第60話:運命の分岐点
「な……どうしてだ!」
今度こそ掴みかかる勢いで立ち上がったレオに、カローンナは指で座れとジェスチャーをする。
けど、馬鹿は止まらない。
「お前も言ったじゃねぇかよ。俺は勇者にならなきゃダメなんだ。だから今すぐにでも場所を教えろ!」
机を叩き、怒鳴るレオにカローンナは冷めた視線を送る。
いや、冷めた視線というよりは、哀れむような視線だ。
「教えろ教えろとか言うけど、お前、本当に何も知らないのか?」
「あぁ? 何がだよ」
「じゃあ質問だ」
とか言いながら、カローンナは俺を指差す。
ってか俺かよ。レオに質問しろよ。
知りたがってるのはレオだろ。
「再編の時、魔王軍の侵攻が原因で滅びた国は?」
「んなもんいっぱいあるだろ」
俺の回答に、カローンナがため息をこぼす。
悪かったな。期待に添えない回答で。
「なら、魔王軍が実質的に侵略支配することで消えた国、もしくは国名が変わった国は?」
次はカレンを指差して聞いた。
なるほど。質問の内容的にコイツ狙ってやがるな。
つーか、ここまで話を揃えられたら大体わかってきたぞ。
「……キノクニね」
「ああそうだ。現在、魔王軍が壊滅させた国は多々あれど、魔王軍が支配している国はキノクニ、旧名でいう日本だけだ。まぁ、1度目の天撃があった国だな」
つまり、居城があるならそこしかない。
ほら、知らないはずがない話だろう?
カローンナは煽るようにいった。
確かに、世に出ている情報を組み合わせて考えればわかるはずの話だった。
かつて日本という国に巨大な原子力爆弾が落とされた天撃と言う出来事。
天撃によって半消滅した後、日本はその名称をキノクニへと変更された。
そして、魔王軍はキノクニを侵略し、奪い取った。
これが世間に出ている話を分かりやすくまとめたものだ。
「まぁつまり、魔王の居城があるのはキノクニで、その事をお前たちは知っていてもおかしくはなかっただろう? ってことだ。な? 私が言うまでもないだろう?」
これは自分で気付くべきことだから教えるのを拒絶したとドヤ顔で語るカローンナのことをレオは鼻で笑う。
「いやいやいや。何言ってんだテメェ。どの国にあるかぐらいわかってんだよ。俺が聞いてるのはキノクニのどこに魔王城があるのか、その詳細だ。ついでに最短のルートも教えろ」
いや、知ってたんかい。
お前そういう聡明キャラじゃねぇだろ。
どっちかというと脳筋キャラだろ。
なのに気づいていたのか。
俺が薄々気づいてたってレベルの話に。
……あ、いや、違う。
よく見るとレオの視線が泳いでる。
コイツ見栄張ってやがるな。
それでこそレオだ。
「なんだ。思ったよりも優秀じゃないか」
嬉しそうに言うと、カローンナは懐から折りたたんだ紙を取り出してそれを広げた。
カローンナは広げた紙をガラステーブルに叩きつけ、ハスキーな声を張る。
「これはキノクニの地図じゃない。天撃よりも以前の、日本の地図だ。だから実際の地形とは異なる」
そう前置きをして、カローンナは地図のほぼ中央部に位置する長野県と書かれた地域を指さす。
「まず、ここが天撃を受けた地域だ。これにより、日本は2つに割れた。魔王が支配する北日本とそうじゃない南日本だ」
日本地図の中央部をシュッと切るように指でなぞり、北日本の方を指先でトントンと叩いてみせる。
「一般的にはこの2つの旧日本をまとめてキノクニと呼んでいるが、正確にはそうじゃない。北側の魔王が支配する方の地域がキノクニだ」
「じゃあ南側は何なんだ?」
気になって聞くと、カローンナは気になるなら実際に行ってみればいいと言った。
何かおおっぴらには言えないような物があるのか?
「キノクニ自体はものすごく単純な国だ。街があるが、どこからでも見えるほど大きな建物が街の中央にある。その建物はいかにもって見た目をしていてな、それこそが魔王城だ」
うーんと、何だ?
この人、説明が下手なのか?
「キノクニへの行き方だが、まずは楔国を出て西に進み続け、海岸沿いにある港街から船で中国へと移動。その後、南下して朝鮮連合国まで行き、朝鮮連合国の最南端にあるはぐれの港街から船でキノクニへ。後はどこからでも見える巨大な建造物を目指して歩く。以上」
カローンナの説明にレオは色々と言いたそうだけど、それらの多くをぐっとこらえて短く聞く。
「なぁ、トリガーから西に行ったところにあるっていう港街から直接的にキノクニに向かうことはできないのか?」
「お前は一般人に自分と一緒に魔物の巣に入ってくれと言うのか? それで、そのお願いを聞いてもらえるとでも思ってるのか?」
当然の返答だ。
はぐれならまだしも、話を聞く限り港街は米国が抱える街の一つだ。
当然、戦闘とは無縁の人々しかいないはずだ。
そんな街に住む人々に自分たち候補勇者を魔王の元まで輸送しろと言っても、受け入れてくれるはずがない。
街の人々も戦えもしないのに了承するはずがない。
「まぁいいや。大体の行き方は分かったから十分だ」
「そうか」
「ああ。だからすぐに出発するぞ」
荷物を持ち、立ち上がるレオ。
心なしか、レオは急いでいるように感じる。
急いでいると言うよりは……焦ってる?
何に?
「待てよ」
「んだよ」
部屋から出て行こうと踵を返したレオはカローンナに呼び止められ、苛立つ。
「いますぐに出発するつもりか?」
「ああそうだ。俺たちには時間がないんだ」
「どうして時間がないんだ?」
「俺が勇者にならなきゃダメだからだ」
レオの言葉を聞き、カローンナはワハハと豪快に笑った。
「何がおかしい」
「いや、現実が見えてないと思ったんだ」
「……何が言いたい」
「お前に魔王は倒せねぇよ」
レオの怒りが爆発するのがわかった。
鬼の形相でカローンナに近づき、襟元を掴んでレオはがなる。
「もう頭きた。この際だから言うぜ。俺はずっとお前にイラついてたんだ。常に上から目線だし態度がデケェし、聞きたいことは何も教えてくれないくせに自分は知ってますよみたいな態度で知らない言葉ばかり出してくる。何だよさっきのも。魔王城の場所を教えろって言ってんだからさっさと魔王城はキノクニにあってそこには船で向かえばよくて、魔王城は見てわかるからキノクニにさえ入れば道に迷わない。そうやって説明すればよかっただろ? その上で何だ? お前、俺が弱いって言ってんのか?」
ところどころ「お前、人の事言えないだろ」って突っ込みたくなる部分はあったが、だいたい俺も思っていたようなことをレオは言った。
カローンナは言うと、胸ぐらをつかまれたままレオに嘲笑を向けている。
「逆に聞くが、お前、もしかして自分が強いとでも思ってんのか?」
その問いに、レオは答えない。
答えられないのかわざと答えないのかはわからないが、歯噛みしていることから前者の方が正しいだろう。
「オッケー。バカな候補勇者のお前に私が指導をしてやる。魔王を倒すってのはどういうことなのか、それを教えてやる」
__________
屋敷の庭の花壇に囲まれた開けた空間で、レオとカローンナは向かい合っていた。
どっちから嗾けたのかって言われると回答に困るが、互いに煽りあって今に至っている。
長剣を構えるレオと向かい合うカローンナは手ぶらだ。
補足をするならタバコを咥えている。
「ほらさっさと来いよレオ・ガラード。お前は大英雄からギケンを授かったんだろ?」
レオの構える支給品じゃない方の長剣。
父親からもらったという義剣を指差し、カローンナは言う。
その言葉の大英雄という部分にレオの眉がピクリと動く。
「テメェ。どこまで知ってやがる」
「全部知っているさ。お前の父親がゲル・ガラードと言う名前であることも、ゲル・ガラードが最初に魔王を倒した男であることも。そして、元勇者であり、いまは四肢を失って戦うことができなくなったってこともな」
「くっ……テメェェェェェ!」
レオは地面を蹴ってカローンナの目の前にまで一気に距離を詰めると、振りかぶっていた剣を力一杯に振り下ろす。
軽々とカローンナに避けられると、レオは振り下ろした剣をそのまま地面に突き刺し、剣を軸に両足飛び蹴りを繰り出す。いわゆるドロップキックと言うやつだ。
ただ、カローンナはそんなレオの攻撃をタバコを吸いながら涼しい顔で避ける。
着地の体重移動を利用して剣を抜き、その勢いのまま左手だけで握った剣で切り掛かかると、避けられることを前提に左足を軸に回し蹴りをする。
くるりと回って両足で地面を踏みしめると、剣を両手で握りなおして1歩1歩着実に踏み進めながら剣を振り下ろし、横薙ぎを繰り出し、突きを見舞う。
カローンナはそんなレオの渾身の連撃を表情を変えずに避け続けると、攻撃が止んだ僅かな隙を掬い取ってレオの腹めがけて蹴りを入れる。
だが、その蹴りをレオは剣の腹で受け止める。
反動で僅かに数歩後退したレオは剣を構え直し、カローンナを睨みつける。
「ハッ! やるじゃねぇかよ!」
タイミングを探りながら、レオが嬉しそうに言う。
なんだかんだで戦闘狂だから戦えて嬉しいんだな。
あいつ、絶対についさっきまでイラついてたのを忘れてるだろ。
「褒めてもらえて光栄だね。気分がいいから本気を見せてやるよ」
と、カローンナがそう言った次の瞬間。
カローンナの姿がレオの背後にあった。
「は!?」
驚くレオの背に思い切り蹴りを入れるカローンナ。
その力は凄まじく、レオは玩具のように吹っ飛ばされる。
剣を落として何度かバウンドしたのち、転がって衝撃を殺しながらすぐさま立ち上がるレオ。
すぐに剣を拾ってカローンナに反撃しようとしたのだろうが、レオが立ち上がった時にはすでにレオのすぐ目の前に……腕を伸ばせば届くような位置にカローンナの姿があった。
驚きが行きすぎて声が出ないレオの鳩尾をカローンナは思い切り蹴りつける。
再び吹っ飛び、花壇の花を踏み潰したレオは花を握り潰しながらなんとか身を起こし、だけど立ち上がるほどの力を体に入れられないようで、跪いた形になる。
そして、腹の辺りを抑えながら嘔吐した。
「おいおいおい。まさかこれで終わりとか言わねぇよな? 魔王を倒すんだろ?」
レオに歩み寄り、髪の毛を引っ張って顔を上げさせながら、カローンナは言う。
ただ、レオはカローンナのその言葉を聞いていない。
すでに白目を剥いて気絶していた。
「チッ。思ってたよりも酷いな」
襟首を持ってレオを引きずりながら俺たちの元にまで戻ってくると、カローンナはカレンの前にレオを置いた。
「ほら、お前の男を返してやる」
「なっ……そんなんじゃないわよ!」
顔を赤くしながらもしゃがんでレオを抱きかかえるカレン。
もうお前ぜんぜん隠せてないからなそれ。
「まぁいいや。それよりも……」
カローンナはタバコを足元に落とし、つま先でグリグリと踏みつけて火を消しながら気怠そうに頭を掻くと、俺に視線を向けて聞いてきた。
「お前が副長か?」
「……いや、違う。特に決めてないがカレンがそうだ」
「なんだ。嬢ちゃんがそうなのか」
しゃがみ込み、赤くなるカレンに視線の高さを合わせると、カローンナはカレンに選択を迫った。
運命の選択をだ。
「魔王は私よりも遥かに強い。このままだとお前たちは確実に死ぬぞ。いや、魔王どころか魔王軍の幹部にすら勝てないだろう。だから選べ」
戦闘狂さながらの獰猛な笑みで、カローンナは問いかける。
「今すぐに魔王城を目指して旅に出てあっという間に死ぬか、それともここに暫く滞在して私に鍛えられるか。どちらか選べ」
選択とは名ばかりの一択の脅しだ。
けど、これが俺たちの運命の分岐点だった。




