第67話:突入
カローンナの部下の一人であるメガネをかけた背の低い男。その男の運転する大型の車に乗り、俺たちは円柱状の不明建造物、ダンジョン『バベル』の元へと移動した。
その建物は、故郷の米国王城裏にあるコロシアムによく似ていた。
が、ぱっと見の印象がよく似ているとはいえ、大きく違う点があった。
何千何万の人が収容されるコロシアムよりも目の前にあるバベルははるかにでかかった。
レオにどれほどのでかさがあるかを聞いたが、幅も高さもわからないと言われた。
まぁ仕方がないだろう。
なにせ、目前のバベルははるか空の果てにまで伸びていて、一番上が見えない。
建物の最上部を視界は捉える事ができず、建物は途中で雲を突き破ってそれこそ世界の外にまで伸びようとしている。
そんなバベルには街の塀に取り付けられた扉と同じような、大きな扉が取り付けられているわけだが、その扉は開けっぱなしにされており、バベル自体への出入りが自由にできるようになっていた。
「……誰……か…………説……明」
痛みで口が思うように動かないのか、シロは喋りづらそうな様子で言葉少なに話す。
シロは天撃の際、爆心地の近くにいながらも無事に生き残る事ができた第一世代の一人だ。
神経や骨、内臓、脳までもが溶け、皮膚の下で肉と混ざってしまっている。
つまり、身体中に脳やら内臓やら骨やら神経やらが満遍なく広がっている状態であり、普通に生活をするだけでも身体中に激痛を伴う事になってしまう。
だからきっと、普通に話す事すら辛いのだろう。
だからこそ、シロは言葉少なで無表情なのだろう。
「それでは私が説明させていただきます」
誰か自分の代わりに説明をしろというシロの言葉に、カローンナの部下である小太りの男が名乗りをあげる。
「今回の主な目的ですが、ダンジョンバベルの第一階層及び第二階層の調査と、それぞれの階層でのキャンプ地設立です。食料も限られていますから、今回は最大で3日が活動の限界だと思われます」
「……ん」
ほとんどわからないほど小さく頷き、シロはバベルの内部へ向けて歩き出した。
かなり淡白に見えるが、シロなりの精一杯の反応なのだろう。
まぁ、カローンナの部下はそうは思っていないようで少しだけ嫌そうな顔をしているけどな。
入り口の周辺は植物が消え去っており、乾いた土肌を踏みしめながらバベルの内部に入ると、そこには街があった。
何かのたとえではなく、文字通りの街だ。
家々があり、施設があり、広場があり、街灯が闇を照らすようなあの街だ。
だが、煉瓦造りの街並みが確かになるのだが、その場所に人の気配はまるでない。
つい数時間前にカローンナから見せられた地底都市の様子によく似ている。
見回せば、家々のはるか奥の方には教会のような建物がある。
「拠点は……必要なさそうですね」
背の低いメガネの男が確認をするようにシロに言う。
だが、シロはわずかに首を横に振って気だるそうに腕を持ち上げると、教会と思われる建物を指さした。
そして、皆が視線をそちらに向けたのを確認するなり、持ち上げていた腕を下ろして静かに歩き出した。
俺たちは無言で歩くシロの後を追う。
先頭を行くシロ。その後ろを、カローンナの部下だという3人の男がシロを護衛するように歩く。
そして、前方を歩く4人を追うように、レオとカレン、俺とポーラがそれぞれ隣り合って歩いた。
「こ、ここ……確か魔物が生息しているって言われていましたよね……」
「あぁ。確かそんな事言ってたなアイツ」
「ハッ! んなもん、俺がいるから大丈夫だ」
「私も居るワケだしね」
ポーラの不安を鼻で笑うレオ。そんなレオの意思に同調するように、カレンは敵の姿が見えているワケでも無いにもかかわらず鯉口を切る。
「その……頼もしいです」
戦う気満々の2人にポーラは苦笑いをする。
「それにしても、どの建物も新築って感じじゃ無いよな」
と、歩く中でふとレオが言った。
言われて目を凝らすと、確かに煉瓦造りの街並みはどれもがそれなりに劣化をしている様子だ。
「まぁ、こんなもんだろ」
「つい最近に突如出現したというのにか?」
ハッとした。言われてみれば確かにだ。
カローンナは言っていた。バベルはつい最近に突如として姿を現し、存在が確認されたのだと。
ならば、多めに見積もっても出現から20日と経っていない。
にもかかわらず、バベル内部の街並みはどう見ても建造から数十年と経っている風貌だ。
建物のあちらこちらにヒビがあり、物によっては欠けたりしているものや半壊しているものもある。
まるで、かつてどこかにあった街がそのまま使われているみたいだ。
使い古されたようなどこか気味の悪い街を歩き進み、教会の前までたどり着くと、レオが一歩前に出て教会の扉を開けた。
ギギギという重い引きずるような音を伴いながら、鉄製の扉がゆっくりと開き、内部の様子が見える。
教会の内部は壁に等間隔で無数の蝋燭が取り付けられており、それらにはしっかりと火が灯っていた。
故に、街灯という光源があった街中とは違えど教会内はしっかりと明るかった。
そして、扉が開いた音に気がついた様子で、教会内にいた無数のゴブリン達がこちらを振り向いた。
「しまった!」
慌てた様子で剣を抜くカローンナの部下3人。
だが、シロは3人を手で制止させた。
「だい……じょー……ぶ」
そう言うなり、シロは左手を横方向にピンと伸ばしてローブをはためかせると、その内側に無数に取り付けられた短剣を右手で3本抜き取り、裏拳の要領で投擲した。
飛ぶ短剣は的確にゴブリン3体の額を裂くワケだが、シロはそんな事は当然だとでもいうように次の動作に移る。
裏拳の動作でピンと伸びた右腕でそのまま靡くローブからさらに短剣を3本抜き取り、投擲する。
すると、またもや投擲された3本は吸い込まれるようにゴブリンの額に突き刺さった。
「残り17だ」
腕を組んでシロの戦いを見るレオの言葉に、シロは「……ん」と短く返す。
そして、次は自分自身の体を抱きかかえるように腕を体に巻きつけ、そのまま両手で短剣を3本ずつ握り、同じように裏拳の要領で投擲、さらに伸びた腕で再び短剣を取り、投擲。
その一連の動作を繰り返し、シロは23体のゴブリンをあっという間に倒してしまった。
「ここ……拠点」
「で、ですが、ここにはゴブリンがいたじゃないですか。まだ他にもゴブリンが居る可能性がありますし、とても安全とは言い切れない以上この場所を拠点にするのはどうかと思われます」
「だい……じょー……ぶ」
そう言うと、シロは鞘に収まっていた小刀を抜いた。
柄と刃の長さがほとんど同じの、刃の中央に一直線に複数の穴が開いてる牡丹の飾りが特徴的な小刀だ。
そして、シロは牡丹の飾りを少しだけ捻り、こう呟いた。
「聖……剣、起……動」
次の瞬間、カチリというスイッチを押すような音が教会内に鳴り響いた。
「……ん」
それだけを言い置くと、シロは小刀を鞘に収めて教会から出て行った。
きっと、「……ん」というのはもう大丈夫の意か何かだろう。
果たしてシロが何をしたのか。何を持って大丈夫だと思ったのかはわからない。
ただ、聖剣という言葉をシロが言ったのは確かで、その事実にどこか引っかかりを覚えながらも、テクテクと先を進んで行くシロを追って俺たちも教会を後にした。




