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世界再編と犠牲の勇者譚  作者: 人生依存
或る魔法使いの物語 第1章 前日譚編
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第6話:前日譚(4)


 門出の儀式前日、朝目がさめると当然のようにケビンがいた。


「やっと起きたか」


「お前、何でここに居んだよ」


「いいじゃねぇかよ。いつものことだろ」


 いつもの朝で、とても明後日には旅立っているとは思えない。

 本当に旅立つことができるのか。

 もしかしたら訓練不足とかで旅立ちの日付がズレたりしないものか。


 何はともあれ、まともに訓練ができるのは今日が最後だ。

 明日には門出の儀式が執り行われ、俺たちは翌朝早くの出発に向けてこれまでの人生を過ごした自宅で療養を取ることになる。


 泣いても笑っても自分を鍛えることができるのは今日が最後で、慣れ親しんだ自宅に帰ることができるのも明日が最後だ。

 まぁ慣れ親しんでいると言っても、両親がほとんど不在で大嫌いな祖父と暮らしただけの嫌な思い入れしか無い自宅だ。別に寂しさを感じるわけでは無い。


「で、今日の訓練は何をするんだよ。何の武器だ?俺の苦手な槍か?またゴブリンを殺せばいいのか?」


「まぁ、そう慌てんなよ。今日はちょっと違うぜ。国王がお呼びだ」




 ケビンに案内されて以前にも訪れた国王の部屋に向かうと、そこには他の3人がすでに集まっていた。

 以前と同じように横並びになって待っている3人の正面にはすでに国王がいた。


「スンマセン。遅れました」


 ケビンがそう言うと、国王は「気にするな」と返した。

 俺が以前と同じように赤髪の青年レオとポニーテールの少女カレンの間に立つと、待ってましたとでも言うように国王が声を張り上げた。


「よくぞ来てくれた!全員揃ったな」


 国王は相変わらず立派に生え散らかした顎髭を愛おしそうに手で撫でる。


「4人とも、準備は万端か?生き残ることはできそうか?」


「ああ。万端だぜ。俺が魔王を倒してやるよ」


 レオが国王の言葉に即答する。

 てか、ひと月しかなかったのに準備万端なのか。

 それに、魔王を倒してやるとかどこからそんな自信が湧いてきてんだよ。


 俺たちは少し前まで学校に通っていたか職について何かしらの仕事をしていたかだ。ひと月の準備期間で生き残り、魔王を倒すことができるようになるわけが無い。


「私も準備は万全です。必ずや、魔王の首を落としてみせましょう」


 俺が困惑していると、右手にいるカレンも準備が万端だとか言い出した。

 最初に見たときから何となくわかってはいたが、カレンもレオも自信過剰で勇者ルールに基づいた旅立ちに積極的なようだ。

 ホント、どこからその自信が湧いているのかはわからないけれど。



 俺たちはこの約ひと月の間、様々な準備を行ってきた。


 それは主に知識と技術の二つに分けられるのだが、魔物の種類や特徴、それらに合った戦い方の知識を国王から学び、実践的な戦い方をそれぞれ付き人から学んだ。俺の場合はケビンだ。


 国王によって執り行われる座学は基本的に4人が集まって行われた。その理由だが、国王も暇なわけが無く、一人一人に時間を割くことができないからだ。


 一方で付き人による実践教育、技術教育は候補勇者とそれぞれの付き人が一対一で、個々で行われた。理由はケビンが語っていたが、それぞれの役職で覚えるべき知識や技術が違い、行うべき実践教育が違うからだ。

 最初の頃、知識や経験は武器だとケビンがよく言っていたが、その言葉をどういう意図で言ったのかはイマイチだ。



 不安な様子で俯向くポーラを見るとふと目があった。

 思わず目を逸らしてしまったが、逸らした視線の先に国王がつまらなさそうな顔でむくれていた。


「ウォッホン!」


 国王のわざとらしい咳払いがあまりにもわざとらしくて、俺の後ろでケビンが「うっわ」とヤジを飛ばした。


「うっわとか言わないでよ。傷つくから」


「はいはい」


「はいはいって君ねぇ〜」


「国王の言う通りですよケビン。仮にも国王なんですからもっと敬った態度を取らないと」


 カレンの護衛者つきびとの言葉に国王が悲しそうな顔になる。


「いやいや。ヒシギちゃんの方がよっぽど酷いと思うよ?」


「ヒシギちゃんと呼ばないでください。気持ち悪い」


 本当に気持ち悪いと言った表情でヒシギちゃんと呼ばれたカレンの付き人は吐き捨てる。


「お前たち!止めないか!国王も。時間が無いので早く進めてください」


「あ、ご、ごめんね?」


 レオの付き人の言葉に国王がより一層しょぼくれる。


「あーあ。おっさんが拗ねちゃうじゃんか。怖いなーゴリラは」


「ゴリラじゃない」


 レオの付き人は真顔のまま答える。

 ケビンはレオの付き人をゴリラと呼んだが別にそこまでいかつい体格をしているわけでは無い。

 多少筋肉質だが細身で健康体そのものだ。確かにケビンと比べたらかなりいい体ではあるが。


「ほらそこ。ケビン君。ジョージ君にまで噛みつかないで」


「へいへーい」


 レオの付き人はジョージと言う名前なのか。

 なんか、ケビンと同じで胡散臭い名前だな。


「本題に戻らせてもらうが、今日君たちに集まってもらったのは顔合わせのためだ」


「顔合わせ?」


「顔合わせだ」


「何でまた」


「互いを知らなければ信用が生まれないだろう?」


 噛み付くようなレオの言葉を国王は丁寧に受け止めていく。


「君たちは明日、儀式が終わり次第これまでの人生を過ごしてきた自宅に帰ることになる。そして、翌朝にはこの街を出て君たちは魔王の元へと向かう。顔合わせをする機会は今日しか無いわけだ。そして、共に旅をする仲間である以上、互いを知らなければ背中を預けられないし、協力して戦うことができない。生き残るためには互いを知ることが大切だ」


 だから君たちには今から簡単では無い自己紹介をしてもらう。



 

 国王のその言葉で、俺たちの自己紹介は始まった。


 知り合ってからひと月をあけての奇妙な自己紹介だ。


______



 国王のだだっ広い部屋で俺たちは椅子に座り、4人だけで向かい合った。

 俺、レオ、カレン、ポーラの4人だ。

 それぞれの付き人と国王は気を遣って席を外すといい、5人で部屋を出て行った。


「俺はレオだ。武器は父からもらったこの長剣を使う。剣の名は‘義剣ぎけん’だ。家族は農家をやっていて、俺はついひと月前まで家の手伝いをしてた。趣味は無い。以上だ」


 以上かよ。


「以上かよ」


 声に出ていた。


「妥当なものじゃ無い?じゃあ次は私ね」


 カレンは手に持っていた大きな2つの布袋を軽く持ち上げて見せた。


「私はカレン。コノエカレン。キノクニのコノエ一族の末裔よ。ひと月前までは両親が経営していた’みたま屋’っていう食堂の手伝いをしていたの。武器はキノクニ特有の長剣を使うわ」


「2本も使うのか?」


 レオが布袋を指差す。


「え? ああ。違うわよ。これ、片方は弓が入ってるの」


「弓?」


「ええ。私、このひと月は剣の練習ばかりをしていたけれど、実は弓も使えるのよ」


 頼りにしていてね。そうカレンは言った。


「頼りに…かぁ」


「ん?何?」


「いや、何でも無い」


 慌てて首を振って気にしないでくれと言い、誤魔化すように2人に倣って自己紹介を始める。


「ニシゾノケイタだ。以上」


「それだけ?」


 不思議そうにカレンが首をかしげる。


「それだけだ」


「ダメだね。この自己紹介の目的は互いを知ることなんだ。もっと話せよ」


 厭らしく口角を上げ、レオが煽ってくる。

 それ、勇者っていうよりは魔王側の表情だぜ?


「持っている武器は貰った短剣だけだ。けど、弓だとか剣だとか槍だとか、武器全般を使うことはできる。強くは無い。これでどうだ?」


「魔法はどうなんだよ。お前、魔法使いなんだろ?それもあの大魔法使いの孫だって言うじゃねぇかよ。魔法の一つや二つは使えて当たり前だよな」


「それは秘密にさせてくれ」


「どうしてだ?」


「…言うほどの事じゃないからだ」


「そうか」


 レオは満足そうに頷いた。

 何を満足することがあったんだよ。今の俺の言葉で何がわかったんだ?

 俺が困惑していると、レオはやれやれというジェスチャーをしながら「ケイタ君は話したく無いそうだ」と言った。


 まるで、昔の映像情報えいがで言うところのアメリカンな反応だ。ここはアメリカだけど。


「じゃあ次。ポーラ」


「あ、あのっ…その…」


 レオに急に話を振られたポーラは困ったように目を伏せた。

 話し始めるのを待とうと思ってポーラを見つめると、ふとポーラと目があった。


 まただな。なんか、ちょくちょくポーラと目が合う。どうしてだろう。

 目があったことに気づいたポーラは顔を赤くして慌てて立ちあがった。


「ぽ、ポーラです。ポーラアクターです。その…ずっとここで暮らしてきました。戦うことはできませんが、治療は…えっと、が、頑張ります」


 以上。と付け加え、ポーラは恥ずかしそうに椅子に座った。

 また噛み付くのかと思ってレオを見ると、興味なさそうに指のささくれをとっていた。

 コイツ、あからさまだな。何で俺にだけ突っかかったんだよ。


「それだけ?もう少し話を聞かせて欲しいな」


 レオの代わりにカレンがポーラに興味を持った。多分、同じ女子同士仲良くしたいと思っているんだろうな。男子はなぜか既にギスギスしそうだというのに。


 全く、羨ましい限りだ。

 別に羨ましいわけじゃあないけど。


「えっと…その。また、後で2人でお話ししましょう」


 カレンを見ながら、顔を赤くし、ポーラは恥ずかしそうに言った。

 最初、ポーラは大人しすぎる女の子だと思っていたけれど、どちらかというと恥ずかしがりやな女の子のようだ。

 まぁどっちも似たようなものだけど。



 全員が一通り自己紹介を終えてしまい、部屋がしんと静まり返った。

 この後の指示は出されていない。どうすればいいんだろうか。


 しばらくは4人ともおとなしく黙り込んだまま時間が過ぎるのを待っていたのだが、次第に耐えられなくなったレオが貧乏ゆすりを始め、最終的には叫び出した。


「どうすればいいんだよ!!」


 突然のレオの行動にカレンが笑いそうになるのを堪える。


「うるせぇなぁお前」と、突然4人の誰のものでも無い声が部屋に響いた。

 声のした方を見るとそこにはサングラスをかけたケビンがいた。


「自己紹介は終わったんだろ?」


 ケビンの問いに頷きを返す。


「よし、なら行くぞ。次は親睦会だ。国王から俺が取り仕切るように言われている」


 取り仕切る?何のことだ。

 それに親睦会とか嫌な予感しかしない。


 ケビンに連れられて王の部屋を後にし、昇降機エレベーターに乗って米国アメリカ王城の11階に移動した。




 そこは開けた空間だった。ワックスの塗られた木張りの床に高く白い鉄骨が張り巡らされた天井てんじょうさながら学校の体育館のような、そんな空間だった。


「親睦会って何するんすか?」


 なぜか中途半端な敬語でレオが聞いた。


「ここ、何も無いじゃないですか」


 レオが指差した通り、その空間には何もなかった。


「何もなくて正解だよ」


 笑いを堪えるように自慢げにいうと、ケビンはサングラスを外して放り投げた。


「お前たちには今から戦ってもらう」


 またこいつは馬鹿な事を言う。


「まったコイツは馬鹿なこと言う」


「誰が馬鹿だ。俺は真面目だぜ?」


 ……また声に出ていた。


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