第84話:バベル攻略(7)
竹林を抜けると、そこは草木の無い岩肌むき出しの巨大な山の麓だった。
どうして今までそこに山があった事に気がつかなかったのだろうと思いはしたが、第一階層でのシロの証言を思い出し、おかしな話では無いのだと思い至る。
確か、第一階層でシロは不思議な黒い箱を見つけ、その箱に触れたら辺りの景色が瞬時に切り替わったとか言っていた。
それと同じ感じだろう。
まだ確信は無い話だが、このバベルという不明建造物は上の階層に進むための階段が魔法か何かの超常的な力によって隠されている。
そして、隠された階段とその先の扉を見つけるには鍵の役割を担う箱を見つける必要があるようで、箱を見つけたらその箱があった場所が上層階への階段へと切り替わる。
正確には違うのだろうが林を抜けるまで山の存在に気づけなかったのも似たような仕組みなのだろう。
山にはまず、洞窟のような穴がパックリと開いており、その脇のあたりから頂上へと登っていくための道が山をぐるりと何周も周る形でずっと上の方まで伸びている。
たどるように見上げると、山頂はうっすらとすら見えず、外から見たバベル同様に雲を突き破って天空にまで差し掛かっている。
「マジか。これ、登るの?」
階層は上に積み上がっていて、次の階層に行くには上へと行かなければならない。
そして、山は天にまで届いていてそこを登っていく道がある。
まぁ道の幅は寝転がって休めるほど広いから不可能では無いんだろうが、それでももしもの瞬間が無いわけでは無い。
限定的な情報を拾い、勝手に山を登るものなのだと思っていると、「待て」とウィークに止められた。
なんか、小鬼と一緒に行動しているってだけでも違和感なのに、こうも仲間みたいな感じで接されると違和感が割り増しどころじゃねぇな
「これ、山道を登っていく方が誤解答だぜ」
ウィークはその弱弱しい素足で地面をゲシゲシと踏みつけると鼻をひくつかせて辺りを見回した。
「この辺りは足跡がつかないくらい地面が硬く乾燥したものになってるが、洞窟の方に向かって、所々靴で擦ったように砂が削れている。一方で、山道の方は等間隔で地面が凹んでいる。これはあの牛人間が何度も行き来したことで硬い地面が圧迫されたってことだろうな。つまり、この山は外側を登って行ったらあの牛人間に遭遇する可能性がある。まぁ、あれが1匹だけだったなら話は別だがな」
つらつらと話すウィークに、俺は、少し感心した。
強いだけじゃなくて頭もキレるのかと。
(なんか、ケビンと系統が似ているな)
「ほら行くぞ。時間が無いからな」
俺は慌ててカバンからオイルランプを取り出し、灯りをつけた。
そして、さっさと洞窟の中に進んでいってしまうウィークをポーラとともに追っていった。
「なぁ、灯りも無しに見えるのか?」
岩肌むき出しの舗装もされていない本物の洞窟を、光源であるオイルランプを持つ俺よりも先に進んで行くウィーク。
けれど、その歩調に迷いは見えず、進むべき方向をはっきりと理解して進んでいるといった感じだ。
「見えてるのかどうかで言えば、まぁぼんやりとだが見えている」
「魔族ってのは目がいいんだな」
そんな俺の素直は関心の言葉はウィークに届いてはいなかったようで、ウィークは会話を終わらせて無言のままぐんぐんと進んで行く。
歩幅が人間よりも狭い小鬼であるにもかかわらず、ウィークの歩く速度は俺やポーラよりもずっと早い。
「風の向きが無くなった」
洞窟に入ってしばらくして、ウィークは突然そういった。
「それだけ奥に来たってことじゃ無いのか?」
「いや、そうじゃ無い。奥から風の音がするからな」
「つまり?」
「ここは俺たちが入ってきた場所から流れてくる風と奥から流れてくる風がぶつかって流れが相殺される場所だ」
「洞窟の終わりが近いってことか?」
「そういうわけでも無い。空気の圧迫具合からして、俺たちは奥に進んでいる。出口が近くなってるならもう少し空気が柔らかいはずだ」
真面目な様子でウィークは語るが、その内容は分かりはするけど理解ができない。
理論として成り立ってはいるのだろうが、それを実感できるのかと言われたらできないからな。
いや、普通に考えて空気の柔らかさとかわからないだろ?
「多分だが、この先は広い空間があって空気の比重が通常の空気よりも重くなっている。だからこそ空気が押し出されてきてこっちに風が流れてきてるんだと思うぜ?」
「すまん。わかりやすく言ってくれ」
「この先に開けた場所があるとだけ思っておけ」
「あ、ああ……わかった」
程なくして辿り着いた開けた空間は、明らかに人の手が加えられた空間だった。
部屋中を照らすように無数に壁に取り付けられた蝋燭たち。
凹凸なく綺麗に整えられえた壁や天井、床。
奥には豪華な装飾の扉が見える。
もはや部屋と呼ぶべきその空間は、両側に等間隔で石柱が並んでいて、その上には不気味な化け物の石像が置かれている。
骨ばったヤギみたいな顔に痩せた人間のような体を持ち、コウモリのような羽が背中から映えている化け物の石像だ。
よく見ると石像の化け物は腕が四つある。
「うっわ。これ明らかにボスバトルじぇねぇかよ」
と、ウィークがボヤく。
確かに、西暦の産物でわずかに残っているゲームではこう言った禍々しい神殿みたいな部屋の奥にはボスが待ち構えている。
しかも、ガチで強いやつだ。
つーか、ウィークだってゲームでいう中ボスみたいな立場なのに何言ってんだよ。
……いや、でもこれはこれで面白そうだな。
それぞれ反した組織に属する中ボス同士が敵対して戦うって、面白そうじゃねぇか?
もう奥の扉の向こう側にボス的な立ち位置の何かがいることを前提に勝手な妄想を繰り広げていると、そんな俺を放っておいてウィークが扉へと近づいていき、触れた。
すると、ほんの瞬きの間に扉に四角形の穴が空いた。
ウィークがしゃがまずに通れるほどの正方形の穴だ。
(……今、何が起きた?!)
穴の手前側にも向こう側にも残骸が落ちておらず、本当にただ穴が空いたという感じだ。
まるで、空間を切り取ったみたいな……。
「音から……音がします」
ハッとした様子でポーラがいう。
……確かに、奥からは複雑に入り混じった音が聞こえてきていた。
鉄同士の打ち合う音であったりとか、爆発音のような音であったりとか。
他にどんな音が混ざっているのかはわからないが、向こう側で何かが起きていることは確かだ。
慌てて2人と1体でウィークの開けた(?)穴から扉の向こう側へ入っていくと……
「なんだよ……あれ……」
そこにはレオたち3人がいて、牛人間なんか比じゃ無い化け物と戦っていた。
ものすごく高い天井に、コロシアムの闘技場と変わらないレベルの円状のとてつもなく広い空間。
手前の部屋とは比較にならないほどの大きな蝋燭が、比較にならないほど無数に壁に並んでいて、ここが洞窟の中であることを忘れそうになる。
レオたちがその広い空間で戦っていたのは、手前の部屋に置いてあった銅像と瓜二つの化け物。
ただ、あの銅像よりははるかにでかい。
牛人間ほどのデカさでは無いが、ヤギの頭とコウモリの羽を持ち、人間のものでは無い皮膚で人間のような体を持つその化け物には腕が4つある。
化け物は上腕の2本でいつかの小巨人のような蛮刀を持っており、下腕では左右それぞれにもうコッテコテの木製の杖と巨大な本を持っていた。
「あの本……魔道書です」
などと、本を見たポーラが知らない言葉を出してくる。
(いや、魔道書ってなんだよ。ゲームとかで呪いを振りまいてるアレか?)
自分の知らないことをポーラが知っていて驚いているとヤギの化け物を見たウィークが理解しがたいといった様子で言った。
「なんだよあれ、めっちゃくちゃじゃねぇか……。形としては……バフォメットが一番近いのか?」
(バフォメット? 何それ知らないんだけど)
またもや知らない話を出されて困惑する俺。
そんな俺を置き去りにするように、目の前では信じられない光景が繰り広げられていく。
ウィークの言うバフォメット……ヤギの化け物は、指先だけで器用に手に持つ本をめくって行き、めくる指を止めると人語じゃ無いよくわからない言葉を発した。
「Atributo Grant conversión directa de Lightning」
すると、ただの木製の杖が黄色と白の中間ぐらいの色で淡く発光した。
「Inyección de amplificación de llenado」
その言葉がトリガーになったのだろう。
杖の周りの空間がぐにゃりと歪み、部屋が杖を起点に一瞬だけ眩く光ったかと思うと、中でも一層濃い光の線が空中で何度も方向転換を繰り返しながら、轟音を伴ってレオへと伸びていく。
その間実に1秒にも満たない。
レオは迫ってきた光を本能でなのか、バッと避ける。
すると、濃い光は地面へと触れ、その場所で小爆発が起きた。
焦げ、煙を吹き出す地面を見て、俺はようやくバフォメットの杖から飛び出たものが雷だったのだと気がついた。
「なんだよ……あれ……」
「あれが魔法だ。お前も見たこと無いわけじゃないだろ?」
当然だといった様子でウィークは言うが、正直言ってここまで魔法らしい、しかも敵意のある暴力的な魔法を見るのは初めてのことだった。
祖父の使う魔法はもっと、何処か優しみのあるものだった。
誰かを傷つけるものではなく、生活を豊かにしようというものだった。
「おいボウズ。ぼうっとしている暇はねぇ。加勢に行くぞ」
そう言い残し、ウィークはいつものように瞬間移動をした。
姿を現したのはバフォメットの右上腕の肩の上で、すかさず拳をバフォメットの肩へと打ち付ける。
すると、音もなくバフォメットの肩が抉れた。1メートル弱くらいの幅で、正方形に。
痛さでバフォメットが暴れ、振り落とされないうちにウィークはバフォメットから飛び降りる。
「テメェ……なんでこんな所にいんだよ」
ウィークに気づいたレオが警戒して睨みを利かせる。
「今は目の前の敵に集中しろ!!」
少し甲高いウィークの張り上げたような声は、本心そのものだということが感覚的にわかった。
肩を抉られたバフォメットは雄叫びをあげながら2本の蛮刀を振り回す。
刃だとか腹だとかを気にもせず、ただめちゃくちゃに振り回す。
突然距離を詰めてきたウィークを警戒して、がむしゃらに攻撃をして近づかせないようにしてるようだ。
ただ、そのがむしゃらな攻撃は刃に当たろうが腹に当たろうが致命傷になりかねない。
刃だったら身体が真っ二つだし、腹だったら強力な打撃攻撃で秒で骨が砕かれるだろう。
バフォメットの激しい暴れ具合にウィークが攻めあぐねていると、ふとした瞬間にその攻撃がウィークに当たってしまった。
振り回す蛮刀の背が迫る中、ウィークは両手を体の前に突き出し、攻撃をガードしようとした。
だが、そんな程度でバフォメットの重量級の攻撃が防げるはずもなく、ウィークはあっさりと吹っ飛ばされてしまい、壁へと叩きつけられる。
その光景を、レオとカレンは信じられないといった様子で見ていた。
もちろん俺もだ。
からんからんという鉄が地面にぶつかるような音がして、ピタリとバフォメットが暴れるのをやめ、不思議そうに右上腕が手にしていた蛮刀を見つめる。
ウィークを吹っ飛ばした方の蛮刀だ。
「っ……!」
思わず驚きの声が漏れる。
蛮刀は中腹で綺麗に折れてしまっていた。
折れたというより、切り取られたの方が近いだろうか。
刃は中腹で歪むことなく真っ直ぐに折れていて、地面に落ちてからんからんと鳴っていたのは蛮刀の刃先だった。
何が起きたのかと思いウィークの方に視線を向けると、小鬼の形に凹んだ壁にウィークの姿は既になかった。
ならウィークはどこに行ったのかなんて、考えるまでもない。
バフォメットへと視線を戻すと、いつの間にかバフォメットの眉間のあたりに立っていたウィークが既に拳を振り上げているところだった。
「痛ぇじゃねかよ。化け物風情が俺に攻撃しやがって」
少し、怒っているようだった。
そのまま振り抜かれた拳はバフォメットの左目に触れ、音もなく、眼球を正方形に切り取る。
左右の上腕に握っていた蛮刀をどちらも手放し、突然に欠けてしまった左目を両手で押さえながら、バフォメットが重低音で悲鳴をあげた。




