第8話:門出の儀(1)
心地の良い眠りはそう長く続かないものだ。
楽しい時間ほどあっという間に過ぎ去ってしまう現象と同じだ。
そういった良い時間の中にいるとき、人間は良い部分に目がいってしまう。だからこそ、その場に…良い部分に水がさされた時はすぐに気がつく—
窓を叩く風の音によって、俺は深い深い眠りの奥底から意識を引っ張り上げられた。
「もう朝なのか」
小さな窓から差し込む日の光で朝が来たことがわかる。
枕元の置き時計を見て時間を確認すると、時刻は朝の8時だった。
昨夜はなんだかんだで7時過ぎには寝ていたわけだから、半日以上寝ていたことになる。
「やばい。寝すぎた」
門出の儀は9時から開場、10時からスタートで、俺たちは8時半には国王の部屋に集まり、用意された綺麗な衣装に着飾って不必要な化粧をされる予定だった。
つまり、俺は完全に寝過ぎで、まともに朝食をとることも準備をすることもできないまま国王の部屋に向かう必要があった。
「もう。行かなきゃなんねぇのか」
部屋を出れば俺はもう引き返せなくなる。
この部屋に戻ってくることもない。
だってほら、机の上に一枚のメモが置かれていて、そこには「荷物まとめはしておいてやった。起きたらすぐに国王の部屋に来い。大至急」と書かれていた。
メモの通り、部屋にあった私物は全て無くなっており、代わりに机の下に大きな旅行カバンが置かれていた。多分、そこに全てが詰め込まれている。
「てか、こんなメモ残すくらいなら起こせよ」
寝起きで不機嫌な俺はそんな悪態を付くが、無意味であることは十分に理解していて、すぐに意味のない毒づきをやめた。
「はぁ……」
ため息が漏れる。
寝起きで部屋にケビンがいない時点で、もう日常は変わってしまうのだと過剰なほどにわからされた。
なんだかんだで歩き慣れてしまった米国王城を歩き、昇降機で最上階にある国王の部屋に行くと、すでに付き人を含めた俺以外の全員が揃っていた。
「早くねぇか?」
集められた視線が気まずかったから聞いた。
「お前が遅ぇんだよ」
早く来いとレオが吐き捨てた。
ポーラは気まずそうに視線を逸らしてくるし、カレンは鼻で笑ってくる。
なんか俺の扱い酷くない?付き人は全員が誰も座っていない豪華な玉座の方をまっすぐに見てて俺に無反応だし。
まぁ俺が寝すぎたのが悪いのは事実だし、おとなしくいつもの定位置についておこう。
一応しのび足で‘申し訳ないですよ’アピールをしながら定位置に着くと、見計らったようにケビンが声を張った。
「おっさん。揃ったぜ!」
コイツの国王に対しての口の悪さにはもう慣れたけれど、少しぐらい国王を敬って敬語だとか丁寧語だとかを使えよとは思う。そうじゃないと毎回ポーラは少しだけ悲しそうな顔をする。
自分の父親がいい扱いをされないのは気分が悪いのだろう。
本当に、俺は悪くないけど申し訳なさを感じる。
「ようやくか」
少し疲れた様子で国王が奥の部屋から出てきた。
「とうとうこの日が来たな」
国王はいつもよりも数段派手な衣装に身を包んでおり、衣装の所々にはめ込まれた宝石が室内灯を反射してキラキラと光る。手には自身の背丈よりも長い金属製の杖を持っている。
杖の先端は輪っか状になっており、その輪っか部に取り付ける形で中央を境に左右3つずつの大きな水晶のようなものが垂れている。
その杖は国王が歩くたびに水晶同士がぶつかり合い、ガチャガチャと騒がしく音を立てる。
なんだか、本物の魔法使いの杖みたいだな。
「お前たちに意気込みを聞くことはしない。今更なことだからだ」
国王が語る中、アリスによって俺を含めた候補勇者4人に文字の刷られた紙が配られた。
「これからお前たちには注意事項を説明していく。とても重要なことだ。決して聞き逃すことのないように」
配られた紙には‘台本’と書かれている。
は?台本?
「今、アリスに配らせたのは台本だ。お前たちはこれまで何度か門出の儀を見たことがあるはずだからわかるだろうが、門出の儀ではそれぞれに決意表明をしてもらう。台本というのはその決意表明の台本だ。今から本番までの少しの時間で覚えてくれ。量は少ないから覚えれるはずだ」
台本に目を落とすと歯が浮くような薄っぺらい言葉が書かれていた。
確かに、覚えるのが簡単だしそれなりの体裁は守れる。けど…
なんで最後に「アドリブどうぞ(ケビンより)」なんて書かれてるんだよ。
ケビンの態度が昨日までとは違うと思ってたけど、コイツ最後まで全快じゃねぇかよ。
「さて、次は注意事項だ」
困惑する俺を置き去りに、国王は話を進めていく。
「これから君たちには門出の儀用の衣装に着替えてもらう。そして、役職に合った装飾として武器を渡していくのだが、この武器は実際に使えるものだ。くれぐれも扱いには気をつけてくれ」
「一ついいか?」
「なんだねレオ君」
「装飾なら武器も模造のものでいいんじゃねぇのか?」
「それについても説明していく。まず、武器が実際に使えるものであるのは必要があるからだ。そして、非常時には衣装を破り捨てて動きやすい格好になってもいい。その非常時のための武器でもある」
「非常時ってなんだよ」
噛み付くようにレオが言う。
「9年前の悲劇を君たちは覚えているか?」
俺はハッとした。レオとカレンも気づいたようで、2人の生唾を飲む音が聞こえて来る。
ポーラは目を伏せていてどんな顔をしているか分からない。
「忘れるはずねぇだろ」
ケビンの吐き捨てるようなヤジが聞こえる。
この時ばかりはヒシギやアリスはケビンを注意することはしなかった。
当たり前だ。ケビンのヤジは決して軽口なんてものではない。しっかりと重みの籠った意味のある吐露だ。
小さくため息をつき、呼吸を整えた国王は語る。
「9年前の悲劇。皇帝期333年の4月1日のこと。当時の魔王『ノクターン』により、全世界で門出の儀の最中にいる候補勇者たちが襲撃を受けた。
当然、候補勇者だけを攻撃するということはなく、国民にも被害が出た。
この年の候補勇者は全世界で80人だったが、67人が死亡。
この事件を333全世界同時多発襲撃事件。またの名を‘333革命未遂事件’という」
確認をするまでもない。
つまり、門出の儀用の衣装を身につけつつも武装をする理由はもしもの時、‘革命未遂事件の再来’に備えてのことだ。
「君たちに本物の武器を渡しておくのは、革命未遂事件が再び起きた際に生き延びてもらうためだ。旅立つ前に死んでしまっては意味がない。だから、戦うための武器を渡しておく。
もし、その武器を使う瞬間が来たら各々で魔物を倒し、街の入り口へと向かってくれ。そこで集合をしてすぐに旅立ってもらう」
それが一番生き残ることができる可能性が高い。
国王の言葉はどこか浮ついたものに聞こえた。現実感の薄い妄言のように感じた。
革命未遂事件の際に候補勇者だったケビンがいることで付き人の中でも重い空気が流れる。マジで空気が重い。
みんなが聞いてはいけないことを聞いてしまったとでも言うように目を伏せていて、ものすごく気まづい。
「えーっと、まぁもしもの話だから気にしなくていいよ」
国王は咳払いをする。
あれだ。多分、予想以上に皆が暗い雰囲気になってしまったから慌ててアフターフォローをしているわけだ。
「9年前の事件以降、革命未遂事件は起きていないわけだしね。そこまで真剣に考える必要はないよ。それに、米国にはケビン君やアリスもいるし、他の2人も優秀だからたとえ門出の儀の最中に魔族の…魔王軍の襲撃があっても安心だよ」
顎髭を弄りながら焦るように弁明をする。
これ多分、俺たちにまともな武器を与えずに門出の儀はただの祭典だからってスタンスで行った方が良かったんじゃねぇか?
そっちの方がみんな変に不安になることもなかったし空気が悪くなることもなかったぞ?
「まぁともあれ!君たちには今から衣装に着替えて門出の儀へと向かってもらう!それぞれ付き人に手伝ってもらって準備をしてきてくれ!」
国王が急に声を張り上げるものだから普通にびっくりした。
なんか国王のテンションおかしくないか?空回りしている感じが凄いぞ。
更衣室に行くとケビンが
「ほら。これがお前の衣装だ」
と雑に小汚い色合いの布を投げてきた。
……布?
「おい。これが衣装とか嘘だろ?ただの布じゃねぇか」
砂埃のついた黒い布みたいな色合いのただの布じゃねぇかよ。
「布じゃない。ローブだ」
そこを間違えんなよとケビンは指摘する。
「いやいや。門出の儀は催し物なんだろ?こんな汚いローブが衣装のはずないだろ」
「汚くねぇよ。それ新品だから。そういう色合いなんだって」
「だとしても!もっとさ、胸当とかの防具があったりとかするだろ。なんでローブ一枚なんだ」
「魔法使いって言えば黒いローブに身を包んだ怪しいやつってイメージだろ」
イメージってこのやろう。
これじゃあ俺だけ仲間はずれみたいじゃねぇかよ。
とりあえずローブを身につけて国王の部屋に戻ると、3人は俺とは大違いで華やかな格好をしていた。
レオは宝石の装飾がつけられた甲冑に身を包んでおり、手にはフェイスアーマーと金色の作り物感が凄い剣を持っていた。
カレンは体のラインがはっきりと出るほどの細いドレスに身を包み、そのドレスとは合わないようなコッテコテの金属胸当を身につけていた。よく見れば腕にも気休め程度に籠手を身につけている。
カレンは手に見たことないような長さの剣を持っている。鞘に収まった状態ではあるが、俺が使ったことのある110センチほどの物と比べて倍ほどの長さがある。
なんだあれ、初めて見るぞ。
よく見ると鞘に竜の顔を持った細長い蛇みたいな絵が彫られている。
何かの印だろうか。
ポーラは特に防具のようなものは身につけておらず、綺麗なロングドレスに身を包んでいた。ポーラの金髪が映えるような青のドレスだ。
細かく宝石が装飾されているのか、室内灯を反射してキラキラと光っている。
腰にはドレスの上から革製収納袋が取り付けられており、そこには殺傷能力の低そうな小さな拳銃が収められていた。
そして、気休めのように救護道具の入った小さなカバンを手に持っている。
なんというか、全体的に統一されていなくて歪だな。
「お前、なんだよその格好」
俺を見つけたレオが笑いをこらえながら聞いてきた。
「俺が渡された衣装がこれだったんだ」
「お前、それじゃあ勇者ってよりただの貧乏人じゃねぇかよ」
うるせぇな。俺だってこんな格好をしたくてしてるワケじゃねぇんだ。
それに、魔王による襲撃後の今のご時世は物も人出もなくて皆が貧乏人だ。その煽りは正しく機能しないぞ。
「さて、それでは向かうぞ。時間だ」
しばらく雑談をしていると、国王が遅れてやってきた。
目元には涙の跡のようなものがあったが、それは指摘しない方がいいだろう。
俺たちは皆、国王の言葉に頷く。
そして、杖を鳴らして歩き始めた国王を追いかけるように、俺たちも歩き始めた。
門出の儀の会場へと。