第74話:魔法と魔術の差異
「それは本当なのか?」
俺から聞かされた話を信じられないようで、レオは項垂れる。
「本当だ。俺はさっき、この教会の書庫に偶然たどり着き、そこで1冊の本を見つけた。それによると、再編というのは人間から魔族へと生物としての最優位を移す事を目的とした計画だそうだ。つまり、俺たちが知っている再編は全てが魔王による計画だった。いや、魔王というよりは魔族というべきか」
「そのあたりはどうでもいいが……って事はあれか? あの人類のほとんどを殺して多くの場所を更地にしたという天撃は神の意思だとかそういうのじゃなく、魔王軍による攻撃だったっていうのか?」
確認の言葉に俺はわざと大きなため息をついて「だからそう言っているだろ」と、返す。
俺は本当の事を言っているのにまだ疑うのかという意味合いを裏に込めて言動での圧力をかける。
「天撃は魔王軍による超巨大原子力爆弾攻撃の別称だ。さらに言うなら、天撃は空の彼方に浮かぶ人工衛星から投下される」
「人工衛星?」
聞きなれない言葉に眉をひそめるレオ。
よし、うまくレオの興味のベクトルを分散させる事ができたな。
このまま俺が間違えずに情報をばらまき続ければ、レオは話を本来の形でまとめる事ができずに興味が失せるはずだ。
そうなれば、俺は隠すべき事を隠す事ができる。
再編についての本当の話を。
魔王も魔族も、何もかもが俺たち人間の作ったものだっていう悪夢のような話を。
「人工衛星っていうのは俺たち人間が作った星の偽物の事だ」
「それをなんで魔族が持ってんだよ」
「さぁな。そこまでは俺もしらねぇよ。ただ、人工衛星自体が西暦の時代のものだから、多分それを魔王軍は乗っ取って使っているとかそういう話じゃねぇか? それに、魔王軍には人間もいるみたいだしな。お前も見ただろ? はぐれでピースがニコラウスに魔王軍への勧誘をしていたのを。そういう事例もあるわけだから、魔王軍の人間がその人工衛星を作ったっていう話も有り得ない話じゃあ無い」
「うーん……まぁ、そうか」
俺の思惑通り納得したように話を飲み込み、それ以上の追及をしないと決めたレオだが、その代わりに俺の予想外の行動に出てやがった。
立ち上がって伸びをすると、「じゃあその書庫とやらに案内してくれよ」なんてぬかしやがったのだ。
「は?」なんていう単調な反応しか返せなかった俺に、レオは獰猛な笑みを浮かべながら「俺もその本を見てみたい」とか追い打ちをかけてくる。
その魔物に向けるような魔物さながらの笑みを俺に向けるなよ。
それ、怖いんだから。
本当は嫌だが、ここで渋れば俺の言葉が嘘だった事がすぐにでもバレてしまう。
あの書庫へレオを連れて行ってあの本を見せたのだとしたら、それはそれで俺が嘘をついていた事がバレるが、まぁ真実を知る共犯者が増えた上にレオはきっと俺が嘘をついた理由を理解してくれるだろう。
……仕方ない。連れて行くか。
「はぁ……わかったよ。案内する」
「いや、当たり前だろ」
……うん。まぁ、そうなんだけどさ…………
再び薄暗い通路を渡り、大きなテーブルの置かれたリビングへとたどり着くなり、俺は自分があの本を見つけてしまった書庫へと繋がる扉を開け……
「……あれ?」
首を傾げた。
「んだよ。ここ、普通の部屋じゃねぇかよ」
そう。レオの言う通り扉を開けた先に書庫は無く、ごくごく普通の生活部屋があるだけだった。
それこそついさっき見たポーラの居た部屋と同じで、ベッドがあり、机があり、本棚がある。みたいな部屋。
「おかしいなぁ。部屋間違えたのか?」
テンパっていたし、どうせどの扉が書庫の扉なのかうろ覚えだったのだろう。
まぁ、周辺の扉も開けてみて書庫を探せばいいか。
……なんて思っていた俺は、全ての部屋の扉を開けてそのどれもが書庫へつながっていなかった事がわかり、肩を落とした。
「そんな……どうして……」
そこまで口にしたところで、ハッとした。
そういえば、書庫から出るときに似たような現象に遭遇したなと。
あの時は書庫から出ようとしたら教会じゃ無い別のどこかに扉の先がつながってしまっていた。
なら、きっと今回は逆……いや、違う。そういうことか。
本来ならリビングにある扉は全部、教会に身を置く人間が生活をするための個室にしかつながっていないのだろう。
さっき階段を上って二階に行ってみると、風呂場だとかの部屋は全部二階にあったから間違いない。
だけど、あの時、俺が適当に部屋を選んで扉を開けた時だけは、扉の先がこの場所じゃ無いどこかへと繋がっていた。
そして、書庫から出ようとした時は書庫が本来つながっている扉の先へと出てしまった。
なら、繋がった先の岩肌だとか肌寒さだとかから考えて、あの書庫はどこかの地下にでもあるのか?
……楔国に帰ったらカローンナにそれとなく聞いてみるか。
「レオ……俺、門出の日にお前たちにすべてを話したよな」
「全てって?」
「魔法を使えないっていう話」
「ああ。確か、魔法なんてもの本当は存在しないって話だっけ?」
「そうだ。けど、あの時の話は嘘も入っているんだ。それに関しては申し訳ないと思っている。ただ、あの時はまだお前たちを完全に信じることはできていなくて……」
「いいから本題を話せ」
レオにそう言われ、俺は回りくどく言い訳するのをやめて、推測を話すことにした。
今回俺が書庫へとたどり着いてしまった、その原因……いや、犯人についての推測を。
「この世界に、魔法というものは確かにあるんだ。けど、その全てが俺たち人間の理解できない位置に存在しているから、俺たちは魔法というものを実感として感知する事ができない。簡単に言うと、魔法はあるが俺たち人間には使えないんだ。なにせ、魔法は……」
少し、言葉に詰まってしまった。
俺は魔法についての説明を受ける際、魔族の理に則った超常的な力を魔法と呼ぶのだと教えられていたが、今となっては魔族が人間に作られたものだと知ってしまった。
だから、魔族の理も人間が生み出したものの延長ということになり、俺たちが魔法を使えないのはおかしいという話になってしまう。
……どうにかして、この魔法の説明の魔族という部分をすり替えないと……。
「えーっと……その……そうだ! 魔法っていうのはな、悪魔の力を行使するものなんだ。悪魔の理に則って、俺たちからしたら自然現象だとしか思えない物事を引き起こす。それが魔法だ。だからこそ、魔法は悪魔には使えるが俺たち人間には使えない」
「悪魔ってなんだよ」
「えーっと……あ、悪魔っていうのはより悪い魔族という意味だ」
「魔族に良いも悪いもねぇだろ」
「そこは素直に流してくれって……」
レオが魔族を変に毛嫌いしていることを忘れていた。
これは俺の失態だな。
「ま、まぁ、とにかく魔法は存在するけど人間には使えないって認識してくれればいい。だからこそ俺も魔法は使えない。ただ、この話には例外があるんだ」
「例外だぁ?」
「ああ。本来なら人間は使う事ができない魔法だが、大魔法使いだなんて崇められているあのクソジジイ……ニシゾノハルアキは擬似的にだが魔法を使える」
そう。西園晴明……旧姓・安倍晴明は、その特異な経歴による膨大な知識量を使い、魔法の事象結果を人為的に再現する研究をして、成功した。
魔法の事象結果再現手法を晴明は魔術と名付けた。
現状、俺たちがおとぎ話に出てくるような魔法使いの真似事をしようとするならば、魔法を使うことはできない為に必然的に魔術を使う事になる。
だが、魔術とは言ってしまえば科学の応用だ。
当たり前のように膨大な知識を必要とし、それをいつでも引き出せる才能が必要となる。
それほどまでに魔術ですら使うのは難しいため、通常の人間は魔術を覚えようとしても難しいものを2つだけだとか簡単なものを5つだけだとかいう覚え方しかできない。
もちろん俺も例外じゃなく、俺は物覚えも悪かったからもはや魔術と呼べない劣化的な武器製造くらいしかできない。
火炎瓶やC-4の製造だとか、魔術の枠組みに存在はしているものの、その最下層にある物事しか俺は行う事ができない。
本当、自分の才能の無さを恨んでやりたいほどだ。
けど、晴明は違う。
アイツは魔術の生みの親だ。
通常の人間が数個しか使えない魔術を何十何百と使う事ができ、さらにはそれらの魔術の組み合わせでさらに多くの魔術を使う事ができる。
それこそ、あのクソジジイは本当の意味で魔法を擬似的に使う事ができる。
ただ、それはクソジジイが失踪する前、今から3年以上も前の時点でのアイツの性能……能力の話だ。
今はもうどうなっているかはわからない。
もしかしたら真に魔法に迫り、偽物じゃなく本物の魔法使いになっているかもしれない。
……いや、なっているハズだ。
思い返せば鮮明に情景が浮かぶ。
西園晴明が俺の眼の前で虚空に溶けた事も、何もない空間で炎を生み出した事も。
どれもこれも、間違いなく確かに魔法だった。
ただ、本人は魔法じゃないと否定していた。
けど、あれは確かに魔法だった。
失踪前にすでに幾つかの魔法を使えたのだから、いまはもっと多くの魔法を使えるようになっているハズだ
門出の日にもその兆候はあった。
あの日、俺の鞄の中から折りたたまれた紙が出てきた。
入れた覚えのないその紙には、懐かしい祖父の筆跡で『頑張れ!』だなんてうすら寒いメッセージが書き綴られていた。
あれもきっと、祖父が魔法を使って俺の鞄の中に入れたか、魔法を使って俺たちに感知されないように俺たちへと近づき、自分の手で鞄の中に入れたかのどちらかだ。
その詳しい仕組みはわからないがだからこその魔法だ。
まぁ、何が言いたいのかというと。
「俺たち人類で唯一魔法を使う事ができるのが俺の祖父……西園晴明なんだ」
「まぁ、ニシゾノハルアキは大魔法使いだなんて言われているくらいだからな。当たり前だろ」
あ、あれ? あまり驚かないな……。
うーん。なんか調子狂うなぁ。
「と、とにかく、今回俺が再編について書かれた本を見つけたのも、書庫にたどり着いたのも、きっと魔法が原因なんだ。魔法によって作為的にこの場所にはないハズの書庫へと飛ばされ、俺はあの本を見つけたんだ」
「……何が言いたい」
「たぶん、この不明建造物……ダンジョン“バベル”にはニシゾノハルアキが関わっている」
だからこそ、“俺”が書庫にたどり着いたんだろう。
……いや、“俺”がたどり着いた?
どうしてあのクソジジイは俺がこの建物に居る事を分かっていて、俺が選んだ扉の先をあの書庫へとタイミングよく結びつける事ができたんだ?
…………俺の開いた扉……別の場所に…………認知されずに近づく……っ!!
バベルに関係しているわけじゃない!
「レオ!」
「お、おう。どうした」
突然大きな声を出した俺に、レオがドン引きする。
けどそんな事はきにする必要がない。
「ここに……このバベルの中に、西園晴明が居るぞ! 絶対にだ!」
「なっ……それって!」
レオが何かを言おうとしたが、最後まで聞いている暇はない。
「行くぞ!」と短くレオに言い放ち、俺は生活部屋を飛び出した……のと同時に、カレンとポーラが休憩をしていたウィルとバースの死体がある部屋の扉が轟音と共に吹っ飛んだ。
何が起きたのかわからなくて目を見開いて突っ立っていると、部屋の中からポーラの手を引きながらカレンが飛び出してきた。
それも、刀を構えて。
「どうしたカレン」
レオが声を張り上げて聞くが、カレンは焦っている様子で、俺たちを見るなり間髪入れずに「逃げて! 2人とも!」と叫んだ。
「な、ど、何があった!」
緊急事態という事だけはよくわかり、俺は長剣を構えた。
レオも何が何やらといった様子で同じように両刃の長剣を構える。構えたのは、以前ピースによくわからない事でバカにされていたギケンと呼ばれる長剣だ。
俺の問いに答えてくれたのかは分からないが、カレンは息を切らせながら端的に何があったのかを叫ぶ。
「早く逃げて! 生屍体よ! ポーラが殺しちゃった2人が生屍体になったの!」
「ひ、ひぃぃ! 嫌です! 嫌です!」
俺たちの方へ向かって逃げてくるカレンとポーラの後を、喉元にぱっくりと穴の開いたウィルとバースが剣を構えながら走って追ってきている。
2人の顔に血の気はないが、虚ろな2人の両目はけれども確かにポーラをしっかりと捉えていた。
それにしても生屍体か……。
俺たちが国王から教えられていない魔物だな。
いや、それよりも、生屍体ってそんなにしっかり走るの?
昔の映像記録とかを見る限り、もっと千鳥足でふらふらと歩くものだと思っていたぞ。
そんなガッツリ腕を振って前傾姿勢で走るとか怖っ!!




