第75話:生屍体-アンデッド-
「ケイタ。俺はメガネの方を殺る。お前はデブの方をどうにかしろ」
「わかった!」
カレンとポーラが俺とレオの横を通り過ぎたのを確認し、俺たちは長剣を振りかぶった。
つい、いつも小鬼を倒すときの癖で頭を切り落とそうとしてしまい、思いとどまる。
(2人が死ぬのを確認したわけだから2人が確かに生屍体になっている事はわかるんだけどな……)
けど、2人をどうしても人間だと認識してしまい、生屍体という実在を教えられなかった魔物だと認識する事ができない。
(仕方ない……足を切り落として動けないようにするか)
すぐに重心を後ろにずらし、片足だけを一歩引いたところで膝を折り、姿勢を低くする。
そして、そのまま小太りの男の膝のあたりを目掛けて横薙ぎに長剣を振り抜く!!
……が、俺の放った一撃は男の骨に僅かばかり食い込み、ゴチンという鈍い音を響かせて止まってしまった。
「ああくそ! やっぱりか!!」
どうにかして男から長剣を引き抜こうとするが岩に刺さったかのようにビクともしない。
そうこうしているうちにも男は俺に向けて剣を振り下ろしてくる。
(このまま長剣に拘ってたら死ぬ……なら!)
長剣を握る手をパッと離し、そのまますぐに短剣を抜き取ってそれを両手でしっかりと握り、腕に力を込めて小太りの男の攻撃を受ける。
「ゔぁあああああああああああ!!!」
言葉にならない言葉を叫び、男は片手のみで剣を握り、全体重をかけてくる。
見た感じでは俺と男では30キロ近く体重さがあるはずだ。
たとえ男が剣を片手で持つなんていう力のこもらないやり方で攻撃をしてきているのだとしても、体重が単純な攻撃力を補ってくる。
たったそれだけの事で俺は押し負ける。
なんとか受けてはいるものの少しずつギラついた長剣の刃が俺に近づいてくる。
そして、それに伴う形で俺は徐々に体の重心がズレていってしまう。
体の中央に重心を置き、一番力の入る形で踏ん張れるようにしたにも関わらず、少しずつ上半身が反って行き、中央で受け止めて分散させていた力が偏っていく。
下腹部への力が上手く入らず、より小太りの男の力が強く感じられる。
「やべっ、ダメだ」
腰のあたりが悲鳴をあげ、とうとう俺は踏ん張りきれずに背の側から床に倒れこんでしまう。
小太りの男は剣を握っていない方の手で俺の髪を掴み、今度こそ切ろうと再び剣を振りかぶる。
「させないっ!」
「死ね!!」
カレンとレオの声がして、一手目にカレンの刀が突きの形で小太りの男の顔面に突き刺さり、次いで二手目にレオの振るった長剣が小太りの男の剣を握る腕を切り落とす。
「退け! カレン!」
「わかってる!」
カレンはすぐに刀を引き抜く。
つーか、俺が足を切りつけたら骨にめり込んで抜くことすらできなかったのになんでカレンはあっさりと顔面に刺さった剣が抜けるんだって。
レオもレオだ。なんであっさりと腕を切り落とせるんだよ。
あ、レオの場合は単に力が強いってだけか。
そうだよな。俺よりも筋力量がえぐいもんな。
カレンが退いたのを確認し、レオは小太りの男の顔面を一発殴る。
男が僅かに怯み人間らしく踏ん張ろうとするのだが、俺の振るった長剣が刺さったままになっている方の足が体重を支えられないのかガクガクと震え、バキッという痛々しい音を響かせて勝手に折れる。
「失せろ!!」
片足が折れて倒れかかった男の顔面をレオは靴底で踏みつけるようにけり、そのまま男の頭を地面に叩きつける。
いやぁ、エグいことするなぁ。
「ぐがぁ……」
鈍い音がして、男は切り落とされていない方の手で頭をさすろうとする。
なんというか、生屍体のわりにかなり人間らしい動きをするな。
そういえば、人語を話す小鬼もそうだった。
「そのまま死んどけ!」
低い声でがなり、レオは男の腕ごと頭を刎ねる。
喉を割かれた時に血はほとんどが出切っていたのか、傷口から血は両手ですくえるほどしか流れ出ない。
躊躇ないなぁコイツ。
「悪ぃ。助かった」
例を言いながら立ち上がると、頭のない死体が転がっているのが見えた。
その死体、首の傷口からさらに体を縦に割るように胸のあたりまで割かれている。
がたいからしてその死体があの眼鏡の男のものだということはすぐに分かった。
いや、本当に躊躇ないな。
相手は少し前まで人間だったんだからちょっとぐらいは抵抗しろよ。
少し視線を動かすと、縦方向へ真っ二つになった人の……眼鏡の男の頭が転がっていて、骨やら脳漿やらが丸見えになっている。
脳に関しては……少ししぼんでいて溢れているな。
(うっ……)
「うっぷ……気持ち悪」
「吐くな。汚い。飲み込め」
いや、飲み込めって。
まぁレオに話しかけられて意識が拡散したから吐き気は治ったんだけどな。
「すまん。大丈夫だ」
「じゃあすぐにここを離れましょう」
「は、はい。私もここに居たくないです」
……なんだ?
2人ともやけにこの場所を嫌がっているな。
何かあっ……
「ああああああああああああああ!!!!!!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
背後で物音がして、そちらに視線を向けた俺はつい、これまで生きてきた中で一二を争うほどの大声で叫んでしまった。
共鳴するようにポーラも悲鳴をあげた。
広い部屋に響く声を喉の奥底から出す俺たちの視線の先で、胸元まで縦に割かれた頭のない死体がふらふらと立ち上がったのだ。
そのすぐ近くでは、小太りの男の死体が地団駄を踏むようにバタバタと暴れている。
多分同じように立ち上がろうとしたのだろうが片足しかなくて立ち上がることができず、結果としてそんな暴れているみたいな形になってしまったのだろう。
「いいから早く!! レオもケイタもここから出て説教台か何かで扉を塞ぐわよ! 早くしないとまた奴らが回復するわよ!」
「「……は?」」
聞き間違いでもしたのかと思い、俺もレオもつい聞き返してしまう。
いや、ほんと聞き間違いだろ。
え、回復が何って?
「早く逃げるの! そいつら、切っても切っても“元に戻る”の!」
うっわぁ。聞き間違いじゃなかった。
どうりでカレンが逃げ出すわけだ。
さっきの戦いを見る限り、カレンが2人の生屍体に勝てないようには思えなかったが、斬り伏せても倒せないというのなら納得出来る。
なんてことを考えている間に、俺の眼の前でカレンの言葉が嘘じゃないことが証明されていく。
胸元まで割けて左右に分かれていた死体の縦割けの傷が、薄い蒸気を発しながら徐々に塞がっていく。
ぐちゃぐちゃという生々しい音を発しながら細胞が増殖していき、筋繊維が組み上がり、繊維同士が絡まって回復していく。
見ると真っ二つになった頭の方も同じように細胞が増殖して筋繊維が組み上がっていき、互いを探るように筋繊維が伸び、がっちりと噛み合ったと思うと互いに引き寄せあい、二つに割れていた頭が一つに戻った。
その頃には体の方も修復が終わっていて、体は跪いて手探りで自身の頭を探し始める。
その光景をみて痛感した。
今目の前にいるのは、まさしく生屍体と呼ぶにふさわしい魔物なのだと。
「ダメだ! 逃げるぞ!」
さすがに倒せない相手を倒すことは無理だと判断したのか、いつもは強気なレオが額に冷や汗をにじませながら撤退を支持する。
カレンとポーラ、俺、レオの順番でリビングを出て行き、通路を駆け抜けて聖堂部に逃げ込むなり、俺とレオの2人がかりで説教台を持ち上げて扉の前にぴったりと寄せて置いた。
あの2人はそれなりに人間としての知性が残っているようで、少しでも扉が開いてしまえば隙間に剣を差し込んで簡単に扉を開け切られてしまうと思ったからだ。
扉の前に障害物を置いて安全を確保した俺たちはそれぞれ適当な位置の長椅子に座ったり寝転んだりをして呼吸を整えた。
しばらくして、ゴーンという大きな鐘の音が響いた。
何事かと思ったが、教会の入り口の上に取り付けられた巨大な時計を見ると、短針と長針がともに12を指し示していた。
どうやら日付が変わったことで鐘が鳴らされたらしい。
「まだ1日も経っていないのか」
何気なくレオが言った言葉に、疲れが倍増したように感じる。
「お前なぁ……」
余計なことを言うなよと、俺よりも入り口側の椅子に座るレオに言おうとして、俺は止まった。
俺の視界に、どこかに姿を消していたシロが映ったのだ。
シロはてけてけと小股で走りながら、開け放たれた扉から教会の中へと入ってきた。
「…………たす……け……て」
その背後におぞましい量の生屍体を引き連れて。
「おいおい嘘だろ。50や70なんて生やさしいもんじゃねぇ。下手したら200ぐらいいるぞ」
震える声でレオが言う。
いや、つーか200ってマジ?




