第73話:大魔法使いの遺物
つい、反応してしまった。
「当然、人類の敵になるつもりが無い僕は人類の敵になろうと心が揺れる2人に、甘言に惑わされるなと言いました。ですが、2人はカローンナ様の部下として大きな成果を出せていない人間でした。当然、出世欲があっても出世ができないという状況にあり、2人は身分などというくだらないものに飢えていました。結果……」
喉が鳴るほど大きく息を飲み、ガレスは「結果」と重ねて言った。
「2人は魔王軍に入ることを選び、提示された条件を満たすことに決めてしまいました。おそらく、楔国は中立国家だから魔王軍側に立ったとしてもカローンナ様と対立することは無いのだろうと高をくくっていたのだとも思います。もちろん僕もそれを見過ごすような馬鹿ではありません。カローンナ様に相談しました。そこで、カローンナ様は2人を罰するに足る明確な証拠を持って来いと、僕に2人の監視をするよう命じました」
「で、それが今お前が土下座している事と何が関係あんだよ」
要領を得ないガレスの話に、レオがイライラしだす。
すると、ガレスは顔を上げてレオの表情を確認すると、再び額を地面へと擦りつけ、少しの無言の後に本題をようやく話した。
「今回のダンジョン“バベル”の調査ですが、本当の目的は大魔法使いの遺物を手に入れるためにウィルとバースが行動を起こしやすいよう、状況をあえて作って2人に不審な動きをさせる事でした」
「……もう少し詳しく話せ」
「今回、2人がポーラ・アクター及びニシゾノ・ケイタと接触しやすいように最小限の人数で部隊を編成し、カローンナ様は僕たちをバベルの調査へと送り出しました。そこでの僕の目的は2つ。1つ目はウィルとバースが目的の2人に接触する機会を生み、決定的瞬間をこの目でとらえる事。そしてもう一つが、実際にウィル達がポーラ・アクターとニシゾノ・ケイタに危害を加えようとした際、2人を裏切り者から守る事」
「……うん。よくわからん」
自分には理解できないと、大きくうなずきながらレオは言う。
確かに、ガレスの話は聞いていて分かるようであまり分からない。
それよりも、あのクソジジイの遺物だって?
何だそりゃ。
つうか、あのジジイまだ死んでねぇから遺物じゃねぇぞ。
「えーっと、ガレス……さん。顔を上げてくれ。聞きたい事がある」
「……はい」
納得できていないという様子だが、ガレスは土下座をやめてくれた。
「あんた、あの2人の目的はクソジジ……ハルアキの遺物だとか言っていたな」
「はい」
「何で2人は俺やポーラに接触する必要があったんだ。俺はあのジジイから何も貰ってないぞ。それに、何でポーラなんだ」
「それは……」
言葉選びをさっきの時点で間違えていたのか、ガレスは言うべきか言わないべきかを迷っている。
と、いうよりは、俺が何も知らない事に動揺しているという感じだ。
そして散々にもったいぶった末、ガレスは結局、言った。
「まず一つ。ウィルとバースがニシゾノ・ケイタ……あなたを狙ったのは、あなた自身が大魔法使いニシゾノハルアキの遺物であるからです」
えーっと……何言ってんのコイツ。
いや、言っている事自体はわかるんだ。
どうせ俺があいつの孫だからある意味遺物だとかそういう感じだろ?
けど、俺を確保する事が魔王軍にとって何の得に…………そういうことか。
魔王軍の目的は俺を得る事じゃなくて、俺を得る事で大魔法使いのクソジジイをおびき寄せる事だ。
そう考えると俺を確保したがるのは……いや、だとしたら、どうしてオリジンやはぐれで俺を確保しなかった?
……なぜだ…………
「そして、ポーラ・アクターを狙ったのは…………」
突然、ガレスは俯いて言葉を続けるのをやめてしまった。
「どうしたんだ?」
「早く続きを言え」
俺とレオが立て続けに言葉を投げかけるが、ガレスは悔しそうに首を横に振って「これ以上は言えません」と言った。
「何でだよ、早く言えって」
またイライラが活性化したレオが強めに言うが、ガレスは動じない。
「本当にすみません。これ以上は……許してください」
「だから何でだって!」
「悟ってください!!」
声を張り上げたガレスの顔には恐怖の色が滲み出ていた。
無機質に感じた瞳はわずかに揺れ、眉尻が下がっているようにも見える。
何かに……怯えているようだ……
「もう……僕の目的はある意味果たされました。これ以上、この場所にいる意味はありません。申し訳ないですが、一足先に帰らせていただきます」
俺たちの反応を見る事なく、ガレスは今一度だけ地面に額をこすりつけた後、スッと立ち上がって部屋から出て行った。
「……ん……んんぅ……」
バタンと扉の閉まる音がして、次いでポーラが目元をこすりながら起き上がった。
「どう? 落ち着いた?」
寝ぼけ眼であたりを見回すポーラに、カレンが優しく聞く。
それにポーラは「うん」と頷く。
つーか、ポーラはカレンに対してならそんなにも砕けた感じなんだな。
なんていうか、少し新鮮だ。
「おいポーラ。お前、隠し事してるのか?」
「ちょっ、お前!」
唐突で直球すぎるレオの言葉に、つい俺が反応してしまう。
だが、そんな俺とは裏腹に、ポーラは落ち着いた様子で「何の事ですか?」なんて言っている。
可愛らしく小首を傾げて。
「いや、いい。気にするな」
「は、はい。そうですか……」
「ああ。来い、ケイタ。後はカレンに任せるぞ」
「お、おう」
レオの後を追い、部屋を出て教会の聖堂部へ戻っていくと、説教台の裏からガレスの荷物はなくなっていた。
「あいつ、本当に帰ったのか」
鼻で笑いながらレオは言う。
確かに、本当に帰るとは思わなかった。
何というか、最後までよくわからない人だったな。
また会う機会はあるだろうが、その時は絶対に気まずくなるだろ
適当な位置の長椅子に腰を下ろし、「で、どう思う?」とレオが聞いてくる。
「どうっていうのは?」
何て事を聞き返したわけだが、本当はレオが何を指して聞いてきているのか俺は分かっていた。
ただ、どうしても話を逸らしたくて必要なない確認をしてしまった。
せっかく俺たちは仲間として互いに認め合うようになってきたのに、こんなところでひょっこり現れたよくわからない男の話で互いを疑うようになってしまうのは、どうしても避けたかった。
だから、ポーラが嘘をついていると思うかという意味合いで「どう思う?」と聞いてきたレオに対し、俺はそのどう思うという言葉の詳細を説明するように求めた。
長椅子に深く腰掛け背を預け、天井の絵画を興味もないくせにまじまじと眺めながら、レオは「どう思う?」の詳細についてを話す。
「あの男の話していた事についてだ。魔王軍の幹部が接触だの勧誘がどうだの、あと、大魔法使いの遺物がどうだのって奴」
おーっと、ちょっと俺が思っていたものと話が違うみたいだぞ?
また格好つけて推測して外してやがるじゃん俺!
あらやだ! 恥ずかしい!
「そうだな。全部を信じるわけじゃないけど、魔王軍がジジイの遺物を欲しがっているっていう点は信用していいと思っている」
「それは、どうしてだ?」
「門出の日の話を覚えているか?」
レオはわからないといった様子で少し首をかしげて考える仕草を見せる。
だが、やはり俺が何を指しているのか思い当たらないようで、「どれの事だ?」と聞いてきた。
「魔王軍の目的が完全な再編がどうのこうのっていう話だ」
「そういえばそんな話もあったな」
いや、そんな話って、あれ分かりやすく重要な話だっただろ。
お前、さてはゲーム下手くそだな?
「魔王軍は再編のために大魔法使いを欲しがっている」
「大魔法使いを欲しがる事と大魔法使いの遺物を手に入れることは何が関係あるんだ?」
「考えてみろ。魔王軍はどうやら俺を欲しがっているようだが、俺は大魔法使いだなんて風に崇められているニシゾノハルアキの実の孫だぜ? どこの世界にも、実の孫を愛していない祖父なんてそうそういないだろ」
「それは人それぞれだろ。けどまぁ、お前が言いたい事はわかった」
力強くレオは頷く。
本当、脳筋のバカなのにこういう時はちゃんと頭がキレるから助かるよ。
「大魔法使いはまだ生きているんだろ? 失踪のニュースは聞いた事があるが、死亡のニュースは聞いた事が無いしな」
「ああ。あのクソジジイはまだ生きている。この魔王を倒すための旅に出てすぐの頃、あのクソジジイから書面での接触があった。だから生きているのは間違いないと思う」
「なら間違いないな。魔王軍はお前を欲しがっているというよりは、お前を人質にする事で大魔法使いをおびき寄せる事を目的としている」
「ああ。俺もその結論に至った」
少しの間、レオは「ん〜」っと低く唸るような声を上げ続け、そのうなり声が止んだと思うと同時に“絶対に聞いて欲しくなかった事”を聞いてきた。
「なぁ、再編ってなんだ?」
俺は今、冷静な表情で居られるだろうか。
俺はこれから、冷静なままでレオと話す事ができるのだろうか。




