第83話:バベル攻略(6)
「よく、眠れましたか?」
頭を撫でられるような感覚がして、心地よさに導かれるように目を覚ますと、俺の頭はポーラの太ももの上だった。
ポーラは俺が目覚めた事に気づき、優しく笑う。
「えーっと……ああ」
自分が膝枕をされていたのだと気づいて、恥ずかしくなる。
そういえば、膝枕ってどうして膝枕なんていうんだろう。
枕にしているのは太ももなのに。不思議だ。
馬鹿な事を考えていて気づくのが遅れていたが、あたりは夜の色に染まっていた。
屋内なのになぜか空で照っていた太陽は姿を消していて、低くも高くも見える空には太陽の代わりに月が浮かんでいた。
浮かぶ三日月は仄かに光を放っていて、雲間から降り注ぐ月明かりで辺りの様子がぼんやりとだが見えてくる。
眠っている間に回復したのか、体は動くようになっていて、まだ少しだけ怠さが残るものの体を持ち上げるのに支障はなかった。
起き上がり、辺りを見回すと、
「よう」
つまらなさそうな表情で、ウィークが座っていた。
その背後には、引き千切られたような小鬼たちの残骸が転がっていて、それらから流れ出る血が緑の草花を赤や茶褐色やらに染めている。
あまりにも歪すぎる光景に、自分が眠りに落ちる前の事を思い出す。
(確か、臨戦態勢のウィークたちにポーラが1人で……俺を庇って……)
「そう怖い顔すんなよボウズ。俺はここでお前たちに手を出すような事はしないっつの。そういう約束になったからな」
「約束?」
すっかり戦意が消え去ったという様子のウィークを見て、自分が眠っている間に何があったのかが気になりだす。
「俺が寝ている間に……何が……」
ウィークはちらりとポーラに目配せをする。ポーラは首を横に振って返す。
ため息をつき、「だとよ」とウィークが俺に向けて言う。
俺が寝ている間に2人が何かしらのやり取りをして“約束”をしたのは確かなようだが、その過程が全く持って想像できない。
何より……
「この小鬼たちは……ポーラがやったのか?」
「……私の力じゃ……ないです」
ポーラが何を言っているのか分からなかったが、ウィークもポーラの言葉に納得しているようで否定をする様子はない。
だから、ポーラが言っている事は謙遜とかそういう類のものではないようだ。
「ボウズ。とりあえず火が欲しいんだが、何か持ってないか?」
「……火?」
「ああ。焚き火を作りたい。灯りが欲しいのもそうだし、お前たちも飯を作るなら火がいるだろ?」
ウィークに従うようで癪だったが、灯りが欲しいという点には同意できた。
だって、この場所は俺たちにとって初めての場所だ。
周辺の把握なんてできていないし、どんな生き物がいるのかも分かっていない。
だから、何か非常事態が起きた時にすぐさま状況を把握できるよう灯りがある方がいい。
身の危険を守る為ってわけだ。
だから、俺は荷物鞄の外収納から火炎瓶を取り出した。
「ここは燃えるものが多すぎる。だから、円形に地面を掘ってくれよ。もちろん、円の中の草は残してな。どれだけ燃え続けるかはわからないが、それなりの時間は火が保つはずだ」
「火炎瓶かよ。粋だな」
何が粋なのかはわからない。
「幸い、燃やすものは沢山ある。だから意図的に消さない限りは火が消える心配はないぜ」
ウィークは仲間たちの残骸を見ながら、なんてことなしに言う。
(こいつに仲間を弔う気は無いのか?)
俺の疑う視線に気づいたのか、ウィークは「そうじゃねぇよ」と立ち上がると、引き連れていた小鬼のうち数体が引いていた数台の荷車のうちの1つから薪を取り出した。
自分が随分と勘違いした解釈をウィークに貼り付けていたのだと気がついた。
それと同時に、ウィークが人間らしいともより一層に思えてしまった。
「薪は持ってきてんだ。1部隊を率いているわけだからな。この辺りもちゃんとしてんだよ」
言い聞かせるように話しながら、ウィークはテキパキと焚き火の用意を進め、あっという間に終えた。
つーか、燃やすものは持ってきているのに火起こしの道具は持ってきてないってどういうことだっつの。
用意された木組みの中央に火打ち石をはめ込むように置き、瓶の中に入れていた灯油を火打ち石と木組みに満遍なくかけ撒く。
そして、最後に、もう一方の火打ち石を木組みの中央に置いた火打ち石へめがけ軽く放ると……
「ああ良かった。これでようやく火がついたな」
灯った明かりに手をかざしながら、ウィークは卑しく笑った。
「これで、俺とお前たちの協力が成り立ったわけだ」
……そういうことか。
ウィークは火起こしの道具を持ってきていなかったわけじゃなく、火を起こすという1つの取り組みについてを敵対関係であるはずの俺と折半して行うことで、互いを協力関係としたんだ。
よくわからないけど、ここで俺たちに手を出すことはしないっていうポーラとの約束事に対し、正当化しようと理由づけした感じだな。
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日が明けると、俺とポーラとウィークは竹林の方へ向かって、歩き始めた。
戻ることを散々嫌がっていたのにどういう風の吹き回しなのかというと、昨日の晩、ウィークと色々話をして、ウィークが協力者(?)になったのだ。
まぁ、どんな話をしたのかは別の機会に話すとして、そこで俺はウィークとポーラがバベルを脱出するまで協力するという約束をしていたことを知った。
ウィークの言っていた約束ってのはその話だったそうで、協力関係になる以上、バベル内部で俺たちを襲うことはしない。
外に出てもこの場では一旦、互いに互いを見逃す。
何てふうに幾つかの取り決めをしていてくれたそうだ。
それら全てを俺が眠っている間にポーラがやったらしいけど、なんか胡散臭い。
ポーラがそういう駆け引きみたいなのをやるイメージが無いからだな。
そして、そんな協力関係になる(らしい)ウィークに、牛人間の話をすると、ウィークは討伐を手伝ってくれると言った。
お近づきの印ってことだろうな。これもまた。
けどまぁ、ウィークが強いことは十分に知っている。
あのケビンと戦って負けていないんだからな。
だから、その強いウィークが俺たちと戦ってくれるのならと、戻りたく無いと思っていた竹林の方角へと戻っていくことにした。
レオたちと牛人間の戦闘の場から逃げ、もう半日以上が経つ。
けれど、レオたちは俺たちの元へと来る気配が無かった。
良い加減不安にもなってきている。
死んではいないと信じているが、最悪の場合も考えてしまう。
3時間ほど歩き、ようやく竹林の入り口にまでたどり着くと、その場所には牛人間の姿もレオたちの姿もなかった。
ただ、踏み潰された一軒家の残骸があるだけで、他は何も無い。
地面のくぼみがいくつもあるくらいだが、それは牛人間の足跡だ。
「何だこりゃ」
飛び散る木片を見てウィークは不思議そうに言う。
「俺たちは第三階層についた時、その家から出てきたんだよ」
「何だそりゃ」
いや、うん。俺もそう思う。
ウィークは辺りをキョロキョロと見渡すと、その視線を最後に竹林の方角へと固定した。
牛人間が竹林から出てくる時にかき分けてへし折った竹たちの方角へと。
竹林は竹が乱雑に生え散らかしていたのだが、牛人間がかき分けてへし折って踏み潰したことで、その中央に不格好な道が出来上がっている。
「このでかい足跡、来た道をずっと戻っているな。小さい足跡もあるから、お前の仲間たちはこのでかい足跡の主を追いかけていったって感じだ」
足跡と状況を見て分析するウィークの言葉に、レオたちが死んだわけでなく、さらには牛人間に対して優勢だったと知った俺は、つい安堵の息が漏れる。
そんな俺に、「まぁ、追いかける追いかけられるは逆かもな」とウィークが余計な一言を付け足してくる。
いらねぇよそんな補足。
竹林の奥へと向かっていく足跡を追いかけ、しばらく進むと……
「あれがお前さんたちの言ってた牛人間の化け物かよ。“もう死んでる”じゃねぇかよ」
ウィークの言う通り、死体になった牛人間が竹をなぎ倒して転がっていた。
牛人間は両方の眼球がえぐり取られ、さらには左胸部に大きなバッテン状の傷を作っている。
正確には左胸部の肋骨の下から二番目の隙間に、左下の方向から狙って斬られている。
肉の裂け方から見るに、カレンが刀でズバッとやった感じだな。
肉の裂け目から心臓みたいなのが見えるし。
うぅ……グロい。
「何だこれ?」
仰向けで転がる牛人間の死体にいつの間にか登っていたウィークは、その傷口を手で漁っていて、傷口の中から一本のナイフを取り出した。
それは、血に濡れてはいるものの間違いなくシロのナイフだった。
きっと、カレンが肉を切り裂いて心臓をむき出しにして、シロが心臓に突き刺さるようにナイフを投げたんだろうな。
と、見てもいない戦いの場面を想像する。
「それくれよ」
特に理由も無しに言うと、ウィークは何も言わずに血に濡れたナイフを手渡してくれた。
牛人間の真っ赤な血をボロボロのローブで拭い、ナイフを短剣の革製収納帯へと強引にねじ込む。
「見た感じ、人間の足跡が3つ、この森の奥に向かって行っている」
ウィークから見たらこの竹林はただの森なんだな。
全然雰囲気が違うのに。
「何かを追っているとかなのか?」
「いや、その様子は無い。人間の足跡しか無いからな。推測でしかないが、この化け物がどこから来たのか見に行ったって感じがするな」
そんな自分の身を危険に置きに行くような真似をあの3人がするのかと一瞬考えたが、3人のうち2人はそういう奴だったなと思い出す。
まぁどっちかというと、牛人間に仲間がいるのなら俺とポーラと合流する前にその牛人間の仲間を全滅させて安全を確保しようって感じで牛人間の足跡を辿って行ったんだろうな。
「とりあえず、足跡を追ってみよう」
「いや、最初からそのつもりだろ」
キメ顔で足跡を追おうと言った俺に、ウィークが真顔でツッコミを入れる。
いや、うん。確かにウィークの言っていることは正しいんだけどさ。
うん。いや、何でも無い。




