第7話:前日譚(5)
「戦うって何と戦うんすか?」
手を上げて質問をするレオをケビンは指差した。
「お前とケイタだ」
ニヤリと不敵に笑うケビンの顔を見て大体の事情を察することができた。
これは親睦会なんてもんでも無いし、国王から命令が出ているものでも無い。
ケビンがこの場にいるのは国王から監視やらの指示が出ているからなのかもしれないが、この場所にケビンが俺たちを連れてきた目的は決して親睦会なんて可愛らしいものではなかった。
この馬鹿野郎は単純に俺とレオを戦わせたかっただけだ。
自分の教え子である俺と俺になぜか突っかかるレオ。2人を戦わせることでケビンは楽しもうとしている。コイツはそういう人間だ。
「そういうことすか」
犬歯をむき出しにしてレオが獰猛に笑う。
ホント、コイツ本当は人間じゃなくて魔族なんじゃないの?
「理解してくれたか?」
「ああ。理解しましたよ。感謝します。コイツを叩くチャンスをくれて」
親の仇だとでも言うように睨みを効かせてくるレオ。
何でそんなに俺に突っかかるんだよ
「何で俺なんだよ」
意味なんて無いとわかっていて聞いてみた。
「面白そうだから」
ほらな。ふざけんなよマジで。
「まぁさっさと始めようか。カレンちゃんとポーラ嬢ちゃんは見学な」
‘しっしっ’と手のひらで追い出すようなジェスチャーをしてカレンとポーラを部屋の隅に追いやると、ケビンは俺とレオを部屋の中心まで連れて行き、最後に‘ドンッ’と重い音を立てながら床を思い切り踏みしめた。
次の瞬間、天井から鞘に収まった状態の2本の長剣が落ちてきた。
どこから降ってきたんだ?
天井を見上げてどこから落ちてきたのか確認するが、あるのは複雑に交差した鉄の骨組みと真っ白に塗られた天井だけで特に変わった場所は見られなかった。
「ホラ。二人とも剣を手にとれよ。どっちも同じ剣だから差はねぇぞ」
言われるままに長剣を取ると、それは俺がこのひと月で何度となく使ってきた長剣と同じ種類の剣だった。オーソドックスな両刃の長剣だ。
レオが剣を抜き、鞘を投げ捨てる。
俺も真似て剣を抜き、鞘を投げ捨てる。
「じゃあいくぞ。合図をしたらスタートだ。ルールは単純。相手を気絶させるか降参させるかしたら勝ち。戦いは剣でも素手でも自由だ。ただ、剣は実剣だから打ちあうにはいいが体に触れそうになったら絶対に寸止めしろよ?で、急所を切れるライン上で寸止めしても勝ちな。それじゃあ行くぞ」
長剣を握る両手に力が入る。レオの方は長剣を右手だけで持っている。
相変わらず犬歯をむき出しで獰猛に笑うレオはどこか余裕そうだ。
スタートと同時に動き出せるよう歯を食いしばり、左足を引いて右足に重心をかけたまま姿勢を低くする。前傾姿勢の前方重心だ。
レオは俺の様子を見て右足を引き、重心を中心に置いた。剣を持った手の力を抜いていて、剣はだらしなく引いた右足の隣に垂れている。
「始めっ!」
ケビンのどこか不真面目な声が部屋の中に響くなり、俺は重心のかかった右足に思い切り力を込めて走り出した。
初撃はおそらく縦方向に剣を振り下ろす形で攻撃してくるはずだ。
だからその一撃を下から縦方向に弾きとばし、振り上げた勢いのままさらに一歩踏み出す。そのまま同じ線をなぞるように剣を振り下ろすことで相手の攻撃への反撃がかなう。
レオの攻撃をいなして倒すための2連攻撃だ。
うまくいけばそれだけでレオを倒すことができる。このプランで行こう。
剣の間合いに入ったところで剣を思い切り振り上げた。
そこにはレオの振り下ろす剣があるはずで、俺の振り上げる剣によって甲高い音を立ててぶつかるはずだった。
はずだったというのは、そうはならなかったということだ。
確かに甲高い鉄同士のぶつかる音はした。けれど、俺の想定していたシチュエーションとは少々異なった。
俺の攻撃にレオは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに冷めたような顔になり、重心を若干後方にズラしたのちに腰を起点に上半身を思い切りひねった。引いた右足で軽く地面を蹴り、その反動を利用して体が左に向くように思い切り回転した。
その回転に引っ張られるように剣が横薙ぎに振られ、振り上げた俺の剣はあっさり弾き飛ばされた。
右から左へと横方向へ剣を振ったレオは、俺の振った剣を弾くと同時にその勢いを利用して左足を軸に逆方向へと体を回転させた。
剣を弾かれてバランスが崩れた俺は、視界の右側から迫る剣の腹をただ見ることしかできなくて、それがレオによって繰り出された二撃目だとはすぐに理解できなかった。
レオの振るった剣の腹が右頬に当たり、鈍い音が響いた。
「きゃあっ!」
ポーラの悲鳴が聞こえてきて、うるさいなと思いながらそちらを見ようとしたがそう思い通りにはいかなかった。
体が言うことをきかず、頭がふらふらとして崩れ落ちる。
手に力が入らず手先足先が意識と乖離してひとりでに小刻みに動く気持ちの悪い感覚があった。
そのまま俺は意識を失った。
「何であんたはいつもそう勝手なことばかりするの!私が帰ってきてなかったらどうするつもりだったの!」
聞いたことのない女性の声がした。
低く芯の通った強気な声だ。
「へいへい。スンマセン。スンマセーン」
その女性の声にケビンが雑に返事をするのが聞こえた。
「痛ぇ」
「あ、お、起きました!」
激しく痛む右頬をさすりながら起き上がると。すぐ目の前にポーラがいた。
位置的に、意識を失った俺の傍に座ってずっと様子を見守っていたのだと思う。
「俺、どんくらい寝てた?」
「えっと…その、10分ほど…です。多分」
「そっか」
「は、はい。その…寝心地が悪かったかもしれませんが」
そう言いながら、ポーラは目を逸らして自身の太ももを恥ずかしそうに摩った。
あー。なるほど。そういうことか。
ポーラは俺の傍に座って俺の様子を見ていたわけじゃなくて、意識を失った俺に膝枕をしていたわけだ。
現にほら、視界の奥側でレオがつまらなさそうな表情で俺とポーラを見ている。
「その…。ごめん」
「あ、いえ」
大丈夫です。と尻すぼみに言いながら、ポーラは目を伏せた。その際にポーラのウェーブがかかった綺麗な金髪が揺れ、控えめな金木犀の香りが鼻に届いた。
気まずい。
「イチャイチャしてんなよ」
「黙れ!」
「痛っ!」
なぜか首輪をつけられたケビンがヤジを飛ばしてきて、余計なことをするなとでも言うように‘知らない女性’がケビンの尻を蹴飛ばした。
レディーススーツをバッチリと着こなした黒髪ショートのその女性はケビンの首輪につながった紐を握っていた。少し眠そうな表情はしているが、眉がつり気味なせいなのかしっかりした人間という印象を受けた。
「その人は?」
聞くと、ケビンはへらへらとした様子で答えた。
「アリスちゃん」
「喋んな」
今一度尻を蹴られ、ケビンは「スンマセン」と今度こそ静かになった。
ポーラはアリスちゃんと呼ばれた女性を指刺し、小さな声で「私の先生です」と言った。
「私の先生のアリスみ「ポーラ」」
アリスが言葉を遮った。
「自分で言うから」
「は、はい。…すいません」
しょんぼりしてしまったポーラを見て困った顔になりながら、アリスは名乗った。
「私はアリス。アリス・メッセンジャー。この子は私を先生というけど正確には師匠ね」
「いやいや、付き人の間違いでしょ」
ヤジを飛ばすケビンの頭にアリスがゲンコツを落とした。
そういえば、このひと月の間、最初に王城に呼ばれた時から思い返してもポーラの付き人を見たことはなかった。何気に初めての対面だ。
アリス・メッセンジャー。メッセンジャー。ケビンと同じだ。
ますます胡散臭さが増した。
ケビンやアリスはとても血が繋がった関係には見えない。
じゃあ夫婦か?
「あ、なんか勘違いされてたら嫌だから言うけど、メッセンジャーってのは家名じゃなくて役職名だからね?」
まるで俺の考えを見透かしたかのようにアリスが指摘してくる。
役職名。なるほど、役職名か。
だったら、多分他の人たちもケビンと同様で以前とは異なる名前を名乗っている可能性があるのか。
「えー。俺は別にアリスちゃんと家族でもいいよー」
ケビンが冗談半分に言い、またアリスに殴られる。
何というか、最初から胡散臭くてふざけることの多いケビンだが、アリスの前だと普段よりも一層ふざけているように見える。
「じゃあ、常識もわからない馬鹿な子へのオシオキは終わったワケだし、それぞれいつものように個人練習に向かいなさい。多分きのう国王から言われてるだろうけど、もう国王による座学授業はないから。あとは個々でやれることをやりなさい」
気づけばジョージやヒシギも部屋の中にいて、俺を含めた候補勇者の4人は皆が皆、付き人に連れられて意味のない戦いのあった部屋を後にした。
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「お前さぁ〜。もう少し‘まともに戦っても’よかっただろ?」
ここひと月ですっかり暮らし慣れた自室に戻るなり、ケビンが呆れたように言ってきた。
「うるさい。てか、何で俺とあいつを戦わせたんだ」
「いやいや。さっきも言ったろ?面白そうだからだって」
「面白そうだからってお前さ……どっちかが死んでたらどうするんだ?」
「それに関しては大丈夫だ。そもそも、どっちも死なないことを前提で動いてたからな」
親指を立てるケビンはやっぱり胡散臭い。
さっきアリスから「私が帰ってきてなかったらどうするつもりだったの」とか怒られていたじゃねぇかよ。何が大丈夫なんだ。
「大丈夫って何を根拠に言ってんだよ」
「根拠って、普通に考えればわかるだろ。なにせレオは勇者役だ。無駄に正義感も強いとデータにあった。気が強いともな。だったらアイツはメンバーをしっかりとまとめたがるはずで、警戒するのは当然リーダーに憧れる傾向にある男子だ。今回、男子はお前だけで、だからレオはお前との上下関係を定めることによって自分がリーダーであるということをお前含めた3人に知らしめようとした。そこに必要なのはお前を殺すことじゃない。お前に明確な実力の違いを示すことだった」
こんなとこでどうだ?とドヤ顔をするケビン。
普通に腹が立つ。
「どうだって…それはあくまでも条件を整えていった‘もしも’の想像だろ」
「まぁ確かにそうだわな。けど、事実として死にはしなかったんだから良いじゃねぇかよ」
「良いじゃねぇかよってテメェ…」
「んなことはどうでもいい」
つい一瞬前までヘラヘラとしていたケビンは急に…真面目な顔になった。
「で、どうだ?」
「どうだって何がだよ」
「レオだ。戦ってみてどう思った?」
自覚する限り、俺は弱い。
魔法使いのくせに魔法が使えないし、剣や銃や弓などの武器は中途半端なレベルでしか扱えない。徒手は得意ではないし知識や経験も浅い。
おそらく、旅立ってすぐに死ぬことはないが特訓に費やした時間と同じ期間、ひと月を生き残ることができたら上出来だろう。
俺の実力はその程度の弱さだ。これでも過大評価している方だと思う。
けど、いくら弱い俺でもレオには勝てるだろうとは思っていた。
相手は俺と同じで少し前までは一般人だったワケで、特訓の期間は同じだった。
なら、レオによほどの天性の才能のようなものがない限り、より実践的な経験を積んだ俺の方が強いはずだ。そう思っていた。
けど…
「……レオは…強かった」
俺が思っていたよりも、レオは強かった。
レオによる初撃の想像とそれに対して放つ攻撃。それだけで勝てると思っていた俺が浅はかだったわけだ。
意味もなく俺を毛嫌いしているところから、もっと感情的で単純な戦いをするものだと思っていた。けれど、実際のレオは俺の初撃を見て攻撃を選び、返り討ちにするほどには考えることができ、冷静に戦うことのできる男だった。
「アイツは…レオは、最低限信用できる人間だ」
レオと戦ってそれを実感した。
レオ・ガラードという赤髪の青年は信用に値する確かに強い人間だ。
アイツと旅に出ることへ不満は抱かない。
「そうか。ならよかった。これでお前はレオと力を合わせられるな?」
「ああ。アイツの力は大体わかった」
「そうか。じゃあ、あとは休んで明日の門出の儀を迎えるだけだな」
「は?今日は何もしねぇのかよ」
「しねぇよ。最後に重要なのは体力を整えることだ。今日から旅立ちまでゆっくり休め。文句は言わせねぇぞ」
「……わかった」
ここで俺が食い下がったのはこのひと月で胡散臭いケビンをある程度は信用するようになっていたからだ。
それに、ケビンの言い分も理解出来る。
不安でギリギリまで何かしらの訓練をしたいが、それをやりすぎることで体力を失い、いざ旅立ってから全力のパフォーマンスができないとなっては元も子もない。
練習と本番は違う。どれだけ練習をしたところでそれは練習だ。本番ではない。
だったら、俺が今、ひと月の準備期間の最後の時間にすべきことは悪あがきのような意味のない訓練ではなく、旅立ちを想像して気持ちを整える休息だ。
「あ、あとさ」
部屋から出て行こうと身支度を整えたケビンが思い出したように言う。
「お前、旅立ってからは絶対に手を抜くなよ。死ぬぞ」
持ち上げた右手の親指を首の前でスライドして見せてくる。
本当、アメリカンなジェスチャーで腹が立つな。ここはアメリカだけど。
「…わかった」
ケビンの忠告をありがたく受け取り、手のひらをヒラヒラさせて出て行くよう促す。
とうとう明日、門出の儀だ。
今寝転がっているこのベッドで寝るのも今日が最後だ。
明日の夜には16年を過ごした実家へと帰り、身支度を整えて明後日には旅立たなければならない。
きっと、実家に帰ることができるのも明後日が最後だろう。
これまで魔王が滅びることはなかった。魔王を無事に倒すことができていたのなら人類は今頃、勇者ルールなどを捨てているはずだ。
そして、魔王が健在であるという事実は裏を返せばこれまでの候補勇者が誰1人として目的を達成できていないということであり、それはすなわち、誰1人として旅を終えることができていないということでもある。
だから、俺はもう二度と米国の街オリジンには帰ってくることができない。
住み慣れた、原点という意味を持つ原初に最も近いこの街には帰ってくることがない。
考えれば考えるほど不安になってくる。
本当に、俺は旅立てるのか。旅立ってもいいのか。
こんな時、父さんが居てくれたら相談に乗ってくれたりしたのだろうか。
「眠くなってきたな」
そういえば、ケビンは休めと言っていた。変に考えてばかりいては休めているとは言えない。
さっさと寝て体や頭を休めよう。
それが一番いい。




