第77話:バベル攻略(1)
「……ぃ!! ……!! …………ろ!!」
誰かが、俺のすぐ近くで何かを叫んでいる?
(そういえば前にも似たようなことがあったな……いや、違う。今はそんな場合じゃない)
俺はどうなった?
確か、シロが大量の生屍体を連れてきて、俺はまともに斬っては倒せないそいつらをどうにかするために……そうだ。爆弾を使ったんだ。
1つ作るのにバカみたいに時間がかかるあの爆弾を、1つでも教会を半壊させられる爆弾を2つも使ったんだ。
場合によっては俺も……あれ、俺は生きているのか?
「起きろ!!」
焦るレオの声が聞こえてきて、頬に衝撃が走った。
その痛みでふわふわとしていた意識がハッキリとし、俺は目をさます。
「……俺は…………」
「なに寝ぼけたこと言ってんだ。とにかくこの場所から離れるぞ!!」
あたりを見回すと、教会は文字どおり木っ端微塵になっていて、それだけじゃなくてあたりの民家も何件か崩壊していた。
そして、教会のあった場所には小刻みに蠢き増幅する肉片が大量に転がっている。
痙攣するようにひとりでに動くその肉片が生屍体そのものだと気付くのに時間はかからなかった。
生屍体は、こぶし大の肉片になってもなお、再生しようとしているのだ。
(なんつー再生力だ……!)
「ほら、早く立てよ」
差し出されたレオの手を取り、立ち上がる。
幸い、後頭部が少し痛むだけで他の外傷はないようだ。
きっと、俺とレオは爆発にほとんど巻き込まれたようなもので、レオは受け身やらなんやらが取れていたが俺はそれをできずに頭を打ち付け、気絶していたということだろう。
「ここ……か……ら…………で……る」
不自然なテンポでポツリポツリとそう言ったシロに先導され、俺たちはバベルの入り口の方角へと走っていく。
とはいえ、教会が吹き飛んであたりもぐっちゃぐちゃになっている以上、どの方角から自分たちがやってきたのかなんてわからなくなってしまった。
だから、俺たちはシロについていくしかできなかった。
「あ、お前なにしてんだよ」
俺たちがバベルの入り口にたどりついた時、その入り口の扉に背を預けるようにして、ガレスがむすっとした様子で座っていた。
「いや、ここが開かないんですよ」
ガレスは親指で雑に扉を指差して言う。
扉に近づき、レオと2人がかりで巨大な扉を押したり引いたりしようとするのだが、まるでビクともしない。
下部に隙間があることに気づき、地面に這いつくばって隙間を見てみるが時間は深夜だ。
外の光源は淡い月明かりだけで、そのせいもあって扉の下部からはなにも見えない。
「なんで開かねぇんだ?」
少しイラついた様子で、レオがゲシゲシと扉を蹴る。
カレンが弓の入った方の布袋から矢を1本抜き取り、扉の下側の隙間に差し込む。
そして、そのまま矢を左右に振り回す……と、カンッという甲高い音が鳴った。
鉄同士がぶつかる音だ。
「ダメね。この扉、鉄か何かで地面に固定されてるわ」
「じゃ、じゃあどうやって出るんだよ」
「お前の爆弾、また使えないのか?」
「あー。やってみるか」
今度は爆発に巻き込まれたくないので、俺は爆弾をレオに渡して簡単な説明をすると、ポーラとカレン、ガレス、シロとともに入り口からかなりの距離をとった。
安全圏に俺たちが出たのを確認し、レオが爆弾の紐を抜き取り、扉の前へと爆弾を置いて俺たちの元へと走ってくる。
そして、レオが俺たちの元にたどり着いたのとほとんど同時に、爆弾は爆発した。
閃光と轟音が辺りを蹂躙し、暴力の権化を際立たせるように土煙が広がっていく。
しばらくすれば土煙も収まるだろうと、俺たちはしばらくその場で扉の方を見てじっと待っていた。
だが、一向に土煙が晴れる様子がない。
(風が入り込んでいないのか……)
普通、爆弾で扉を破壊することに成功したなら外側の空気がバベル内部へと入り込み、その代わりにバベル内部の空気が外へと逃げていくわけだから循環され、空気がきれいになっていくはずだ。
つまり、もし爆弾で扉を破壊することに成功していたのなら、砂煙は晴れていくはずなのだ。
だが、その様子が見られない。
それはつまり、爆弾による扉の破壊が失敗したことの知らせだ。
「ダメだ。外気が入ってこない。失敗だ」
同じことを考えていたレオは、悔しそうに歯噛みする。
「そんな……じゃあどうやって出れば……」
作戦が失敗に終わったとわかるなり、ガレスは崩れ落ち、地面と見つめあった。
言葉には出さないが、ポーラもかなりショックを受けているようだ。
まぁ、そういう俺も結構キテる。
あたりに沈黙が行き渡り、どうしようもない気まずさを感じる中、突然町中に不協和音が響き渡った。
それは、波打つように低くなったり高くなったりを繰り返す音が、二重にも三重にも重なったものだ。
しかも、音の波打つタイミングが全部ズレている。
ふぉんふぉんと鳴るその音は、初めて聞いた音だったが明確に嫌いだと断言することができた。
理由は簡単で、その音を聞いただけで恐怖心が込み上がってくるのだ。
足元が震え、何か良くないことが起きているのだと漠然とした不安に襲われ、漠然とした不安ゆえに恐怖を感じる。
他の5人も同じように感じていたようで、皆が耳をふさいだり顔をしかめたりしている。
そんな俺たちの前に、土煙の中から1体の土人形が姿を現した。
土人形は全体的に丸いフォルムをしていて、言うなれば手足の生えた雪だるまって感じの見た目をしている。
覚束ない足取りで不格好に俺たちの目の前にまで歩いてくると、土人形の頭の中央がぐにゃりと凹み、そこに粒々の穴がたくさん出てきた。
「第二階層への扉が開かれました。第一階層の扉をロックします。第二階層への扉が開かれました。第一階層の扉をロックします。第二階層への扉が開かれました。第一階層の扉をロックします」
土人形の頭に開いた小さな粒々の穴から、女性のものっぽい不思議な声が聞こえてくる。
その声は何度もなんども同じことを繰り返しいう。
第二階層への扉が開かれたから第一階層の扉をロックした……と。
「つまり、先に進むしかねぇってことか」
獰猛に笑いながらレオが言う。
その表情はどこか嬉しそうだ。
いや、なんでそこで喜んでんだよ。
俺たち、ますますバベルから出られなくなるってことだぞ?
お前ぜったいに気づいていないだろ。
「そうね。退けない以上は進むしかないわ」
フンッと息を強く吐きながら、カレンが覚悟をしたように言う。
いや、お前もなんなの?
なんでそんなに楽しそうなの?
「よし、正式にダンジョン“バベル”の調査じゃなく、攻略のスタートってわけだな!」
「ええ。どれだけの階層があるかは分からないけど、それでもやれるだけやりましょう」
脳筋2人が馬鹿な会話をしているのを他所に、ガレスは顔を歪めて無言で土人形を見つめ、ポーラは辺りをキョロキョロと見回している。
「あ、あの……第二階層への扉って……」
水を差して申し訳ないとでも言うように、控えめな声でポーラは言うが、
(確かに。俺たちは第二階層への扉を見つけられていないんだよな)
だから、開かれたとかよく分からないことを言われても普通に困る。
相変わらず町中に不快な音が鳴り響く中、耳に響くそれらの音を裂くように、シロの小さな声が俺の耳に届いた。
「……あ」
……おい。「あ」ってなんだよ。
今の、明らかに心当たりがあるって感じの声だったぞ。
しかも、やましいことの心当たりがあるときのやつだ。
ポーラの肩を無意識に掴もうとしてしまい、それはダメだと思いとどまる。
そして、「なぁ、シロ」と声をかけて、「お前、何知ってんの?」と聞く。
すると、シロはその白金色が混ざった薄いピンクの瞳を俺から逸らし、不格好に小さく笑って見せた。
シロにやましいことがあるのはほとんど証明されたようなものだった。
「……おい。何を知ってるんだよ」
シロは俺から目を逸らしたまま「んー……」と小さく唸り、最後にただでさえ小さな声をより小さくして、俺たちがギリギリ聞き取れないほどの声で言った。
まぁ、俺はハッキリと聞き取れたわけだけど。
「ぞん……びぃ……ぱにっく?」
…………何言ってんのこいつ。




