第86話:バベル攻略(9)
「おい魔王軍。初代魔王っていうのはどういうやつなんだ」
ウィークの方を見ることなく、レオは問う。
「生憎と、俺は初代魔王を知らない。当時は魔王軍じゃなかったからな」
まぁ、普通に考えてそうだよな。
今は皇帝期342年だ。それはつまり、魔王が出現し、西暦が崩壊してから342年が経っているということだ。
いくら魔物とはいえ、それだけの長いあいだを生きることはできないだろう。
あの本の話が本当なら、魔物は俺たち人間が作ったもののようだし、なおのこと300年以上を生きているのだとは考えられない。
「まぁ、実際に見てみて確認するしか無いと思うぜ?」
ケラケラと笑うウィークに顔をしかめながら、レオは重厚な大扉へと近づき、
「……は?」
止まった。
「どうしたんだ?」
「いや、この扉、取っ手がねぇんだよ」
近づいて見てみると、確かに巨大なとびらにはどこにも取っ手が見当たらなかった。
と、いうことは、押せば開く方式の扉なのだろうか。
「押せば開くんじゃね?」
「なら押すか」
レオと息を合わせ、2人で左右それぞれの扉を押す。
(やっば! 重っ!)
ビクともしなかった。
扉が開く気配を見せずに動揺する俺とレオに、ウィークは呆れたように「離れてろ」という。
また、バフォメットの部屋の扉のように穴をあけるんだろうか。
「そう言うのはな、だいたい扉に触れる事が鍵になるんだ。触れれば勝手に扉が開く」
穴開けるんじゃ無いのか。
つーか、何言ってんだよ。
触れただけで扉が開くとかそんなこと……
「えー」
「嘘だろ……」
口をあんぐりと開けて呆然とする俺とレオ、そして、俺たちを見守る女子3人とウィークの前で、扉がひとりでに開き始めた。
王の間の側に、ゆっくりと、分厚い扉が開いていく。
扉の向こう側……王の間は、真っ暗な空間だった。
光源もない部屋へと俺たちが足を踏み入れると、最後にシロが部屋に入ったところで今度は扉がひとりでに閉まった。
そして、天井に突如として光源が現れる。
たった一箇所の光源だけで部屋中が照らされるのを見て、何がそれだけの光を放っているのかと思って天井を見上げてみると、そこには球形の光る巨大なトゲトゲがぶら下がっていた。
シャンデリアとはまた違う分類の電球か何かなのだろうが、初めて見るものだ。
天井の4辺には縁に沿うようにズラリと電球が並んでいるが、そっちは点かないんだな。
「ひっ……」
同じようにレオやカレン、ウィークが天井のトゲトゲを見上げる中、息をひそめるようなポーラの短い悲鳴が聞こえた。
見上げていた視線をポーラへと移し、すぐにポーラの視線をたどって眼球を動かす。
「……っ!!」
向けた視線の先にあったモノを見て、俺も叫びだしてしまいそうになるが、それを慌てて堪える。
そこには、鎧のような青緑の鱗を持ち、金色の髭をその顔に蓄えた、大蛇が塒を巻いて居た。
ただでさえ大きな蛇……とも違うよくわからない生き物は、塒を巻くことでより一層大きく見え、それこそ、小山1つほどのサイズで言葉にできない圧力を放っていた。
「ありゃ龍だな」
珍しいものを見たと言った様子で、ウィークは顎をさすりながら塒を巻く大蛇……龍を見る。
「龍ってなんだ?」
知っている様子のウィークに聞くと、素直に教えてくれた。
「龍っていうのは、大きな括りではお前さんたちもよく知る竜種と同じ括りの生き物だ。ただ、その生息場所はキノクニで、古来から居るはずも無い幻だと言い伝えられてきていた」
「えーっと……つまり?」
「キノクニにすら居ない想像上の生き物が今、俺たちの眼の前で当然のように塒を巻いているって事だ」
言っている事はよく理解できなかったが、まぁよく無い状態に俺たちはいるとでも考えればいいか。
大蛇……龍は、左右に3つずつ、合計で6つある瞳を閉じ、静かな寝息を立てて塒を巻いている。
「んー。これ、寝ている間にどうこうしちまっていいのか?」
後ろ頭を掻きながら、参ったと言った様子でウィークは龍の元へと歩いていく。
ペタペタと足音を立てながら、ゆっくりとした歩調で龍へと近づいていく。
そして、部屋の中央にまでウィークがたどり着いたところで、さっきまでは消えていた縁沿いの電球が次々に明かりを灯していった。
「しまった。そう言うパターンか」
と、気まずそうに言うウィーク。
その奥で、龍が閉じていた6つの瞳をゆっくりと開いた。
持ち上げられたまぶたの奥にある龍の瞳は、鱗と同じ青緑で、どこか神々しさを感じる。
ここじゃ無いどこかを見つめるような半ば虚ろな龍の瞳たちは、周りの状況を確認するようにそれぞれ別の方向をギョロリと見回す。
当然、その過程で青緑の瞳は俺たちを一瞬だけだが捉える。
たったそれだけの事で、俺は体が動かなくなった。
確か昔、祖父が自分の故郷には蛇に睨まれた蛙だか何だかとかいう言葉があるって言っていたな。
そんな感じの状況に、俺は今、なっているのか?
辺りの空気が一瞬で重量を増したように感じ、地面に立ったまま縫い付けられたかのように、足が持ち上がらない。
「お前たちは……誰だ?」
龍が、人語で語りかけてきた。
俺と違って体が動く様子のウィークはそれに答える。
「俺はウィーク・ドミネーターだ。今の魔王軍の幹部の1人だ」
「貴様はどうでも良い。虚の名を名乗る紛い物には興味が無い」
虚の名?
紛い物?
(こいつ……ウィークの何を知っているんだ?)
「お前たちだ。名乗れ人の子よ」
そう言うと、龍はなぜかポーラへと視線を向けた。
「あ、ぽ、ポーラです……ポーラ、ら、ら、ら、あ、アクターです」
「次」
ギョロリと、6つの瞳を俺へと向けてくる。
龍の視線が完全に俺へと集中し、さっきよりも一層重い圧力のようなものを感じる。
殺気かと思ったが、そうでも無いようだ。
何せ、龍は俺たちを殺すだとか殺さないだとか、そんな事は考えていない。
そもそも敵だとも思っていない。そんな様子に見える。
「あ…………っ……」
口が僅かにしか動かず、喉に力が入らず声が出ない。
「どうした。名乗れ」
さらに、空気が物理的に重くなった……と感じる。
実際に空気が重くなったわけじゃあ無いだろうが、それだけ圧迫感が強くなったという事だ。
ここで答えないと、殺される。
本能的にそう思った。
だから、ほんの僅かに動く範疇で、口内の側から頬肉を少しだけ上下の歯で挟み、思い切り噛みちぎった。
あまりの痛みに、顔の神経に炎でもつけられたんじゃ無いかってほどの熱を感じる。
だが、その痛みのおかげで動かなかった体が何とかだが動くようになった。
「俺は、ケイタだ。西園啓太だ」
「次」
「カレンよ。近衛華蓮」
「次」
……え、あれ?
いつもなら自己紹介をしたら「あの大魔法使いの孫か」なんて言われるんだけど、今回は言われなかったぞ?
やっぱりあれ、人間と魔族にしか浸透していない話なのか!
言われないなら言われないで寂しいけど、あの祖父の血縁者として辺に注目されないから助かった!
正直、祖父はかつて勇者と共に魔王と戦った事のある人間だから、もしかしたら魔王も祖父の事を知っているかもって思ってたけど、そうだよな、相手は初代魔王だもんな、割と初期の話しか知らないもんな。
「レオだ。レオ・ガラードだ」
いつものように獰猛には笑わず、真剣な様子で生唾を飲みながら名を名乗るレオ。
その名を聞いた途端、龍の様子が豹変した。
「貴様っ! 貴様か! やはり、貴様があのガラードの息子か!!」
「お前が言っているのはゲル・ガラードの事か?」
「そうだ! そうだそうだそうだ!!」
宝石のような青緑の瞳が僅かに黒ずみ、龍はその顔に怒りをにじませていく。
牙としか表しようの無い立ち並ぶ歯をむき出しに、頬や鼻をひくつかせ、龍はレオを睨みつける。
「ならお前の言う通り、俺はガラードの息子だぜ」
俺だったら秒で失神しかねない状況で、レオは少しだけひるみながらも淡々と龍に言葉を返していく。
どうしてそんな事ができるのか、全くもって理解できない。
「やはり! その赤髪にその目つき、この我……龍神”夜叉沼ノ主”を殺した忌々しいガラードの息子か!!」
龍は何かものすごく難しい名前を名乗ったな……
そういえば、塒ぐろ巻いているこの龍って魔王なんじゃなかったっけ? それも初代の。
シロから聞いた話だと、初代魔王の名前はその夜叉なんとかっていう名前じゃなかったと思うんだけど。
「貴様があのガラードの息子ならば! 我は今、魔王名オーディンの名にかけ、その恨みと共に、ここで、貴様を食ってやる!」
そうだ!
思い出した思い出した!
確かに初代魔王の名前はオーディンだった。
瞬間、塒を巻いていた龍はものすごい速さで地を這い、部屋を削り壊しながら俺たちの方へと向かってきた。




