼吸をするごとに痛みは増し、けれど呼吸をしなくても痛みはする。
痛みはどうすれば耐えられるのかと頭が考え、その答えを見つけられずに思考がパニックに陥る。
「痛い…………痛い……痛い。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」
寒さに震えていたハズの体が、いつの間にか熱くて熱くてたまらなくなる。
まぶたも熱く、触れる眼球が焼ききれそうになる。
どうしたらこの苦しみは和らぐのか。
痛み、まともに呼吸もできず、悶える気力もないゆえにただ痛いと口にするだけ。
こんな苦しみを味わい続けるのなら、もういっそ死んだほうが楽になれるんじゃないか?
「落ち着いてくださいケイタさん! すぐに治療をしますから!」
そう言うと、俺の傍にしゃがみ込んだポーラは荷物鞄から分厚い一冊の本を取り出し、めくり始めた。
くすんだ赤が目立つ本を2割ほどめくったところでポーラの手が止まる。
「ありました! じゃあ、行きます!」
何があったのだろうか。
聞きたかったが、聞けるほど心身ともに余裕がなかった。
すでにぐったりしている状態の俺に向け、ポーラは「ごめんなさい」と前置き、“人語ではない言葉”を話し始めた。
「Грант атрибут коллапс преобразование восстановление реконструкция преобразование」
ポーラが言葉を区切ると、手に持つ分厚い本が僅かに黒ずみ始めた。
そして、本を持たない方の手のひらをポーラが俺の潰れた腹へとかざすと、その手のひらの周りの空間がぐにゃりと、陽炎のように揺らいだ。
「Начать」
最後に一言を叫ぶように言い、ポーラは、かざしていた手で俺の傷口へと触れた。
「何……て」
「ケイタさん。20秒だけ耐えてください。目を閉じれば死にます」
「……え?」
瞬間、ポーラの手が触れた位置から、俺の潰れた肉体がボロボロと砂のように、細かい粒となって崩れ始めた。
内臓が崩れ、骨の残骸が崩れ、ペチャンコになった肉片が崩れる。
それだけでなく、まだ形が残っている部分まで崩れていく。
あばらが崩れ、肺が崩れ、首から下が心臓以外すべて崩れた。
このまま登ってきて頭まで崩れるんじゃないだろうか。
そう思う俺の視界に信じられない光景が映った。
砂のように粒子となって崩れ落ちた俺の体が、心臓を基点に構築され始めた。
第二次革命未遂事件の時に見たレオの再生とはまた違った形で、体が作られていく。
赤い粒子がひとりでに浮かび、心臓から伸びる血管を描くように次々と繋がっていく。
その血管が首へと繋がったところで、次は首を基点に白色の粒子が骨を造り始めた。
みるみるうちに体の形に骨が組み上がって行き、その骨に巻きつくように血管が伸びる。
大まかな形が整うと、次は肺や胃などの内臓の構築も始まった。
これまで見たことがないような、存在すら知らなかったような内臓まで丁寧に造り終え、肉も造り終えると、むき出しになった筋肉を覆うように皮膚が造られた。
そうして、俺の体は見事に“再生”した。
「って、裸やないかい!!」
服以外。
とりあえず局部を手で隠し、自分の荷物鞄を探す。
着替えを入れてあったはずだからだ。
そんな俺を前に、ポーラは真っ赤になった顔を両手で隠す。
けれど、その指の隙間からチラチラとこっちを確認している。
いや、がっつり見てますやんお嬢ちゃん。
そこで、ふと目があった。
目があってしまった。
「えーっと、その……」
逸らすこともできず、気まずくて恥ずかしくて。
「ありがとう」
何よりも先に言うべきだったお礼を言った。
ローブのフード部分だけかぶったまま。
それ以外は真っ裸で。
「はぃ。どういたしまして」
手で顔を覆うポーラの声は篭る。
相変わらず指の隙間からチラチラ見てくるし。
ようやく見つけた自分の荷物鞄から、持ってきていた替えの服を取り出し慌てて着ると、ようやくポーラは顔を手で覆うのをやめた。
お前、がっつり見てたけどな。
俺は助けられた側でポーラは恩人。何をどうして助けられたのかはわからなかったけど。
そんな俺たちは、裸を見られた側と見た側の関係でもある。
正確には違うかもしれないが、大まかには合っているはずだ。
だから当然、互いの間に気まずい空気が生まれてしまう。
互いに互いをちらりと見て、目があってしまったら慌ててそらし、もじもじとする。
なんていう風に、思春期になりたての13歳の子供みたいなやり取りをしていると、俺たちをカレンが冷めた目で見ているのに気がついた。
まぁ、カレンの言いたいことはよく分かる。
この状況でよくそんなふざけたやり取りができるな。とでも言いたいんだろう。
そうだよな。
何せ……
今、俺たちのいるこの場所は、すぐにでも事が起こりそうだという状況だもんな。
「おい女。聞こえておらぬのか。今一度言葉にせよと言っておるだろう」
「やだなぁもう。私はオンナじゃなくてアビゲイルだって。そんなこともわからない失礼な奴の言うことなんて私は聞かないよ?」
「むぅ……アビゲイルとやらよ。この場でもう一度なんだと言った? 答えろ」
「はぁ。上から目線うっざ……」
アビゲイルは靴底をカツカツと鳴らしながら、何度もため息をつき、レオの元までゆっくりと歩く。
その様子を、オーディンは黙って静かに見ていた。
「今から! あなたが無様〜に死んだ時の出来事を、今ここで再現してあげるって言っているの! おっけー? ドゥーユーアンダースタン?」
レオの肩に肘を置き、キメ顔で煽るアビゲイル。
その様子を横目で見て、レオはイラついた様子で舌打ちをしてアビゲイルの腕を払いのける。
「それはつまり、我を殺すと言うことか?」
首をかしげながら問うオーディン。
どこが首かはわからないけど、まぁ、かしげる時にひねった場所が首だろう。
「だからそう言ってるじゃん。今からあなたを殺したゲル・ガラードの息子が、彼と同じ剣を使って、同じ方法であなたを斬り殺すわ」
「面白い。ならばやって_」
「あ、待って」
今にもレオとアビゲイルをめがけて突っ込んでいきそうだったオーディンに、アビゲイルは腕を伸ばして手のひらを見せる。
待ったという制止を要求するジェスチャーだ。
(こいつ……化け物相手に通用すると思ってんのかよ)
だが思いの外、待ての合図をオーディンは無言で受け入れてくれる。
自分のペースで好き勝手に話すアビゲイルに押されているのだろう。
「ほら、みんなこっちに来て。巻き込まれるよ」
と、俺たちの方を見て手招きをするアビゲイル。
「レオ君の背後以外ほとんど全部が吹き飛ぶから早くこっちに来て」
吹き飛ぶ?
どういうことなんだ?
アビゲイルは何をしようとしているんだ?
「はーやーく!」
急かされ、慌ててレオの背後へと移動する。
すると、奇しくも俺たちとオーディンの立ち位置は、俺たちが王の間へと入ってきた時とは真逆の位置になっていた。
オーディンが入り口の側に佇み、俺たちが出口の側に扉を背にして立つ。
片側の目が3つとも潰され、顎から腹にかけて青緑の鱗が切り取られ、ぱっくりと裂けた状態のオーディンは見た目こそはボロボロだがまだまだ動けそうだ。
「さて、レオ君。ちょっといいかな」
オーディンに睨まれた状況で、アビゲイルは素知らぬ顔で嫌がるレオに耳打ちした。
何かを話されたレオが目を見開き歯を食い縛るが、何を話されたのかは聞き取れない。
「それは……本当なのか?」
俺たちにも聞き取れる声で確認するレオ。
「もちろんだとも」とアビゲイルが頷く。
そのままレオの背を軽く叩いて見せ、アビゲイルはレオの背に隠れるように一歩退いた。
「俺はお前が嫌いだが、その話だけは信じてやる」
「酷いなぁ。私たち、まだ互いのことをそこまで知らないじゃないか」
「黙れ」
アビゲイルとは対照的に一歩を踏み出すと、レオは構えていたギケンを腰のベルトから取り外した鞘へと納め、そのまま、鞘に収まった状態で自身の正面に突き出す。
寝かせたまま、自身の体と平行になるように突き出し、大きく息を吸う。
「なぁ、アビゲイル。レオに何を言ったんだ?」
あまりにも気になったから、そういう場じゃないとわかった上で聞いた。
「いやいや。ただ、あの子が父親から貰った剣の正しい名前を教えてあげただけだよ」
「正しい名前?」
「あの剣、なんていう名前だっけ?」
「それは……たしか、正義の剣でギケンだったような」
「そう。あの子の父親は、あの子にそう教え込んだ。それが親なりの愛だったんだろうね。弱く成長しないようにと、苦しむようにと、試練を与えたんだろうね。まったく……」
酷い親だよと、アビゲイルは自虐的な調子で哀れみの視線をレオへと向ける。
大きく息を吸ったレオは、吸った息の量に比例しない静かな声で、探るように呟いた。
「This sword has will. I have will. Therefore we can understand mutual」
その言葉は人語ではなかったが、バフォメットが魔法を使う時に発した言葉よりは、なぜか懐かしいものに感じられた。
「Therefore we can know a mutual ideal and grant that」
呼吸に合わせ、一語一語を丁寧に口にするレオ。
そんなレオの様子を、俺たちはまじまじと見つめる。
「嗚呼。そうだ。その言葉だ。あの時、あの男が我を殺す前に口にしていた、奇妙な言葉。確かエイゴだとか言ったか……」
感動の声を零し、嬉しそうに笑うオーディン。
その正面で、相対するレオは最後の一文を口にした。
「”疑似聖剣”……起動」
どこからともなくカチリという音が鳴り、王の間へと響き渡る。
反射を繰り返す軽快な音が弱っていき、消滅していく様子を噛みしめるように聞き届けると、レオは再び、鞘からゆっくりと剣を抜き取った。
誰かが、息を飲む音が聞こえた。
けど、そんなことはどうでもいい。
今はレオの持つ剣へと、視線が惹きつけられる。
その、柔らかい炎にも似た、赤みがかった金色を長い刃へと纏う、レオの剣。
ギケンへと……いや、疑似聖剣へと、意識が引っ張られる。
「美しい。やはり、その剣は美しい」
震える声で言うオーディンはレオを食うと言っていたくせに動こうとはしない。
直前までの目的をすっかり忘れ、初代魔王であるオーディンすらもレオの持つ剣に惹かれていた。
朝焼けの太陽のように優しく輝く両刃の長剣を、レオはしっかりと両手で握りこみ、上段で構えた。
「見なよケイタ君。あれこそが、私のお父さんが作った至高の剣だよ。聖剣の欠片を打ち込んだ、限定的に聖剣の力を使うことのできる剣」
「それが……疑似……聖剣」
その時、まるで劇場の仕込みであるかのように、王の間の明かりが上部の巨大なトゲトゲの電球を残して全て消えた。
残されたたった1つの巨大な明かりも、少なからずオーディンの攻撃に巻き込まれていて明かりが弱々しくなっている。
いつ力尽きてもおかしくはない大きな光源の弱々しい明かりは、スポットライトのように相対するレオとオーディンに降り注ぐ。
微弱な光の中、赤く金色に輝く剣を構えるレオは、ゆっくりと一歩を踏み出し、その場で剣を振り下ろした。
普通に考えれば全く刃が当たらない位置で、ただの素振りに終わってしまう無駄な一撃。
だが、レオの振るった剣はオーディンの肉体を斬りはしなかったものの、“刃の触れた空間”を斬って見せた。
薄暗い空間に、キラキラと輝く歪みが生まれる。
僅かに数秒の時間を置き、その歪みから膨大な量の光が溢れた。
王の間を赤く金色に染め上げたその光たちは、音もなく全てをなぎ倒し、破壊する。
光の奔流はさながら爆発のように、何もかもを消し去っていく。
そして、その全てを蹂躙する光にオーディンは飲み込まれた。
「アーッハハハハハハハハ! これだよこれ! 私はこれが見たかったんだ!」
光が止むと、確かにレオの背後以外はほとんど何も残っていなかった。
天井が落ち、壁は崩壊し、床は抜ける。
それだけでは無く、上層階もかなり崩れ落ちたようだ。
オーディンの姿は無くなっており、代わりとしてバベルの外の光が僅かに残った足場へと射し込む。
青々とした空の下、雲を突き破ってそびえ立つ謎の円柱建造物バベル。
そのバベルの崩れ落ちる音と、気が狂ったようなアビゲイルの高笑いが、太陽光を反射して輝く草原へとただ響き渡った。
あれ、セ○バーのエクス○リバーかな?
って、書いた後に思いました。




