第80話:バベル攻略(3)
第三階層へは思いの外早く進むことができた。
シロとの話を終えて宿で4時間ほどぐっすりと眠った後、俺はけたたましく街に鳴り響く音が何重にもズレて重なったような不快な音によって心地よい眠りから引き摺り出された。
つい数時間前にも聞いたその音に身体が反応し、寝起きで頭が回らない中で出発の準備を進めていく。
油の入った瓶の蓋を開け、代わりに小さな火打石を2つ包んだ布を詰め、荷物鞄の外収納に入れる。
爆弾がなくなって空いたスペースに、カフェからの帰り道で道具やから勝手に拝借したオイルランプを詰める。
本当はレオやニコラウスと同じように代金を支払いカウンタ−のキャッシュトレーにでも置いてこればよかったのだが、人のいない街に貨幣が価値を生むとも思えなくて、結局オイルランプを勝手に持っていくことにした。
レオに渡された支給品の長剣と俺自身が最初に支給された安物の短剣に刃の綻びがないかなどの確認をさっとすると、2つをそれぞれ鞘に収めてベルトに吊るす形で左右につける。
荷物鞄を背負い、準備は完了だ。
皆はもうエントランスに集まっているかもしれないと思い、慌ててエントランスまで走っていくと、案の定、真白……シロ以外の全員がすでに準備を終えて集まっていた。
「悪い。遅れた」
短く謝りながらみんなの元に駆けて行ったが、レオが「ああ」と最低限の返事を返してくれるだけで他の奴らはみんな反応すらしてくれなかった。
そんな俺たちの前に、どこからともなく鼠が姿を現した。
普通の鼠とは違って気持ちの悪いほど大きい鼠だ。
「うっわ。ドブネズミ」
鼠を見てレオはそういったが、明らかにドブネズミのサイズ感ではない。
ぱっと見だが、子犬ほどの大きさはある。
あまりにも大きな鼠に俺たちが皆、戸惑っていると、階上からトットットットッという床を叩く軽やかな足音が聞こえてきた。
足音は階段のあたりまで移動するとピタリと止み、その代わりにシロが階上の手すりを飛び越え、俺たちの目の前に飛び降りてきた。
シロが音もなく着地すると、大鼠は待っていたとでもいうように口を開いた。
「第三階層への扉が開かれました。第二階層の扉をロックします。第三階層への扉が開かれました。第二階層の扉をロックします」
第二階層に来る直前に出会った土人形と同様の文句を吐く大鼠。
と、いうことは、シロが見つけたという箱みたいなものをまた誰かが見つけたってことだろうか。
(どうも箱ってのが次の階層への扉を開く鍵っぽいしな)
「開けた奴が扉の場所まで案内しろ」
きつい口調で言うレオにポーラがびくりと肩を震わせ、「わ、わかりました」と声まで震わせていった。
どうやら、今回箱を見つけたのはポーラだったようだ。
ポーラに連れられて俺たちが開けた扉は『シャワールーム』と書かれた扉で、扉を開けた先には部屋の端から端までを全て使った巨大な階段があった。
泥砂凝固硬化物で作られた階段を登りきると、今度は人が一人通れるほどの極普通の木製扉があり、扉には『3』という数字が書かれていた
木製扉をレオが開けると、扉の向こうから強い光が差し込んできて、あまりの眩しさに目を細めてしまう。
さらには開けられた扉の向こうから心地の良い温度の風が吹き入ってくる。
(第三階層は外にでも繋がってるのか?)
外から見る限りではベランダみたいな場所はなかったよなぁ、なんて甘いことを考えていた俺は本当に非現実的なことに関する想像力が足りない。
扉をくぐった先は外に繋がった空間などではなく、外そのものだった。
どこまでも広がる青空に、眩く照る太陽。
日の光を浴びて輝く背丈の低い草原は無限に伸びていて、遠くに見える山まで遮蔽物が全くない。
振り向くと、俺たちが出てきたのだと思われる小さな木造の一軒家があった。
そして、その一軒家の後ろには、
「ほう。これまた立派な竹林ですねぇ」
竹だけが異常に生い茂る終わりの見えない林が広がっていた。
「これが……第三階層……!」
まじまじと竹林を見るガレスに続き、思わず感嘆の声が漏れる。
何せ、目の前に数えきれないほど生えている竹はそれこそ使い道がたくさんあり、弓矢や槍などはもちろん、水筒などの保存道具を作ることもできる。
そして何より、竹があるということは、その前段階の植物タケノコもあるはずで、タケノコがあるということはそれを食べにくる動物も居るということで、間接的にだが食糧不足になる心配はないということでもある。
ここまでもそれほど難しかったわけではないが、第三階層はより簡単なようだ。
なんとなくだけど竹林を抜ければ第三階層も終わりってわかるしな。
「俺、ちょっと竹を何本か取ってくる。悪いけど少し待っててくれないか?」
長剣を抜き取りながら竹林の方へ向かおうと歩を踏み出したところで、
「行くな!!!」
とレオに呼び止められた。
「行くなケイタ。危ないぞ。血の匂いがする」
鼻をひくつかせて顔をしかめると、レオはギケンを抜いて構えた。
血の匂いなんてしないぞと、不思議に思いながら竹林を見ていると、匂いの代わりに音が俺の元へと届いてきた。
それはバキバキッという何かをへし折るような音で、状況から考えるに何かが竹をへし折ってこっちに向かってきていると解釈するのが自然だ。
だけど……
(竹が折れるってどんだけ馬鹿力なんだっつの……!!)
竹という植物は、一部の国では弓を作る材料としてはるか昔から使われていた。
もちろん普通の木でも弓は作ることができるのだが、それでも、一度竹を知った人間は必ずと言っていいほど木じゃなく竹を使って弓を作りたがった。
その理由は、竹の方が強くて丈夫だからだ。
通常、木というものは堅く太く育って行き、折れずにその天命を終えていく。
だが、竹というものは長く伸びていく過程で太くも堅くも成長しない。
細くしなやかに成長していくのだ。
堅い木としなやかな竹をぶつけると、当然、木の方が強いがだからと言って竹は折れるわけではない。
しなやかであるぶん、力が要所要所から全体へと分散するのだ。
まぁ、何が言いたいのかというと、竹が折れることはまずほとんどない。
もし折れるようなことがあるのなら、それほどまでに強い異常な力を加えられていることになる。
つまり、今俺たちの方向へと竹をかき分け、へし折りながら進んでくる何かはそれほどまで異常な力を持っているということであり、音の発生源の高さから考えても竹をへし折っている奴は俺たち人間よりはるかに大きな体を持っているということである。
竹をなぎ倒す音は徐々に大きくなって行き、伴って地面を揺らすほどの足音が聞こえ始める。
竜種のものとも違うのっぺりとした歩調の足音は耳をすませて聞いてみると二足歩行だ。
一歩を踏み出す事の地面を踏みしめる音、蹴る音というものの重複具合が四足歩行のタタンタタンというものとは違ってザッザッという単調なものだからよくわかる。
まぁ、音の重さが全然違うけどな。
「っんだよ……コレ」
「こっ、こんな魔物、僕は知りませんよ」
竹をかき分けて姿を現したその魔物を見て、レオは絶句してガレスは尻餅をついた。
ポーラはもう悲鳴をあげられないほど驚いているって感じだが、それでも気を失っていない分、肝が据わっている。
カレンも驚いているけど刀に手を伸ばしているから化け物が出てくるってなんとなく予想はできていたんだろうな。
(シロも驚いているってことは、よほど珍しい魔物ってことなのか。それとも……)
こんな冷静に観察している風な俺だが、もちろんビビっている。
ビビっているからこそ現実逃避でみんなの観察なんかしてるんだ。
いや、だってビビらないはずがないだろ?
俺たちを笑う人間がいるなら是非とも同じ状況に遭ってみてほしいね。
首から下は人間で頭が牛、しかも充血した目はこぼれ落ちそうな勢いで飛び出ている。
手足は人間のもののそれだが体に対してのバランスが異常なほどに肥大化している。
多分、体重の半分以上を手足だけで占めているはずだ。
そんな化け物が目の前にいて、垂れた眼球でジロリと自分たちを見つめている。
なんていう状況でビビらない方がおかしい。
化け物は少し手を伸ばせばすぐに俺たちのうちの1人を握り殺せるって距離にいるわけだしな。
牛の頭を持つゴリラだか人間だかわからないその化け物は口元が赤く濡れていて、よく見ると足元も赤く染まっている。手のひらもだ。
「血の匂いの正体はこいつだな」
奥歯をぐっと噛みしめると、レオは言い忘れていた言葉を補足した。
「しかも、人間の血だ」




