第62話:素材屋
「ズバリ、お前さんが持ってきた素材は全部で130ドルってところだな」
やる気の無い声で、片眼鏡をつけた小太りの男は気怠そうに言う。
その男は楔国の中部にある素材屋の店主だ。
「ふざけんな! そんなわけねぇだろ!」
店主の言葉に、俺は腹が立ってカウンターを思い切り叩いた。
だが、そんな俺の行動を店主は白けた様子で見ている。
「なぁ。他の客の迷惑になるなら出て行ってもらうぞ」
言われてハッとした。
周りを見回すと……あれ?
「いや、他に客なんかいねぇじゃん!?」
店内を適当に指差し俺は叫ぶ。
言葉の通り店内に他の客なんて居やしなかった。
考えれば当然だ。この街は楔国、候補勇者たちのスタート地点の街だ。
カローンナ曰く、他の国の候補勇者たちはすでに旅立っているらしい。
なら、この街には候補勇者が居なくて当然だろう。
その話から展開して考えると、街の武具屋等に客などくるはずが無い。
「もう少しくらい買取額を上げられないのか?」
「無理だね」
「俺、候補勇者だぜ?」
「そう言われても無理だね」
呆れた様子でカウンターの上から赤色の半透明な石みたいなものを持ち上げると、店主はため息まじりに言った。
「流石に時期が時期だからな。高く買ってやりたくてもできないんだ」
勘弁してくれよと付け足す店主の言葉を俺は否定することができない。
今は基本的に候補勇者が旅立った後の時期で、客が来な時期だ。
そんな時期に商品を仕入れたところで売れもしないし無駄に金が減っていくだけになる。
いわゆる需要と供給というやつだ。
候補勇者が旅立つ前から旅立ってすぐのあたりは武具やら薬草などの道具類やらの需要が大きくなり、どんな素材であろうとかなりの値が付く。
だが、それ以外の時期は需要が低いためにそれを供給が確実に上回る期間で、素材の価値は暴落、買取の価格はかなり下がってしまう。
「だとしても、これだけ量があるんだぞ。ちゃんと天日干しした小鬼の背革が30体分。採取が難しい小鬼の肝臓を乾燥させたものが6個。それに、大蜥蜴の造火器官もある。形は悪いけどオークの牙だって」
カウンターに置いてある複数の素材の中から、所々がかけた骨のようなものを持ち上げてみせる。
中腹部で折れたオークの牙だ。
あの時、はぐれで倒したオークから一つだけ拝借しておいた。
俺はオークを倒してないけどな。
「まぁ、お前さんが今言った通り、それだけ欠けてるオークの牙だと使い物にならん。短剣にすら出来んぞ。せいぜいお守りの首飾りにするのがいいところだ。だから使い道なんて限られてくるし、それゆえに買取価格は安くなる」
「じ、じゃあそれは!」
これは高いだろうと、店主が手に取っていた赤色の半透明の石を指差す。
見た目だけではルビーの原石のようにも見えるが、そうじゃない。
俺が指差したその半透明の石っぽいものは大蜥蜴の特異体が持つ火を生成する臓器……造火器官だ。
造火器官は、内部で生成した火の熱で他の臓器が焼かれないようにするためなのか硝子のような材質となっている。
「これもダメだな。いくらなんでも状態が悪すぎる」
よく見ると、室内灯を反射して輝く赤色の半透明な造火器官はその表面にかなり細かな傷が付いていた。
つまり、単純に俺の保管方法が悪かったって話になる。
「これ、そんなに状態が悪いのか?」
「ああ。傷1つでも入った時点で観賞用としては使えなくなるし、武具用の加工原材料としても価値が下がる。まぁ運が悪かったとでも思うしかないわな」
どうやら、これ以上は買取金額が上がることがなさそうだ。
けど全部で130ドルか。
旅立つまでにまともな装備を整えるどころか、良い短剣を1つ買って終わりそうだぞ。
かなり塩っぱいな。
「一生に1度のお願いだ。150ドルで買い取ってくれ」
「バカ言え。お前さんの一生に1度のお願いなんて欲しくもねぇ」
「だったら! 魔王を倒した後、魔王から手に入れた素材をここで売る!」
「それこそ要らねぇよ。そんな上物は手に余る」
造火器官をカウンターに再び置き、これ以上文句があるなら帰れという店主。
そんな冷たい態度に、俺はついつい「金がねぇと何も出来ねぇんだよ」と言葉をこぼしてしまう。
「お前さん、金がないならこんな魔物の素材を集めて売買するよりも依頼を受注すれば良いだろ。より確実に高い金額を稼げるぜ。今の時期はな」
うーん。依頼かぁ。
まぁ別に考えていなかったわけじゃないけどさ。
門出の準備期間に国王からも勧められてたし。
けどなぁ。この街では受けたくないんだよなぁ。
「この街で受けられる《クエスト》ってどうせレベルが高いんだろ? 俺たちみたいな駆け出しの候補勇者にはどうせ達成出来ねぇよ」
俺の弱気な言葉に店主は首をかしげる。
「レベルが高いって、どうしてそう思うんだ?」
「いや、だって候補勇者はみんな旅立っているんだろ? だとしたら、この辺りにはまともに依頼をこなしてくれる人間がいないわけで、そうなると依頼の最中に出現する魔物は死なずにそれなりに生きていることになる。すると必然的に敵の強さは上がるわけだし、難易度は高くなる」
違うのか? と、確認の意を込めて聞く。
「バカ言え。この辺りの難しくて報酬の高い依頼は基本的に経験値の高い冒険者たちが対応している。だから魔物のレベルは低いし難易度も低い。そんなビビるほどじゃねぇよ」
「ならどうして街の人間は自分たちで採取をしたり魔物を討伐したりしないんだ?」
「お前さん、それはマジで言ってるのか? ちゃんと学校の授業に参加してたのか?」
可哀想な目で俺を見る店主は、カウンターの上に置いていた俺の持ち込み物をかき集めて足元の箱に入れると、精算箱を開けて中に入っている金を数え始めた。
勝手に買取の手続きをしているのだろう。
「あのな、俺たち一般人は余程の事情がない限りは街の外に出られないんだぜ? いくらこの国が塀のない完全中立国家であるとしてもそれだけは変わらない。ほれ」
店主から買取金額の入った布袋を受け取り、俺は聞く。
「完全中立国家?」
「んあ? あぁ…………」
気まずそうに誤魔化すように頬をかく店主。
どうやら話しちゃダメな部類の話を口に出してしまったようだ。
「まぁ、それに関してはボスにでも聞いてくれや」
ボス……。
カローンナのことだろうか。
早く出て行けと言われて素材屋を追い出された俺は、二手に分かれていたポーラと合流するために街の入り口すぐの場所にある広場へと向かった。
カローンナの屋敷を出るとき、俺たちはカローンナに見つかってどこに行くのかと聞かれた。
答える義理はなかったが隠す必要もなかった為、嫌々ながら「ここに来るまでの道中で採取した金目のモノを売りに行く」と答えた。
すると、カローンナは親切なことに何処の店でどういった系統のものが売れるのかとそれぞれの店がどこにかるのかを簡単にだが教えくれた。
そんな事があり、俺とポーラはひとまず二手に分かれて金目のモノを売ってこようという話になった。
街の散策はしたかったが、やることをやってから散策をしたほうが時間の余裕があってゆっくり回れる。
だからこそ俺たちは二手に分かれて、俺は素材屋でポーラは宝石商へと向かったんだ。
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広場に到着し待ち合わせ場所である小さな噴水の前に向かったがポーラの姿はなかった。
(なんだ、あっちはまだ終わってないのか)
モノがモノだから仕方がないなと思い、噴水のふちに腰を下ろしてゆっくりとポーラを待つことにする。
特にやることもなく、俺はついさっき店主から受け取った布袋を開け、中に入れられた金を数えた。
100ドル硬貨が13枚入っていた。つまり、1300ドルも入れられていたことになる。
どうしてそんなに入っているのだと困惑する中、ふと布袋の底の部分に紙が折りたたんで敷かれているのが見えた。
それを取り出して広げてみると、汚い文字でこう書かれていた。
『
今回だけは特別に繁忙期の価格で買い取ってやる。
次回からは正規料金だからな。
候補勇者を頑張れよ。
優しい優しい元冒険者のルドルフより
』
「あいつ、いいやつかよ……」
せっかく多めに金が手に入ったのだからどこかで飲み物ぐらい買おうか。
そう思って立ち上がった俺に、
「あれあれぇ〜、お兄さんどうしたんですかぁ?」
と、ふざけた調子で声がかけられた。
酒灼けしたような嗄れた低い声に振り向くと、俺よりも頭ひとつ分ほど背の低い金髪碧眼の女性が立っていた。




