第63話:デートみたいじゃないですか
「えーっと、はい?」
「いやいや。私にはあなたが困っているように見えましてねー」
別に何にも困ってねぇし。
「大丈夫です! 大丈夫ですよ! 言わなくてもわかります。私にはわかっちゃうんです!」
女性は左手で右ひじを支えながら、右手の人差し指でトントンと自らのデコをリズミカルに叩き始めた。考えていますアピールか何かだろうか。
そんな女性の動作に呼応し、ギリギリ肩につく長さのストレートの金髪が揺れる。
「ズバリ!」
言ってやるぞとの意思表示の為か、女性は俺を指差してくる。
やめろや。
「あなた! フラれましたね!」
うん。違う。
つーか声がでかい!
広場中に響くくらいの声の大きさだし、周りの人たちがこっち見てるじゃねぇかよ!
やだ恥ずかしい!
これじゃあ俺はフラれて死にそうな顔してたらそれを赤の他人に見破られるっていうクッソ恥ずかしい男みたいに認識されるじゃん! その辺の知らない人に!
「いや、違ぇよ! つーか声デケェ! 誤解が生まれるだろ!」
「え、あれ、違った!?」
目をパチクリとさせながら驚く女性。
いやいや、俺のほうが驚いてるっつうの。
「えーっと、うへへ……」
自分のミスを誤魔化すように笑うと、女性は手を合わせて「ごめん!」と言った。
その行動に俺が何か言葉を返そうとすると、女性は俺の返答を待たずして走って逃げていった。
女性が走って行ったのは街の中心部の方角。
カローンナの屋敷や役場がある方向だ。
まぁ、そっちのほうが栄えているようだし当たり前か。
それにしても、去り際に「がんばれよ少年!」とか言って親指立ててグッジョブサインしながらウィンクしてきたのは腹立たしかった。
「今のは?」
走り去る金髪碧眼の女性の背中を見つめ続けていると、突然背後から声をかけられた。
けど、今度はよく知った声だった。
「いや、俺にもよくわからない」
そう返しながら、声をかけてきたポーラの方を向く。
すると、ポーラは手に紙袋を持っていた。
「なんだ。どこか寄ってたのか」
「あ、はい。ゴメンなさい。お待たせしてしまって」
「いや、別に気にしなくていい。俺もいま暇になった所だし」
あの変な女性に絡まれてちょっとだけ暇つぶしになってたからポーラを待ったと言う感覚はそんなになかった。
「じゃあ行くか」
「はい!」
ついさっき金髪碧眼の女性が走って行った広場から役場までまっすぐに伸びる広い道をキョロキョロと辺りを見回しながら歩く。
そんな中、両手で紙袋を抱えるように持つポーラは何故か俺の3歩ほど後を歩いていた。
「……俺、歩くの速いか?」
進む足を止め、振り返って聞くがポーラは首を横に振る。
「あ、いえ。そういうわけじゃあないんです」
だから気にしないでくださいと尻すぼみに言うポーラ。
けど、気にしないでくれと言われて気にせずに入られるほど俺も人間を捨てているわけじゃない。
念のためで少しばかり歩く速度を落として歩く。
これで少なからずポーラが俺の後を追うみたいな構図は解消されるだろうと思っていたけど、そう上手くはいかなかった。
速度を落として歩く俺の3歩ほど後ろをポーラも速度を落として歩く。
試しに歩く速度を上げてみるとポーラも歩く速度を上げた。
いや、なんでやねん。
「な、なぁ! どうしてわざわざ俺の少し後ろを歩くんだ? なんかお前を無理に連れ歩いてる感じがして嫌なんだけど」
「あ、え? いや……そ、その……はぅ…………」
分かりやすくビクリと肩を震わせ、紙袋を抱え込む腕に力をぎゅっと入れるポーラ。
視線が泳ぎまくってるし耳も赤くなってる。
何がしたいんだ本当。
あわあわと動揺するポーラは意を決したように目を瞑ると、顔を俯かせて言った。
「そ……その! で、ででででで、デート……みたいじゃないですか。その……横に並んで歩くと」
うっわ。頭の中お花畑かよ。
誰も男女が並んで歩いたくらいでデートだななななんてかんかんかかか考えねぇって。
あ、ダメだ。耳が熱くなってきた。
たぶん今、俺の顔が赤くなってる。
どこかから口笛が煽るように聞こえてくる。
通りすがる誰かのクスクスという潜めるような笑い声が聞こえてくる。
それらが俺とポーラに向けられたものじゃないとは分かっている。
けど、どうしても意識せずにはいられなかった。
「い、いいから行くぞ!」
なんだか恥ずかしくて、すぐにでもこの場所から離れたくて、俺はポーラの手を取って歩き出した。
「これ、俺が持つから」
「あっ……」
片腕で抱えるには重そうな紙袋をポーラから奪い取る。
実際、紙袋はかなり重かった。
何が入っているのかと思っていたけど、手に持って見て中に入っているものが本であることがわかった。しかも、かなり分厚いやつだ。
どんな本を買ったのかが気にはなったが、それは聞かないのが良いだろう。
しばらく何をするわけでもなく街を歩いていると、ふとしたタイミングでポーラが足を止めた。
何か気になるものでもあるのかと思って見てみると、ポーラは立ち並ぶ露店の中の1つを不思議そうな顔で見ていた。
「あれは何ですか?」
と、ポーラが指差すのは瓶詰めの飲み物を販売する露店だった。
別に珍しいものを取り扱っているわけでもなく、露店の種類としても珍しくはない。
なのに、そんな露店を指差してポーラは興味を示している。
「いや、あれは飲み物を販売している露店だろ」
「そんなことは分かってます!」
頬を膨らませて怒った様子を見せるポーラ。
少しだけ彼女をバカにしすぎたようだ。
「じゃあポーラは何の話をしてんだ?」
「あれですよあれ、あの黒い飲み物です」
そうしてようやく分かった。
ポーラが何に興味を示していたのか。
並べられた商品の中にある緑がかった瓶に入れられた黒色の炭酸飲料、いわゆるコーラに興味を示していたのだ。
「え、いや、コーラじゃん」
「こーら?」
心底わからないと言った様子で、ポーラは俺を見上げながら首をかしげてくる。
それやめろ。可愛いだろ。
まぁ、それはさておき、コーラなんて西暦時代から残っている超有名な飲み物だろ。
何で知らねぇんだよ。
みんな人生で1回は飲んだことがあるはずだぜ?
「コーラ知らないのか?」
「はい」
「え、有名なのに?」
「はい。その……名前は聞いたことがある気もしなくないんですが、実物を見たことはなくて……」
アリスに水か紅茶かコーヒーしか飲んだらダメだと言われていますし、とポーラは付け足す。
何だそれ。厳しすぎないか?
さすがは国王の娘って感じだな。
「飲んでみるか?」
俺も喉が渇いていたし丁度良いかと思って聞くと、ポーラは目を輝かせて「はい!」と言った。
露店に寄り、「コーラを二つください」と店番をしていたお婆さんに声をかける。
すると、おばあさんはゆっくりとした口調で「1ドルね」と返してきた。
「え、いや、1本が2ドルなんだから絶対に1ドルじゃねぇだろ」
並べられた飲み物の手前に立ててある値段表を指差し、指摘する。
値段表にはコーラは確かに1本2ドルだと書かれていた。
俺の指摘に、お婆さんはカッスカスの声で笑って「いやいやいや」と、手で空を払う。
「あんたたち、お似合いのカップルだからねぇ。これから先、頑張ってもらわんとダメだから。だからサービスだよ、サービス」
お婆さんの話すスピードはかなりゆったりとしていて、ここでお婆さんの言葉を否定したら無駄に捕まることになるだろうと思い、面倒だからと否定しないことにした。
ポーラの手を解き、お婆さんに1ドル硬貨を渡して俺とポーラはそれぞれストローが挿されたコーラの瓶を受け取ると、「また来てね」と言うおばあさんに会釈を返して近くの座れる場所を探した。
露店が立ち並ぶ大きな中央通りから枝分かれするように伸びる多くの路地のひとつに入っていき、少しばかり進んだところでふと公園のような場所を見つけた。
その場所にはベンチもあり、丁度良いと俺たちは公園のベンチで座って休憩をすることにした。
2人掛けのベンチに、俺たちは互いに距離をとって両端ギリギリに腰を下ろすと、ストローを咥えてまだ1口も口をつけていないコーラを飲んだ。
「あ、美味しい」
人生で初めてのコーラを飲み、感動の声を吐露するポーラ。
嬉しそうなその顔をみると、俺は少しだけ得意な気分になった。
「そういえば、そっちはどのくらいの価格で売れた?」
意味もないのに瓶を揺らし、ちゃぷんと音を立てる液体を見つめる。
「全部で3000ドルでした」
だいたい予想通りの金額だった。
ポーラが宝石商へと持って行ったのは魔物の内部から稀に撮ることができた希少鉱物だ。
多少は傷が付いていたが、量がかなりあったし1つ1つが大きかったからそれなりの価格では売れると思っていた。
「ケイタさんはどうでした?」
「俺の方は1300ドルだ。思っていたよりも高く売れた」
「この街の方たちは皆さん候補勇者に優しいですからね。当然といえば当然の結果ですよ」
箱入り娘に常識を教えられて悔しさを感じた俺は、ムッとした表情を誤魔化すためにも再びストローを口に咥えた。
ベンチに腰掛けて間抜けヅラでチューチューとストロー伝いにコーラを飲みながら空を眺める。
ポーラはコーラを飲むのに必死になっていて無言の時間は苦じゃないと言った様子だ。
時間はすでに昼時を大きく超えており、青みがかった空はわずかにだがその青の純度が薄まり始めている。
たぶん、あと1時間かそこらで空の青には夕の朱が混ざり始めるだろう。
空に浮かぶうろこ雲が、はるか空の彼方と俺たちを隔てる。暖かい日の光を遮る。
そんな邪魔くさい雲の下を、いつかのように鳥が飛んでいる。
種類は分からないが、そう大きくはない鳥だ。
場所が場所なだけあり、辺りからは子供達がじゃれあうような甲高い声が聞こえて来る。
ささやかに吹く風に紛れ、どこかから良い匂いが漂ってくる。
「あぁ……平和だな」
思わず、そんなことを口にしてしまう。
世界は魔王によって壊滅状態にまで追い込まれ、人々はその支配下である魔族に怯えているというのに、実際には平和でもなんでもないというのに、ついつい世界が平和だと錯覚してしまい、言葉が溢れる。
「そうですね」
俺のなんて事ない独り言をポーラが拾い、言葉を返してくる。
「いつまでもこんな時間が続けば良いのに」
「いつまでもこんなままじゃあ平和なんてすぐに無くなっちゃいますよ」
クスリと笑い、足をぶらぶらと泳がせながらポーラが言った。
俺はごもっともだと思いながら、空を眺め続けた。
平和を錯覚させられる街に溺れ、眠気を感じながらも空を眺め続けた。




