第76話:対生屍体戦
「……にが……て…………わたし……む……り」
そう言って俺の元まで走ってくると、俺の袖を掴んで「……ん」といい、もう一方の手で生屍体を指差した。
……まじか。
(俺に戦えってかよ。レオに言えよ。俺より強いんだから)
とはいえ、数が多すぎるな。
カローンナの部下の男2人とは違い、シロが引き連れてきた生屍体たちは武装をしていないのだが、個々の戦闘力の低さを補うように数が多い。
俺が闘うとかレオが闘うとか言ってられない。
「レオ! カレン! 行くぞ!!」
「ええ!」
「わかってる。おら、これ使えよ」
そう言いながら、レオは持っている2本の長剣のうち支給品の方を俺に鞘ごと投げ渡してきた。
「いいのか?」
「ああ。短剣じゃ力不足だからな」
確かに、俺はかつて小鬼から奪い取った長剣をついさっき小太りの男の足に置き去りにしてきてしまっている。
「助かる」
「ああ。それ、そのままやるよ」
「いや、それは別に……」
「構えろ。来るぞ」
迫り来る大量の生屍体たちを睨みながら、レオは静かに獰猛に笑う。
そして、剣を構えて言った。
明確に俺に向けて、釘をさすように。
「迷わずに首を刎ねろ。全体重をかけてな。できるだろ?」
耳に届いてきた唾を飲み込む音が自分の喉からなっているのだと気付くことができなかった。
だが、その音に固まった思考が突き動かされ、俺は短く「おう」と返事をした。
俺のうだうだな返事を聞くと、レオはなぜか嬉しそうに笑い、そのまま重心を落として前傾姿勢になり、つま先に力をぐっと込めて瞬間的に最高速で走り出した。
それを見て、カレンも同じようにものすごい速さで駆けていく。
見よう見まねで曲がる関節に重量がかかり力が伝うのをイメージして、つま先で地面を掴むように足の指関節へ力を込めてそのまま勢い良く関節を曲げた状態から伸ばしきるように蹴ると、
(……っ!! すげぇ! 思った以上に強く地面を蹴れる!!)
同じようにして関節への力の加わり方やつま先への力の込め方を意識して走ると、今までよりもはるかに早く走れるようになっていた。
向かってくる生屍体たちにぐんぐんと迫って行き、低い姿勢から胴めがけて長剣を切り上げる。
今度は途中で刃が止まってしまわないように、ぐっと地面を踏みしめ、そこまで走ってきた速度を使って腰を捻り、運動エネルギーを回転に乗せる。
走るときにつま先に伝ったような力のたまりが背から腕に伝う感覚が確かにして、俺はそれに押し込む力を加える。
今まで、これほどまでに頭を使って戦ったことはあっただろうか。
力が正しく伝う最適解を探しながら一撃を繰り出した俺は不思議な感覚を味わった。
剣を振るった瞬間、確かに地面を踏みしめていたはずの両足が地面から離れ、体が浮いてしまったのだ。
それだけ振るった剣に力が乗っていたのだと気づいたのは、後になってレオに言われてようやくだ。
周りの生屍体をも巻き込み、数体の生屍体を腹で真っ二つにしたり胸のあたりで真っ二つにしたり、さらには顔面を横方向に真っ二つにした俺は、浮いた体がタックルをかまし、かなりの体数を押し倒す。
俺の下敷きになった生屍体たちはわなわなともがきながら、俺をどけようと俺の体を弄ってくる。
「わぁ、わはははは! やめろ! くすぐってくんな!」
その手つきがイヤらしくて、生きた人間の力の加わり方じゃなくて、あまりのくすぐったさにそんな場合じゃないとはわかっていても身をよじって笑ってしまう。
「遊んでんじゃねぇそケイタ!」
迷いなくバッサバッサと生屍体たちの頭を切り落としながら、レオが叱ってくる。
「わかってるよ!」
俺は激しく身をよじって生屍体たちの手を抜けて立ち上がると、そのまま俺の下敷きになっていた生屍体たちを長剣で串刺した。
串刺した……けど、
(ここからどうしよう。串刺しにしても痛がらないし意味ないよな……)
「ケイタ! どいて!」
カレンに言われて慌てて剣を引き抜いて飛び退くと、重なって転がっている生屍体たち4体の腹をカレンは刀で真っ二つに叩き切った。
「すまん」
「いいから次!」
「あ、ああ」
カレンは俺の返事を待つことなく、その綺麗な顔立ちに獰猛な笑みを浮かべて次の生屍体めがけて走って行った。
手近なアンデッドの喉元に刀を突き刺し、そのまま横に振りぬいて皮一枚の状態にするとその揺れる頭を手で掴み、引きちぎる。
その間に横に振りぬいた刀で別の個体の頭を刎ね、引きちぎった頭をまた別の個体に投げつけて目くらましにすると、投げられた頭から身を守ろうと手で顔を覆った個体の腕ごと顔面を切り裂く。
あちらこちらに乾いた脳漿が飛散し、変色したわずかばかりの血が垂れる。
鬼神のようなその戦いぶりを、カレンは楽しそうに笑いながらやってのける。
レオは……言うまでもない。
「うわぁはははは!!! 死ね! 死ね! 死ね!」
もう剣なんか使わず蹴りで足をへし折ったり素手で首を捩じ切ったりしてる。
お前、本当何なの?
本当に人間なの?
2人が異常な速度で生屍体を倒していってくれるのだが、3分の2ほどを倒したところで最初の方に倒した個体が回復を終え始めた。
「ダメだ! 手が回らねぇ!」
さすがに疲れてきたのか、レオとカレンの動きが鈍り始めて2人の額には汗が滲み始める。
そして、レオはぐちゃぐちゃと音を立てて再生をする生屍体の残骸を踏みつけながら、シロを指差して言った。
「手伝えよ勇者様よぉ。あんた強いんだろ?」
「ひっ……」
魔物さながらに笑うレオの顔を見て、シロの背に隠れるシロよりも背の高いポーラが短く悲鳴をあげる。
いや、まぁ気持ちはわかるけどさ、そろそろ馴れようぜ?
シロはというと、小さく首を横に振り、「にがて……なの」と返す。
「なっ! テメェ……」
「レオ! 俺に作戦がある!」
淡白なシロの返しにレオがカッとなるが、俺は“ちょうどいいタイミング”だと思い、レオを止める。
「今からこの教会ごと生屍体たちを吹き飛ばす」
「……どうやってだ?」
「今、俺は手製の爆弾を3発だけ持ってきている。だから、それを2つ使う。いくらこいつらが高い回復力を持つとはいえ、粉々になっちまえばそうすぐには回復できないはずだ」
「……できるのか」
「やるしかない」
「……わかった」
レオは頷くと、カレンにシロとポーラを連れて教会から出て行くように言った。
レオは残って回復した生屍体や残りの生屍体を相手取る。
その間に俺が爆弾を設置し、設置し終えたら俺とレオが教会から出て行って爆弾を起爆させるという算段だ。
カレンが道を切り開き、教会の外にまで出て行く女子3人組。
3人を生屍体たちが追い始めるが、そうはさせないと場に残った俺とレオで斬り伏せ、足止めをする。
「ケイタ、準備にどれくらいかかりそうだ」
俺たちが足止めをする間に無事に3人が教会から出て行ったのを見て、レオが確認のために聞いてくる。
「どれくらいもかからない。戦闘中にすぐ使えるよう、薬物を分ける仕切りを取り除いて1分で爆発するようにしてある」
「オッケー。ならギリギリまで引きつけて奴らを教会の中央部にひきつけるか」
「いや、これ以上時間をかけると回復した個体に邪魔をされかねない。今すぐだ」
「正直、俺もその方が助かるぜ」
はははと笑いあい、俺たちは互いにニッと笑うと、どちらから示し合わせたわけでもなく走り出した。
映像記録のようにうめき声をあげながら、映像記録とはちがって走って向かってくる生屍体たちを当然のように次々と斬りながら、レオがものすごい速さで走っていく。
俺はその後を置いて行かれないように走り、タイミングを見て爆弾の仕切りを取り除いた。
爆弾自体は正方形のプラスティック製の箱に薬品やら回路やらを詰めたものだ。
その頂点部から出ている紐……正確には紐同士を捻り合わせたものを引っ張ると、紐の先につながった薄い紙がちぎれ、仕切られていた薬品同士が混ざり合い、熱を発するようになっている。
中には熱を感知すると燃え上がるものもあり、その連鎖で爆弾は爆発する。
その間、実に1分。
正確には57秒23。
仕切りを取り除き、爆発までのカウントダウンが始まった爆弾をポイと生屍体たちの中に放り込み、俺とレオは教会から飛び出した。
そして、後を追ってきたアンデッドたちが教会から出ないよう、2人でそれぞれ左右の扉を勢いよく閉め、体重をかけて塞いだ。
内側からドンドンという叩く音が聞こえてくる。
それだけじゃなく生屍体たちの「ゔぁああああ」何ていううめき声も聞こえてくる。
いや、下手な魔物よりずっと怖いぞ。
しばらくそうやって開きそうになる扉を押さえ続け、爆発までのカウントをする。
(6……5……4……3……)
息を吸い、声を張る準備を整える。
(2……1……)
「レオ! 爆発するぞ!!」
「おう!!」
俺たちはそこまで抑えていた扉をバッと離し、教会を背に慌てて走り逃げる。
背後で勢いよく扉が開く音がして、次の瞬間、辺りは光と轟音に包まれた。




